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第03話 マサカー・タイム

 ――ともかく、腹は一杯になった。後の用事は馬に載せる水と食料、そして近くの街への道順である。これらを手早く揃えて、さっさとこんな僻地からは出て行ってしまおう。

 そう、考えていた。

 考えていたのだが、そうはならなかった。いつだって面倒は突然やってくる。今度の時もそうだった。


「……」


 ふと、空気が急に張り詰めたような、そんな気がした。気づけば、自分の右手はコルトの銃把へと伸びていた。深く腰掛けていたのが、いつでも立って銃を抜けるように足や尻も動いている。酒を飲まないからこそできる、無意識の内の動きだ。

 私の直感は正しかった。奥に引っ込んでいた長耳が慌てた様子で飛び出してきたのだ。


『隠れろ!』


 そう叫ぶと有無も言わさず、私を店の奥へと無理やり押し込んだ。私は自分の馬を表に繋いでいる旨を伝えようと思ったのだが……。


『良いからここに隠れて静かにしてろ!良いな!』


 この通りである。仕方が無いのでおとなしくしておく。あの様子ではこっちが何を言っても聞く様子はあるまい。

 何やら隠れて様子を窺っていると、表からゲラゲラと下卑た笑い声と共に馬鹿でかい人影三つ、酒場へと乗り込んできた。……いや、人影という表現は正確ではないだろう。

 なぜなら、その三人組は揃って豚のような頭をしていたからだ。


「……」


 思わず目をこすり、改めて見なおしてみるが、やっぱり豚は豚なのだ。豚の頭をした人間なのだ。


(……まさかさっきの一口で酔っ払った訳じゃあるまいな)


 試しにヒゲの一本をつまみ、引き抜いてみる。痛い。痛いだけで、別に夢から醒めるということも無い。そして豚面は依然として豚面のままである。


(それにしても……デカいな)


 デカいと言うのは、豚面達の事である。少なく見積もっても6フィート(約180センチ)はある。デカいのは高さだけでは無く、横幅もだ。顔は豚だが、体はまるで熊だ。腕など、まるで丸太ん棒である。太って見えるが、あれは肥えていると言うよりも下半身が筋肉などで膨れ上がっているのだ。かなり俊敏に動けるだろうと推測できる。

 豚面と同じぐらいに人目をひくのはその緑という肌の色である。あれじゃ豚と言うよりトカゲかワニだ。そのアンバランスさが、いよいよその奇怪さを強調していた。

 しかし何よりも気になるのは、その『臭い』である。とにかく臭い。まるで数日間掃除をサボった畜舎のような臭いがする。ひょっとするとあの直感の原因はこの臭いだろうか。思いの外良かった自分の鼻がほんの微かな異臭を感じ取り、無意識のうちに警戒を促したのかもしれない。


『オヤジィ!飯と酒だ!持ってこい!』

『ハティのように急ぐんだよ!さもねぇと家ごと焼き殺すからな!』


 外見からくる予想を裏切らぬ、聞くに堪えない濁声で豚面どもは怒鳴った。長耳はへへぇとへつらい満面にいそいそと動き回っている。長耳の態度から察するに、どうもこの村を食い物にしてる山賊の類はコイツラのようだ。

 嫌な予想が当たってしまった。立ち去るのが遅すぎた。


『あのぅ……今度の月の貢物の日にはまだ早いのでは……』


 長耳と豚面の会話に耳をすます。豚面連中でいま村に来てるのは何人いるのか。そもそも豚面どもと長耳たちの村はどういう関係なのか。なによりもまず状況を把握することは、長生きできるガンマンにの鉄則だ。


『ああそうだぜ。だがテメェらが俺たちにクソ生意気ににも逆らおうとしてるって噂聞いてな』

『用心棒を雇ったとか小耳に挟んだけど、まさか違うよな?』

『へへぇ……そりゃあ、もう……とんでもございません!まさか逆らおうなんて……』

『そうかい。じゃあ』


 豚面の内の一人、リーダー格と思しき男の声色がここで変わる。


『表に繋いであった見慣れない馬……ありゃどこの誰のだ?』


 ――こいつは良くない流れになってきた。私はコルトをホルスターから抜いた状態で、外套の下に忍ばせる。


『あああ……あれは……そのう……通りすがりの余所者のモノでして……』

『余所者?こんなど田舎村にか?どこのモノ好きだそいつぁ?』

「それは俺だよ」


 ここで私は暗がりより自ら姿を露わにした。いかなる時も機先を制せ。これもガンマンの鉄則だ。

 豚面どもと長耳の視線が私へ集中し、突き刺さる。左半身の体勢をとり、右手に忍ばせたコルトは見せない。


『なんだぁ?余所者ってのはヒトかよ』

『よりにもよって肉のくせぇ白猿だぜ!晩飯にもなりゃしねぇ!』


 テメェらだけには臭いなどとは言われたくねぇよ豚野郎ども!と言いたくなったが、我慢する。相手はデカい上に三人で、しかも得体のしれない連中ときている。ここは穏便にいこう。穏便に、穏便に。


