断編・その2
これはとある物語の、エピローグのエピローグみたいなお話。回想風。
※注意※
・内容は暗いほうかと思われます。ハッピーエンドが好きな方、バッドエンドが苦手な方は、この先をご覧にならない事をお勧めします。
・何となくの雰囲気で書いておりますので、所々おかしなところがあったり、設定がふわっとしているところがあって、読者様に不快を与えるかもしれません。どうかご容赦下さい。
…以上を踏まえて、それでもよろしければどうぞ。
「…やぁ、また来たのかい?限られた広い世界へようこそ。迷子になってもしらないよ?」
そう気軽に声をかけて来たのは、オレのかつての戦友であり親友。いまは消えかけの…盟友だ。
奴は、休みの日には必ずと言っていいほどここを訪れるオレに、毎回毎回窘めるようにそう告げにくる。
「別にいいだろ。暇なんだし」
「まったく。君も懲りないねぇ。また閉じ込められたらどうするのさ」
やれやれと呆れたように肩を竦める盟友様に、オレはからかい混じりに笑いかける。
「なぁに、お前がいるだろ?期待してますよ、万能頭脳様っ!」
「おやおや、またずいぶんと他力本願なことだ。まぁ、少しくらいなら手伝わなくもないけどね」
そう言って奴…キリトは笑った。
*****
ここは、とある体感型のバーチャルリアリティなRPGの世界。
ちなみにこのゲーム、タイトルは無い。
何故って?
それは、数年前…このゲームはまだ製作段階で、テストプレイヤーが導入され始めたばかりの頃、あの事件が起こってしまったから。
【ログアウト不可】
突如外部との接続を断たれ、ログインして間もないテストプレイヤー達は、その現象にパニックを起こした。
当時は分かっていなかったが、幸いというかなんというか…ゲーム内の時間の流れと現実時間の流れはリンクしておらず、外から見れば何の異常も発覚することなくたった数時間のプレイ…まあこういったゲームのイベントにしては短すぎるくらいの出来事だった。
ただ、これがただのイベントではなく、ゲーム内での体感時間は、現実一秒がウン日、つまり年単位で膨大に流れていたのを除けばだが。
そして、懸賞で当たったこのゲームの存在を、前日にゲーム開始時刻の報せとして送られてきたメールで思い出し、用事を済ませて暢気に梱包を解いたオレが、この世界ログインした時、状況は変わったらしい。
【ひゃくにん の ぷれいやー が そろい ました ひゃくにん の ぷれいやー の みなさん げーむ を くりあ して ください】
という謎のモノからの無茶振り付きで。
当時、何の音沙汰もなくただただこの世界に閉ざされていたプレイヤー達(特にその百人の中でも初期段階にログインしていた者)は、このメッセージに震撼した。
やっとここから出られるのだと。そう思い歓喜したのだ。
だが現実(ゲームの中だけど)はそんなに甘くはなかった。
・何をすればゲームクリアとなるのか。
・万が一この中で死んだらどうなるのか。
・現実での己の肉体は今どうなっているのか。
何一つ説明らしい説明は無く、目的地やそこに致る術すら、誰もわからなかったのだ。
*****
あの日、オレとパーティーの仲間達は、巷でラスボスだと噂されていた強力なモンスターに挑んでいた。
モンスターはもうアホのように強く、皆そこそこ上位レベルに位置していたパーティーの仲間達も、一人減り、二人減り…やがて、残っているのはオレとキリトだけになっていた。
「チッ!キリがねぇな!もうオレらしかいねぇじゃねぇかよ!…くそっ、やるしかねぇか…」
「そうだね…だから」
一か八か、オレが槍のように構えてモンスターに突攻した大剣の先…そこには何故か、キリトがいた。
大剣が貫いたキリトは、腹からも口からも血を流していた。おそらく背中からも…
「キリ、ト…?」
茫然と少し上の顔を見上げると、目が合ったキリトは優しく微笑んだ。
「さ…よ…なら…だ。アルト…」
そう言って、オレの剣の柄を蹴り、自ら強引に剣を引き抜いた。さらに血が噴き出て、キリトは倒れる。
キリトが血塗れで倒れ、それと同時にオレの体が光り輝いて薄れ、頭の中ではメッセージが鳴り響く。
【あなた は この げーむ を くりあ しました おめでとう ございます また の おこし を おまち して おります】
訳が分からなかった。音なんて聞こえていなくて、ただただ固まって、ぼんやりと血を流すキリトを見ていることしか出来なかった。
