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第11話 デス・ライズ・ア・ホース


 ひたむきに、ひたすらに馬を走らせる。少しでも、連中との距離を稼ぐために。

 右腕の痛みはどんどん増していき、素早い動きどころか、ゆるやかな動きにすら痛みを伴うようになってきた。

 隣り合ってボルグを駆るエゼルが、脂汗まみれの私の顔を不安げに覗きこんでくる。

 そんな眼で見られるとコッチまで余計に不安になるので、視線をそらし辺りをつぶさに観察してみる。

 ――ふと、気づいたことがあった。


「エゼル、一旦止まれ」

『え?』

「良いから止まれ」


 自分でも驚くほどにしわがれた声で、絞りだすように言った。

 別に撃たれたり刺されたりした訳でもあるまいに、我ながら情けない限りだが、だからと言って痛いものは痛いのだ。どうしようもない。


「……あそこだ」


 私が指さしたのは、少しだけ遠くにある「丘」と一見思しき土の盛り上がりだ。左掌でエゼルに着いてくるように促す。近づいてみれば、やはりと言うか丘と見えた盛り土の頂上は、風雨に削られたのか大きく窪んで穴状になっている。ちょうど、火山の火口のような格好だ。いただきの様子に少し違和感を覚えたから覗いてみたが、この発見は実に都合が言い。


「エゼル。ここに隠れて一旦休む。中に入るんだ」


 右手の痛みはそろそろ我慢の限界を超えんとしている。とにかくまずコイツをどうにかしないことには、今後どう動くかの考えもまとまる気がしない。私は、サンダラーを降り、綱を引いて窪地に入った。



 

「つつつ」

『オッサン本気で大丈夫なのかよ』

「つつ、問題は、無い。なぁに昔の戦争の時は、つつつ、もっと酷い怪我もした。それに比べりゃ、つつ」


 実際はまるで大丈夫では無いが、それでもやせ我慢する。何、肩に拳銃弾が当たったのをナイフでほじくり出した時に比べれば――確かにマシだが、だからといってやっぱり痛いのだった。

 コートを脱ぎ、その下のシャツを破いて包帯代わりにした。それで右腕を吊って固定する。これで多少はマシになるはずだ。


「エゼル。弾込めを手伝ってくれ。流石にこんな手じゃ無理がある」


 腰から二丁のコルトを引き抜き、コートの内ポケットから弾入れと雷管ケースを出す。火薬はについては、ライフルケースから火薬入れを引っ張りだして来た。コルトへの弾薬の装填法はペッパーボックスと然程違いはない。つまりエゼルにも簡単に出来ると言うことだ。


『よいしょ……よいっしょ、っと』


 エゼルがコルトに弾と火薬を込めている間に、私はライフルのほうを点検する。

 マスケット銃というやつは構造が単純な為に、連発銃に比べると遥かに頑丈に出来ている。今度の火薬の過剰装填にも、銃身はよく耐えてくれたようだ。見たところ、私のエンフィールドはまだ充分に使える。

 銃本体は大丈夫そうだが、ではスコープのほうはどうか。一旦取り外して、レンズを覗きこんでいた、その時だった。

 思いついたことがあった。

 私達を今も追ってきている、あの山賊と魔法使いを、この右腕の使えない私が何とかする方法を。


「エゼル」

『なんだよオッサン』


 エゼルがコルトから目を離し、私のほうを見た。

 その瞳は、優れたガンマンが皆そうな様に灰色であった。

 私はスコープを置くと、ライフルを手にとってエゼルのほうにズイと突き出し、言った。


「コイツの使い方を教えてやろう――いや、覚えてもらう」


 私の口から出た言葉。それは死んだ私の師匠が、私へ最初にライフルを手渡した時言った台詞と、全く同じだった。




「それじゃあ、後でな」

『オッサンも手早く頼むぜ』

「解ってる。用事が済み次第、すぐに行く」


 暫くの間、窪地に隠れて色々と教えたり策を巡らしたりした後に、私達は一時別れた。だが私達二人の様子は、窪地に最初に隠れた時とは些か異なっていた。

 具体的に言えば、私がエゼルのボルグに跨がり、エゼルが私のサンダラーに跨っているのである。

 なぜこんなことをしたかと言えば、これが連中を出し抜くための手管の一つだからだ。

 この辺りで馬に乗っているのは私一人であり、その足跡は容易に見分けが付く。逆にボルグは実にありふれた存在であり、従ってその足跡は賊連中のも含めればそこら中にある。

 つまり連中にとって私達を追跡するための目印はサンダラーの足跡であって、ボルグのでは無いはずだ。

 果たして、私が連中を出し抜くための策には村に一旦戻る必要があるのだが、当然サンダラーで戻ればすぐに村へと向かったことを知られてしまう。それ故に、互いの愛馬――エゼルのは愛狼だが――を交換しなくてはならなかったのだ。エゼルの体重は私より遥かに軽いので、サンダラーもより速く駆けることが出来て「誘導役」としてはまさに適任だった。

