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第13話 トゥルー・グリット


 ――唐突だが、少しだけ昔の話をしよう。

 私がまだ少年とか青年と呼ばれてた時代の話だ。

 忘れもしない1865年4月3日。我ら失いし故国、南部連合の首都、リッチモンドが陥落おちた日だ。

 その6日後には英雄ロバート・E・リー将軍も降伏して、南部連合、正式名称「アメリカ連合国」は塵となって世界の地図から消えた。

 当時の私はブッシュワッカー(南軍ゲリラ)の一員としてあちこちを戦友たちと駆け回っていた。その為に連絡が遅れて、南部連合が戦争に負けて無くなったと聞いたのは4月も半ばごろの話だった。それに都も焼け落ち、正規軍も剣を折っても、私のようなブッシュワッカーたちは根強い北軍への抵抗を続けていたのだ。なので私なんかは戦争はまだ終っていないものだと思い込んでいたのだ。

 だから、最初にもう戦争は負けて終わったと聞いた時、口をあんぐりと開けて馬鹿みたいな顔して呆然とした。

 戦友たちの内で元気な連中は、リー将軍は降伏したが俺達はまだ降伏していないと、まだ我らが大統領ジェファーソン・デイヴィスも北の連中には捕まっていないと息巻いて、これからも戦い続けると気炎を上げた。(ちなみにデイヴィス大統領は逃亡虚しく結局5月10日には北の連中に逮捕された)

 ブッシュワッカー達は親玉だったウィリアム・カントレル大尉に率いられ6月に入っても頑張っていたが、カントレルは北軍の待ち伏せにあって戦死し、7月に入る頃には遂に南部は完全に北に平定された。

 だが私は彼らに続かず、すでに死んだ師匠のライフルを背負い、早くも5月には遥か西部を目指して旅立っていた。私だけではない、隊の一部はなにか魂の抜けたような顔をして、みな焼け跡の故郷に帰って行った。

 あの日、南部が滅びたと聞いたあの日、私の中で、私達の中で、決定的な何かが変わったのだ。

 父の仇討ちのため、我が生まれ育ちし南部の地の自由を守るため、そして我が一族の土地を護るため。私は銃をとり、戦った。今でも、あの戦争は正義の為の戦いだったと思っている。

 だが故郷は焼け落ち、全ては失われ、そして戦争にも負けた。負けたのだ。

 ――以来、私は南部には帰っていない。

 私の手に残ったのは、ライフルとコルト、そして銃の腕だけだった。それだけを武器に、生き抜いてきた。

 守るべきものなど、私自身の命以外は無かった。

 ――だが、今日この日は違う。




 帽子とコートを着せていたかかしを見つけ出した。

 2、3本ほど矢が突き刺さっていたが、着られない程の損傷ではない。

 かかしを載せていたボルグは死んでいた。だから、見つけるのは比較的簡単だった。

 コートの内ポケットを探ると、占い婆さんに押し付けられた例の小瓶が出てきた。口で蓋を外し、酷い臭いに顔を歪めながら、私は一息に飲み干す。

 あらゆる苦痛を瞬く間に消し去り、体の疲れを吹き飛ばす妙薬――などとあの婆さんは力説していたが、正直どこまで信用して良いものだか解らない。だが気休めぐらいにはなるだろう。そして今の私は、藁でも縋りたい気持ちであった。

 手ぐすね引いて待ち構えている敵に、独り向かって行かなければならないのだ。


「……ん?おお?」


 少し間を置くと、不思議なことに右腕辺りの痛みが引いてきた気がする。

 試みに掌を開いたり閉じたりしてみて、さらに腕を動かしてみる。成る程、確かに「痛み」は「無くなった」。その点に関しては、婆さんの言ったことに偽りはないようだ。


「少しピリピリするな」


 ただ問題は、痛み以外の感覚もかなり鈍くなってしまっている点だ。右拳をかなり強く握りしめても、何と言うか手を握っているという感覚が無いのである。戦争中に怪我をして、医者にモルヒネを貰ったことがあったが、感覚としてはアレに近い。

 少しマズい。ガンマンにとって感覚の鋭さは必要不可欠なモノだ。いかに右手の痛みを抑えて無理やり使えるように出来ても、感覚が極端に鈍ってしまえば何の意味もない。現状、気張れば何とかなる程度だが、注意がいるだろう。

 それにしても怪しい婆さんに渡された得体のしれない薬に頼るハメになり、しかもそれが役に立つとは。つくづく、人生とは解らんもんだ。


「さて」


 かかしからコートと帽子を外し、それらを身に纏う。

 地面に腰を下ろすと、二丁のコルトを抜いて、その弾込めを始める。

 撃鉄を半分だけ上げた状態で、弾倉を回して見る。スムーズに動くかの確認だ。

 二丁とも確認が済んだ所で撃鉄を戻し、ホルスターに入れる。装填済みの腰のペッパーボックスはコートのポケットに移した。

 お次はエンフィールドの確認である。エゼルが拐われた時、地面に落ちた衝撃でスコープは駄目になっていた。つまり昔ながらのやり方で今度はやるしかない。問題はない。戦争の時は、スコープなど無い方が当たり前だったのだ。少なくとも南部では。