「気分を害したと言うなら謝るよ。すぐに消えるからお構いなく。酒盛りを存分に楽しんでくれ」


 左掌をひらひらさせ、愛想笑いを浮かべる。敵意が無いことの意思表示のつもりだったが、相手は取り合うつもりは無いらしい。


『おい親父。コイツここで臭い飯を臭い口で食ったのか?』

『へ、へへぇ』

『なら代金はとったのか?』

『そりゃ当然……』

『まずはそれを出せ』


 それを聞いて長耳は一瞬ギョッとした様子だったが、豚面に睨まれて大人しく私の1ドル銀貨2枚を差し出した。これまたマズい展開だ。傷も殆ど無いその綺麗な1ドル銀貨は、他でもない私の懐から出たものなのだ。二枚あったならもっと有るかもと思うのが当然だろう。

 差し出された1ドル銀貨を日にかざしたりして、三匹の豚共はしげしげとその銀の輝きを眺めていた。一様に驚いた様子で、何やら小声で言い合っている。長耳といい、豚面共といい、いちいち1ドル銀貨に驚くのはどれだけ田舎者なのか。

 いずれにせよ連中の注意が銀貨に向かっているのは幸いである。その隙に私は豚面共の横を素通りして立ち去ろうかと思ったが、豚そのものな面して案外目ざとい。


『おい何処行きやがる白猿』

『どこでこんなモン手に入れやがった。もっと持ってるのかテメェ』

『汚ねぇ上に妙な格好してる癖に舐めやがって。俺たちを油断させていっぱい食わせようってか』


 出口を塞ぐように、三匹の豚が並び立った。

 私はもう隠すこと無く大きくため息をついて、言った。


「なぁ揉め事はよそうじゃないか。俺は面倒事は嫌なんだ。俺が黙って消えると言ってるんだから、俺に構わないでくれよ。なぁ」


 言いつつ私は外套に隠れていた左腿を晒す。そこにはホルスターに納まったコルト・ネービーの姿がある。仄暗い酒場に差し込んだ少々の陽光にも、私の左のホルスターのコルトの、その真鍮のフレームは鈍い反射光を放った。

 私は二丁のコルト・ネービーを使うが、この二丁は左右で若干異なっている。右のコルトは純正品の、正真正銘のコルトM1851だが左のコルトは違う。これは言わばコピーの海賊品で、製造価格を抑えるために一部に鉄の代わりに真鍮を使っているのだ。つまり安物なのだが、その真鍮の放つ偽の金色は不思議な威圧感を持つ。だから私は相手を『説得』するときは決まって左のコルトを使っていた。


『……知るかよ白猿。良いから黙って有り金出せって言ってんだ』

『その腰に吊るした玩具も高そうだな。ソイツももらおう』


 ……こいつらの目は揃って節穴か。このコルトが玩具に見えるのなら、眼医者にかかった方が良い。私は軽い頭痛を覚えた。話の解らない連中を相手にするのはいつだって疲れる。


『もうめんどうくせぇ!表に引きずりだして身ぐるみ剥いじまおうぜ』

『ついでに膾にした後、表の馬も捌いて酒の肴にしちまおう』

『そりゃあいいや!一寸刻みにしてやろう!ヒト猿は痛めつけると良い声で泣くんだ』


 豚面どもは一斉に腰に差していた蛮刀を引きぬいた。山刀をそのまま大きくしたような、分厚く鋭い刃を有した恐ろしい刃物であった。あの太い腕にあの刀身。食らったやつは屠殺場の牛のように簡単に殺されてしまうだろう。

 つまり、先に武器を手にとったのは奴らだ。正当防衛成立だ。治安判事だって、これから私のすることを合法だと即決で認めてくれるはずだ。


「……最後に一つだけ言ってやる」


 私はこう一方的に告げると、相手の返事も聞かずに左半身から真正面へと体勢を動かし。


「DUCK YOU SUCKER / くたばれ、糞ったれ」


 迷わずリーダー格の豚面へと向けて右のコルトの引き金を弾いた。

 銃声、硝煙。それに続く、何か液の詰まった革袋の爆ぜるような音。

 視界を覆う白煙の向こうに、豚面を更に愉快な格好にしたリーダー格が、ゆっくりと斃れる姿が見える。『それ』が斃れきるよりも速く動いたのは、左のコルトの方だ。真鍮の鈍い金光が閃いた時には、銃声、そして硝煙。二人目も眉間に一発。