 エゼルの背には私の預けたエンフィールドがある。こいつがあれば多少距離を詰められようと、連中の間合いの外からの攻撃が出来るはずだ。唯一の懸念は例の魔法使い連中だが、正直それまで気にしだしたら何も出来ない。

 エゼルはサンダラーの足跡で敵を誘導し、私はその隙に村へと戻って必要な物を調達する。その後に、最初に決めておいた合流地点で落ち合うのだ。村の外に広がる畑の、畝々のはずれにある水車小屋だった。先日、村の周囲の地形を観察しておいたので、場所は頭に入っている。


「よし。暫くの間は頼むぞ」

 

 私はボルグの頭の後ろあたりをポンポンと軽く叩くと、村へと向けて全速力で駆け出した。

 村への道はおおよそ覚えているが、エゼル曰くボルグもそれを覚えているので黙って乗っていても連れて行ってくれるそうだ。なので軽く左手で手綱を握っているだけで、ボルグはスイスイと勝手に走ってくれる。乗りなれない獣だけに、コイツは実にありがたい。

 ボルグは馬以上に、走っている時に上下への揺れが大きい動物であった。こんなものに平気な顔して乗ってるエゼルやオーク共は、結構タフに出来ているらしい。まるで砂利道の上を走る荷馬車に乗った時のように、酷い揺れには少し気分が悪くなる程だった。

 だが運良く胃の中身を母なる大地へと戻すこともなく、私は青い顔をして村まで辿り着くことができた。

 私が独りで、右手を吊った状態で、それもボルグに乗って戻ってきたことに、村長や占い婆さんは驚き半分不安半分な表情で出迎えてくれた。


「エゼルとは一旦別れただけだ。あとでまた落ち合う約束ができてる」


 エゼルはどうした、なんで戻ってきた、と質問攻めにされる前に私の方から大きな声で言う。

 続けて必要なモノを揃えるように、村長へと向けてやはり大きな声で言った。


「山賊共の持ち物だったボルグを連れてきてくれ。後、人をすっぽり覆えるぐらいの大きさの布を何枚かと――」


 私達は村人連中に必要なモノをすぐに揃えるように捲し立てた。

 村人たちは私の要求した品々を揃える為に、村の四方へと散っていく。

 その様を眺めていると、占い婆さんが素焼きの小瓶のようなモノを持って駆け寄ってきた。


『異邦人よ!渡さんと思って渡し損ねていた品じゃ!今後の戦いに是非いるはずぞ!』


 言いつつ、小瓶を私に押し付けてくる。口と左手を使って蓋を外せば、中からは何やら酷い臭いがした。どう例えていいかも解らない、とにかく酷い臭いだった。


「……何じゃこりゃ」

『た、確かに臭いは酷いが、これは大変に霊妙なる効能がある薬ぞ!必ず!必ず汝の役に立つ!』


 薬の臭いに青い顔をさらに青くした私へと婆さんがその効果とやらを一方的に講釈し、受け取る受け取らないで押し問答している間に、村人たちが私の求める品々を持って集まってくる。