 エンフィールドに弾を込め、雷管を取り付ける。

 これで準備万端である。

 二丁のコルト・ネービー、36口径の弾丸が12発。

 一丁のペッパーボックス、47口径の弾丸が6発。

 一丁のエンフィールド・マスケット・ライフル、約56口径のライフル弾、一発は装填済み、祇薬包が幾つか。

 そして腰ベルトにねじ込んでコートの下に隠したナイフが一本。

 これらが現状、私の用意しうる装備の全てだった。


「こころ強いじゃあないか。なぁ」


 独り呟きながら、ライフルの銃身にキスをした。

 無論、ただの強がりだが、それでも有るもので戦わねばならない。

 なぁに、昔からずっとそうして来たんだ。今度も、いつもと同じというだけだ。

 ただ少々、敵の数が多い上に、どいつもこいつも凶暴な巨漢で、しかもどんな力を秘めているかも解らん「魔法使い」が二人ほどいるだけなのだ。大したことはない。いつもどおりだ。


「……行くか」


 サンダラーの首をポンポンと軽く叩く。彼はゆるやかに歩き出した。川沿いに、連中の待つ場所へと向けて。

 ――エゼルを見捨てて逃げるのは簡単な話だ。

 逃げた先に何が待つかは知らないが、少なくとも今からのこのこ出向く死地よりは安全な筈だ。

 だが私に逃げるつもりは毛頭無かった。


「割に合わんよなぁ」


 それでも私は行く。その理由は……自分でもよく解らない。

 ただ、ここで逃げたならば、ふるさとを護るために立ち上がった少年を見捨てたならば、私はもう一度大事なモノを失ってしまうと思ったのだ。

 今は天の星となった我がふるさと。

 貧しくとも確かにここに在るエゼルのふるさと。

 それは失わせてはいけないものの筈だ。


「それにな、俺は未だかつて戦友を、戦場で見捨てて逃げたことだけは無いのさ」


 なぁ、とサンダラーに聞いた。意味が解ったかは知らないが、彼もヒヒンと鳴いて答えた。

 例え共に戦った時間は短くとも、エゼルはもう立派な戦友だった。

 だから行くのだ。彼の為に、彼の護る故郷の為に。


「今日は死ぬには良い日だ、か」


 ふと、先住民が戦いの雄叫びに使うという言葉を呟いた。

 そうかもしれない。





 ――エゼルは丘の上に一本だけ生えた、木の下に居た。とりあえずは生きてはいるらしい。

 しかしその生命は風前のともしびだった。何故なら彼は首を縄で吊られ、その足元には横たえられた樽が置かれているのである。エゼルの足先は辛うじて樽の上にあり、それが為にエゼルは首が吊られる寸前でまだ生き永らえられていた。だがあの体勢のままでは、危ない。体力と精神力は刻一刻と削られ、一瞬でも気が抜ければ樽は転がり、エゼルの魂は天へと召されるだろう。

 無論、そうなる前に私が何とかせねばなるまい。


『――来たかぁ!人間!』


 連中もやって来た私を見つけたらしい。

 ヘンギースが彼のボルグの上から、私へと向けて叫んだ。


「来たぞぉ!エゼルを返してもらう!」


 私も大声で返した。返しつつ、手にしているエンフィールドの撃鉄を上げる。

 私とエゼルとの間の距離は、700ヤードはあるだろう。スコープ無しでは、遠い。せめて、600ヤードまでは近づきたい。話しながら、ゆっくりと距離を詰めるのが得策か。


「もう充分に戦ったろう。お前の手下は死んだが、お前たちだって村人を殺してる。この辺りが手打ちの時期だ!」


 私は大声でそんなこと言った。ふざけるな、と怒鳴られるかと思えば、ヘンギースは存外落ち着いた声でこう返してきた。


『そいつは奇遇だ!俺も同じことを考えていた!いや……それだけじゃねぇ!』

『人間!テメェはオレたちの一味に加われ!敵として殺すにゃ惜しい野郎だ!』


 ――なるほど、そう来たか。

 連中も副頭領のボルサを殺され、おまけに腕利きの魔法使いである青のレイニーンを私に斃されているのだ。それをやった私を懐柔し、むしろコッチに引き入れようとするのは自然な発想ではある。


『お前は幾らであの湿気た村の連中に雇われた?どうせ大した額じゃないだろ!あの村の連中に大金なんて出せる訳ねぇ!』

『だが俺達は違うぜ。ヴィンドゥールの旦那も、リトゥルンの旦那も、お前がレイニーンの旦那を殺したことは水に流しても良いと言ってらっしゃる。お前の腕なら稼げるぜ人間!』