「じゃ…元…気…でな……」
ひらり、と片手が振られて――
「キリトぉぉおお!!!!」
ようやく叫べたのは、懐かしくも馴染み深い我が家の自室で。
こうしてオレは、このゲームから開放された。
*****
曰く、強大なラスボスに辛くも勝利した。
曰く、悪鬼羅刹の如きラスボスを駆逐した。
曰く、優しいお兄さんが助けてくれた。
曰く、ラスボスと相打ちしたと思ったら目が覚めた。
曰く、仲間だと思っていた奴が急変し、必死に抵抗しているうちに戻っていた。
曰く、曰く、曰く……
曰く、曰く………
曰く……――。
*****
やがてゲームは全員にクリアされ、百人のプレイヤー達はそれぞれ無事に、あるいは更正して、現実世界へと戻った。
プレイヤーは皆、ラスボスと最後に関わり、ゲームから開放されたのだと言ったが、ラスボスの証言は見た目も内容もバラバラで、全員が全員違う条件で出現したモノと戦い、あるいは利用して、クリア条件を満たしたのだろうと思われた。
そして本当の事を何も知らない世間では、この事件を、ただの夢か集団幻覚かのように扱い、一時的にワイドショーなどを賑わせたが、全員無事だということで、時間の流れと共にすぐにこの話題は立ち消えていった。
確かに、プレイヤー百人は、誰一人として欠けることなく無事、現実に帰還したのだ。
例外として、ただ一人…プレイヤーではなかった【彼】を除いて。
その【彼】…最初の開発段階からの製作会社のテストプレイヤーだけは戻って来れず、あんな事件のわりに、とある一社の小さな新聞記事の片隅に、簡素に死亡のみが記されただけだった。そんな、ひっそりと限りなく目立たない記事だけで彼は忘れ去られていった。
その人物の名はその後どんな記事にも明記されておらず、唯一、パンクしかけていたこのゲームについてのネット掲示板の最後に、誰のものともわからぬ書き込みで明らかになったキャラクター名は…【キリト】。
そう…本当の一番始めの、プレイヤーではないプレイヤーはキリトだったのだ。
*****
あのゲームは結局、話題が膨らみ、かなりの修正を経てから正式に配信が決まった。
タイトルは【黄昏れからの目醒め】…サブタイトルは長すぎる英語?なので忘れたが、何とも皮肉なものであった。
オレは今更こんなゲームには何の興味もなかったのだが、ある噂を耳にして戦慄した。
――曰く、そのゲームには、公式にも表記されていない、謎の青年の亡霊が現れるのだと――
気になってネットをあちこち探れば、ちらほら見えるその噂にある亡霊の特徴からあいつの姿を連想したオレは、意を決して、もう一度このゲームにログインしてみることにした。
もしかしたら、と思わずにはいられなくて。
結果は、のほほんとしたプレイヤー達がのほほんと遊んでいるだけだった。亡霊の手掛かりすら見つけられなかった。
何日も何日も駆けずり回って疲れたオレは、平原に腰を下ろし、一人で暗くなっていく空を見上げて黄昏れていた。
すると、不意に背後から聞き覚えのありすぎる呆れ声が響いたのだ。
「やれやれ、せっかくの人の苦労を水の泡にするなんて。全く君は酷い奴だね。まぁいいや。元気にしてるかい?アルト」
弾かれたようにオレは振り返り、そこにあった懐かしい人影に視界が滲んだ。
「キリト!!」
こうして、また会えたのだ…亡霊となってしまった、かつての恩人に。
*****
キリトには百人のプレイヤー全員に割り振られていたナンバーがなかったらしい。
それは…キリトに与えられた役割が、ゲームクリアを目標にされた百人のプレイヤーのうちの一人ではなく、百人のプレイヤーを殺すことだったからだ。
後に聞いた、キリトに送られてきた最初のメッセージは…
【ぷれいやー を ころして ください そうすれば ここから でられます】
というものだったそうだ。
バトルロワイヤルでもさせるつもりなのか?と思ったキリトだが、周囲のプレイヤー達の言葉に、それは違うのだとすぐに気が付いた。
そこで、キリトはある考えに至り、それを裏付ける為に一人で調査を始めたのだそうだ。
その途中で拾われたのがオレや後にパーティーを組むことになるメンバーだったのだけど…まあ、そこは割愛。
そしてゲーム世界を巡るキリトはやがて、残酷な事実に辿り着くことになる。
・自分はおそらくこのゲームのラスボスだ。