『テ――』


 最後の一人が何か喚こうとして、それは銃声にかき消された。右のコルトが再び火を吹く。今度は胸元に一発。相手の躰が着弾の衝撃に悶えるところを、左のコルトでもう一発。二発の銃弾の衝撃に、豚面の無駄に大きな躰はバレエを舞い、その膨らんだ肉が震えるのが見えた。三つの躯が床に落ちれば、その重さに安普請の酒場全体が揺れた気がした。


「……」

『……』


 続けて、ストンと今度は軽い音が響いた。長耳が腰を抜かし、座り込んだ音だった。


「親父。始末は頼んだ」


 二丁コルトをホルスターに戻すと、財布からさらに3枚出した1ドル銀貨を長耳へと投げ渡す。棺桶代と墓掘り人夫の手間賃には充分過ぎる額だが、豚面は三人共図体がデカい。棺桶も特注製だし、墓穴も大きく深く掘らねばならないだろう。


『あ……いや…その!』

「じゃあな。任せたぞ」

『いや!いやですね!』

「なんだよ。足りないのか」


 何やらわけのわからぬ喘ぎで私を引き留めようとする長耳を、迷惑だと睨みつける。すると長耳はとんでもないことを言い出した。


『あ、あいつらはたいてい、七人一組で……まだ表に四人……』


 ――それを先に言えバカぁ!

 私は長耳の言葉の続きも聞かずに飛び出した。武器は腰に二丁のコルト。残弾は各々四発。対する相手は四人。武器はその他、詳細は不明。私は左手で真鍮フレームのコルトを抜くと、右手は外套の内側、腰の辺りにのびて、そこにあるものを引き抜いていた。三本ある隠しナイフの内の一本だった。なぜ右手でコルトを抜かずにそんなものを抜いたかと言えば――。


『何だ今の音は!』

『何だテメェは!なにもんだ!?』


 銃声を聞きつけてか、いったい今までどこにいたのか、先の三匹と似たような豚面が今度は四匹。こちらの方へと全速力で走り寄って来る。その先頭に狙いを定める。


「――シャッ!」


 右手を振りぬいた。びっくりした豚面の眉間には、ナイフが突き立っている。これで一発の銃弾を節約できた。


『テメェ!』

『何しやがる!』


 いきなりの攻撃に驚くも、豚面共は次の瞬間には持ち直してやはり例の馬鹿でかい蛮刀を抜いて突っ込んでくる。その動きは速い。恐ろしく速い。速い、が……。


『ぎょ!?』

『ぎば!?』


 私のコルトの方が遥かに速い。左右左右の順で、抜かれた二丁コルトを続けざまに射つ。豚が殺されるような断末魔をあげて、転がり斃れる二匹。

 残りは一匹。


『う……うわぁぁぁぁぁぁっ!?』


 最後の一匹は背を向け逃げた。武器を放り出し、一目散に逃げた。向かってくる時同様、その動きは異様に速い。左のコルトの銃口を一瞬向けて、降ろす。この距離ではもう当たらない。

 だが、逃がすつもりもない。敵は全て、殺せる時に殺す。これもまたガンマンの鉄則だ。

 私はコルト二丁を一旦仕舞うと、我が愛馬の方へ駆け寄った。幸運にも彼は無事だった。急いで結んでいた手綱を解き、跨がり駆け出す。そしてサンダラーに括りつけていた投げ縄を外す。

 いくら逃げ足が速いとは言え、豚では馬からは逃げられない。すぐにその背中に追いついた。


「ハッ!ハッ!ハァッー!」


 私は投げ縄を頭上で回し、勢いをつける。その勢いが充分につき、豚面との間合いがちょうど良い所にきた瞬間。


「ハッ!」


 私は投げた。見事その縄の輪は豚面の首に掛かる。その瞬間に私は愛馬サンダラーに拍車をかけ、全速力で走らせる。


『ぐえがぁっ!?』


 首に縄のかかった豚面は、当然引き摺られる。土煙を上げながら、私は重い豚を引きずって、馬をただ駆けさせる。そして村の外れの辺りまで引きずってきた所で、サンダラーに止まれの合図をした。


『コヒュー……コヒュー……』


 驚いたことに、やっこさんまだ生きていた。だがすでに半死半生である。だから情けをかけてやる。


「じゃあな」


 左のコルトを抜く。偽物の金の煌めきに、豚面の死にかけの瞳が一瞬反応した気がした。

 例え偽物であろうと、金の輝きを見て死ねるやつは幸せものだ。そんなことを考えながら、私は引き金を弾いた。

 


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