「そうかい!」


『そうだ!だからあんな村なんて捨てて、俺達と組め!金も、酒も、女も、奪い放題だ!』


「成る程……そりゃ魅力的だ!」


 お決まりの誘い文句に愛想笑いしながら、私は少しずつ近づいていく。


「だが俺はお前の手下どもも大勢殺っちまった。そんな俺と組むなんて手下が納得しねぇだろうよ!」


 今度はヘンギースのほうが愛想笑いを返す番だった。


『俺たちオークは強い者を何より尊ぶ。手下どももお前の強さには恐れいったと言ってるぜ』

『人間!お前は人間だが勇者だ!戦士だ!だから俺達の側につけ!臆病なエルフなんぞとは手を切れ!』


 私は途中から殆ど話を聞き流していた。私の視線はただ、エゼルを吊るした木の枝と、縄へと注がれている。

 距離、おおよそ600ヤード。今の私の間合いだ。


「ヘンギース!実に良い提案だ!だから俺はこう返す!」


 快活に笑い、そしてライフルを構えた。照準はもう合わされている。


「DUCK YOU SUCKER! / お断りだ、糞ったれ!」


 銃声が、澄み切った空に長く伸びた。硝煙が風に吹き飛ばされる。


『うわぁ!?』


 そして、縄を撃ち切られたエゼルが、樽の上から転がり落ちるのが見えた。

 痛いだろうが、死にはしないだろう。

 命中である。我ながら惚れ惚れする腕だ。


『この白猿が!こっちが下手したでに出てりゃ舐めやがって!』

『構うこたぁねぇ!相手はたかが一人だ!取り囲んで膾にしてやれ!』


 落ちたエゼルと振り返ったヘンギースの顔はコッチに向き直る頃には凶相と化していた。

 本性が出たらしい。


「やってみろ豚野郎!」


 私はエンフィールドに再装填しながら、サンダラーに拍車を掛けた。

 私が駆け出すのと同時に、連中も一斉にコッチに向かって駆け出して来る。

 さっき数は結構減らしたはずだが、それでもヘンギース含めて十騎。それに加えて、だ。


『……』

『……』


 白のヴィンドゥールと赤のリトゥルンの二騎も駆け出してくる。赤のリトゥルンの首には、縄で結ばれた青のレイニーンの仮面が首輪の様に下がっているのが見えた。

 仇討ちのつもりか。良いだろう、相手になってやる!


「ウォロロロロロロロロロロゥォォォォォォー!」


 私は甲高い雄叫びを上げた。フューリー(復讐の女神)のような雄叫びを上げたのだ。

 「反乱の雄叫び」と、北軍の連中が呼んでいた南部の鬨の声だった。

 叫びながらも手の動きは休めない。馬上での装填も何回も繰り返した動作だった。澱みなく、正確な動きでそれは完了する。多少の手の感覚の鈍さなど、物ともしない。


「ハイヤァァァァッ!」


 私はライフルを構えた。最初に狙うのは、一番恐ろしい相手だ。ならば白のヴィンドゥールと赤のリトゥルンのどちらかだが、赤のリトゥルンの方が私により近い。狙いをつけ引き金を弾こうとする、が。


「ッ!?」


 ヤツの杖の先はすでに私のほうを向いていた。その先では火花のようなものが散っている。なんだか解らんが、危険であることだけは解る。

 だが馬上では逃げ場がない!ヤツもそれを解っているのか、仮面の裏の双眸がキュッと嘲りに細まったのが見えた。杖の先からは、文字通り稲妻のような、横殴りの雷のようなものが放たれ、光の速さで私を貫き――はしなかった!

 雷は、何も無い空間を突き抜け、彼方へと飛んで消えた。

 ヤツが自慢の魔法を放つ、一瞬、ほんの一瞬前、まさに直前に、私はサンダラーの上で体を横向きに傾け、そのまま倒れこんだ。そしてそのまま体が落ちていく途中で、両足で馬の胴を挟む格好で踏みとどまった。

 この動作の間も、私の銃口は赤のリトゥルンを照準し続けている。

 再び、私とヤツの目が合った。今度は私が目を細める番だった。

 ヤツが杖の先を私に向けようとしたが、私のほうが先に銃を構えている。

 私は引き金を弾いた。弾丸はヤツの顔面を仮面ごと撃ちぬいた。紅い仮面を血でさらに色濃くしながら、ヤツの体は崩れ落ちた。

 これで、魔法使いの残りは、一人!


『おい!?今度は赤のリトゥルンが!』

『嘘だろ魔法使いが二人も!?』

『狼狽えるな!それでも数で勝ってるんだ押し潰せ!』


 ヘンギースが蛮刀を振り上げ、動揺する手下どもを大喝する。

 そして私を取り囲もうと迫る迫る迫る!

 この距離はもう、ライフルの間合いではない。コルトの間合いだ。

 私はエンフィールドを鞍の適当な部分へとねじ込み、手綱を口に加えて二丁のコルトを抜き放った。

 残る相手は魔法使いとヘンギースを入れて11騎。二丁のシックスシューター(6連発拳銃)ならば一発余る勘定だ!

 相手の数に呑まれるな。確実に一発ずつ当てれば勝てる勝負。

 あとは――勇気。そう「トゥルー・グリット(本物の勇気)」さえあれば良い。

 私はさらなる拍車をサンダラーへと掛け、全速力でやつらの隊列へと突っ込んでいった。


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