・だとすれば、プレイヤー達のクリア条件とは、自分を倒す事なのではないだろうか。
・しかし、倒すというのはいったいどんな状況を指すのか。
・ただ普通に殺されろと言う事なのか。はたまた違う意味合いがあるのか。
・何度も自身で検証した結果、プレイヤーがクリアしたことになるのは、自分がそのプレイヤーの手に掛かって死ぬしかないらしい。
ちなみにこのゲーム、脳に刺激を与えることにより、視覚や聴覚はもちろんのこと、嗅覚や味覚、触覚…痛覚も感じられるのだ。
製品になった現在は、依存死やショック死を防ぐ為に刺激は半減以下だが、テスト中の当時は視覚聴覚触覚が通常程度で、嗅覚味覚痛覚が通常の半分くらいの刺激として体感出来ていた。
そして、たとえパーティーを組んでいたとしても、ラスボスにトドメを刺した者だけがゲームクリアとなり、現実世界へと戻ることができた。
つまり…キリトは、百人のプレイヤーから最低一度ずつ…百回以上も殺されたのだ。
*****
辺りがだんだんと暗くなってきた。黄昏れが終わろうとしているのだ。
「キリト」
「ん?何だい?」
言いたいことはたくさんあったが言葉にならず、ただ口を開閉させるだけのオレを見て、キリトはふっと笑った。
「ねぇアルト、ちょっと手合わせしようか」
「え?」
いつの間にかキリトは刀を抜いていて。
「ほら行くよっ!」
「うわっ!!」
斬り掛かってきた。
――そうして、どれほどの間打ち合っていただろうか。
きっと長くはないはずだ。やがてオレの剣はキリトに弾き飛ばされた。
そして最後の一撃が、オレに振り下ろされ――
最後の斬撃はオレをすり抜けるように空を斬った。同時にキリトの手から刀が滑り落ち、サクッと地面に刺さる。
見ると、キリトは自分の手を見つめている。
その手は、墨にでも浸したかのように真っ黒に染まっていた。
暗い影にじわじわと覆われ始めた自分の体を見て、キリトは納得したように小さく頷いた。
「あぁ…これで本当にさよならなんだね。最後に、また君と会話ができて楽しかったよ。ありがとう、アルト。元気でな」
オレに向かってひらひらと手を振るキリト。その顔は、優しく笑っていた。あの時と同じように静かに笑っている。
「っ、キリ――」
手を伸ばしたオレを嘲笑うかのように、突然目の前が真っ暗になり…オレの意識は潰えた。
*****
【本サービスは予告通り、■■年■月■日■時をもちまして、終了させて頂くことになりました。プレイヤーの皆様の長い間のご支援、ご愛顧の程、感謝申し上げます。ご利用、誠にありがとうございました。 製作会社一同】
目覚めた時、最初に見えたのはこれだった。
こんな、あんな事件を起こしたとは思えない、謝罪も誠意のカケラもない、あっけない陳腐な断り文句だった。
でも、オレは思った。
『元気でな』
あの時も、さっきも、そう言って笑顔で見送ってくれたキリト。
ああ、あいつは知っていたのか。これで本当に死んでしまったのか。あの世界と共に、消されてしまったのか…と涙が溢れて止まらなかった。
あいつは、最後に楽しかったと笑ってくれたけど…消える時、苦しくなかっただろうか。やはり、悲しかっただろうし、寂しかっただろう…でもこれでようやく、静かに眠ることも出来るのだろうかと思うと、安堵すら沸き起こった……。
これが、あのゲームの本当の終わり。
ちょっと皮肉屋で口も悪く、でも一緒にいると、その場が明るく楽しい雰囲気になり、誰よりも強く優しく頼りになる。
、そんな、オレの親友であり戦友であり盟友であったあいつとの…これが、二度目の、本当の意味での、永遠のお別れだった――。
【蛇足】
アルト…ゲーム開始当初は16歳の高校生。黄昏れ終了時は23歳。今は黄昏れとは違うゲーム会社でプログラマーをしている青年。
キリト…15歳だった少年。神童と呼ばれるほど頭が良く、落ち着いた態度で年上に見られがちだった。
ゲームの製作会社に勤める親戚に頼まれて、試作段階からキャラクターやフィールドのバグを探す手伝いをしていたが、最後の点検中にゲームが始まり、ログアウト不可に。
一度目の死で己の肉体との繋がりが消えたのを感じ、自分がもう戻れないことを悟って、百人のプレイヤーだけは無事に帰そうと頑張った。
死因は、過度な苦痛によるショック死。彼には感覚のリミッターが無かったせい。
ここまでお読み下さり、誠にありがとうございました。