 結局、その妙薬とやらは押し付けられてしまった。仕方がないので、外套の内ポケットに入れておいた。

 万に一つ、役に立つ展開が無いとは言い切れない。

 私は思考を切り替えて、集まった品々を検分することに集中する。

 村人が総出で走り回ったらしく、思いのほか素早く必要なモノが揃ってくれたようだった。

 私は安堵の溜息をつくと、言った。


「よし。それじゃあ次の作業に取り掛かるとしよう」


 私は村人たちに指図した。

 その作業もじきに終わり――「準備」は整った。

 用意の出来た「小道具」を携え、私は水車小屋へと出立した。

 今度こそ、ここでカタをつける為に。




 私が水車小屋に着いた時、まだエゼルの姿も、それを追う山賊たちの姿もまるで見当たらなかった。

 耳を澄ませてみても、何か変わった物音は聞こえて来ない。まだ時間には余裕が有るらしい。

 エゼルのボルグから降りて、そこで「待つ」ように手で合図した。利口らしく、そこで地面に座り込んで「待て」の姿勢である。良し良し。賢い子は嫌いじゃないぞ。

 黙々と「下準備」をこなしていく。故あって帽子と外套を脱いでいるため日差しがキツイし暑い。その上、碌に動かせない右腕が実に鬱陶しい。おまけにやっぱり痛い。

 だがそういった不満の数々を我慢して、私は作業を続ける。

 もう少しだ。もう少しの辛抱である。


「……」


 ひと通り作業を終えて、水車小屋の屋根の下に座り込み、隠れ、待つ。


「……」


 汗を拭い、待つ。小川の近くの為に多少の草木が辺りに生えていて、それに集る虫もいる。


「……」


 羽虫が私の方に寄ってきた。左手で払うが連中、数に任せて寄ってきやがる。次第に追い払うのすら面倒になって、目を瞑って無視することにする。


「……」


 羽虫が額にとまり、もぞもぞと動く。流石にイラッと来て、ピシャリと叩く。潰しそこねて逃げられる。この辺りの羽虫は無駄にすばしっこい。


「……」


 再び目をつむり、待つ。


「……」


 待つ。


「……」


 待――……ちの時間は終わった。

 目を見開き、耳を澄ませる。遠くから聞こえてくる、数々が重なりあった動物の足音と、罵声怒声。それは徐々に大きさを増している。

 私は立ち上がった。今度は仕事の時間だ。

 水車小屋の陰から、音の鳴る方を覗き見る。しばし待つうちに、エゼルの姿が見えてきた。サンダラーの手綱を思いのほかうまく操り、素早く駆けさせている。やはり筋がいい。

 エゼルよりやや遅れて、ついに山賊共も姿を現した。数十頭のボルグの奔走だ。上がる土煙は連中の姿を殆ど覆い隠すほどである。

 そんな砂塵の向こうの、連中の姿がハッキリと見える距離になるまで、私は待つ。

 待って、連中の姿がハッキリと見えた瞬間、私は左手にナイフを握り、「縄」を切り落とした。

 「縄」を切り落とされ、すなわち戒めを解かれたのは、山賊より奪ったボルグ達だ。ナイフの切っ先で軽くボルグたちの尻を刺し、あるいはナイフの腹で尻を叩き、ボルグたちを私は追い立てる。ボルグたちは一斉に、山賊たちの方へと暴走スタンピードを開始した。

 

『なんだぁ!?』

『こいつら、どっから現れやがった!?』

『おい!青のレイニーンを殺した野郎が!』

『じゃああの馬の上のは誰だよ!』


 自分たちへと向かってくるボルグたちの姿に、連中の混乱した声が聞こえてくる。

 連中の前に現れたボルグの群れの、その騎上には、各々に跨る奇怪な姿が見えたからだ。

 布で顔と体を隠した奇怪な騎乗兵。その中には、私の帽子とコートを纏った姿もある。

 無論、あそこにいるのは私ではない。ボルグに跨っているのは、いずれも単なる「かかし」なのだ。

 子供だましの手だが、意外と馬鹿にできない。かかしを使って味方の数を誤魔化し敵を撹乱するのは、戦争中に嫌というほど使った手だ。そして今度も、それを使った。効果のある時間は短いが、私にはその短い時間で充分!

 ――ピィィィィィッ!っと私は水車小屋へと向かってくるエゼルに指笛で合図を送る。

 エゼルは馬上でライフルを、かかしを載せたボルグの群れの方へと向け、ぶっ放した。銃弾と銃声にさらに驚いたボルグの群れはバラバラになり、各々が好き勝手走りだす。


『畜生!野郎ども散らばりやがった!』

『落ち着け!あの帽子のヤツを追うんだ!』

『馬はどうするんです!』

『お前が何人か連れて追いかけろ!』


 うまい具合に、連中は撹乱されて、しかも分断されている。

 私がヤツラに対し決定的に劣っているのは数の差だ。ならばその数の差を活かせぬ状況に持っていくまでだ。

 私の偽物を乗せたボルグが全力で走り去るのを連中が追い、あるいは他のかかしを連中の分隊が追う。そして、そんな分隊のひとつがエゼルを追って水車小屋の方へと向かってきた。


『――』

「……」


 水車小屋の傍らを走り抜けるエゼルと、水車小屋の陰に隠れた私の視線が一瞬交差した。

 エゼルはニヤリと笑い、片目を瞑ってみせた。私も同じ仕草で返事する。


『待てやテメェ!』

『ぶっ殺してやる!』


 怒声を上げて連中がやってくる。雑魚が六匹。ちょうどいい数だ。

 不意にエゼルがサンダラーを止まらせ、馬首を返した。そんなエゼルへと白刃を閃かせた山賊共が迫る。

 しかして、エゼルは叫んだ。私へと。


『オッサン!今だ!』


 エゼルの叫びに連中はぎょっとして、咄嗟に振り返った。

 そこに、私が立っていた。左手にはコルトが構えられ、吊られた右掌はちょうど撃鉄に添えられた格好だった。

 私は言った。


「DUCK YOU SUCKER! / アバヨ、糞ったれ!」


 銃声が鳴り響く。その数は六発。それも、間髪入れず立て続けに。

 撃鉄に添えられた右手は、僅かな手首の動きのみで撃鉄を起こし続け、左手は引き金を弾き続ける。

 ――ファニング・ショット。

 至近距離の戦いで絶大な威力を発揮する、早撃ちの業だった。


 私が用心金に指を掛けてコルトをくるりと回し、ホルスターに戻す。

 撃たれた連中が六人残らずボルグから転げ落ちるのは、それと殆ど同時だった。




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