断編・その1
【あらすじ】俺はキール。元戦争孤児の奴隷の一人だ。俺の夢は、剣士になって祖国を奪った奴らに復讐すること。――そんな俺たちを拾ったのは、真っ直ぐな銀色の長髪を背中のあたりでテキトーに縛り、古臭くてダサい黒ローブを着て、これまたダッサい丸眼鏡を掛けた、いっつもムカつくヘラヘラとした笑みを浮かべている敵国の魔術士の男。――ソイツは今日も俺の邪魔をする。「でさ、キール。このちょこっとヒラヒラとした布をね?」「絶対着ねぇぞ」「ふっふっふ。だが、後はもうお前しかいないのさっ」「に、兄さん…」「なぁっ?!ユタぁー!?」
――この物語は、剣士を目指す少年の復讐を誓った物語……
【※注意 あらすじは信用しないで下さい。これは、剣士を目指す少年とその仲間たちが保護者の(いろんな意味でムダに最強な)魔術士に日々おちょくられているだけの、のほほんとした物語になる予定です】
「…ぐすん。まさか破り捨てるだなんてっ…ヒドイやっ」
「当たり前だ。そんな気色悪いスカート誰が履くか。第一、俺は男だ」
その俺に、艶やかな黒い生地に玉虫色に輝く縁取りやら飾りがあちこちにちりばめられた、恐ろしく趣味の悪い女服を着せようとするとか、根本的に間違っている。
「せぇーっかくキールくんのためにあちこちから素材採ってきて手作りしたのにぃー…手間隙かけて出来上がるのに一ヶ月もかかったのにぃー…きらっきらのふりふりなドレスなのにぃー…キールくんが反抗期だぁぁ…」
よよよ…、とか言いながら両手を地面につき、正座を崩したような、なよっとした横座りの体勢になる魔術士。
…か弱い女がやれば罪悪感も湧くかもしれないが、細身とはいえ20代も半ばであろう年頃の長身の男がそれをやると、ただひたすらに気持ちが悪いだけである。
「なに壮絶な嫌がらせに無駄に労力と時間使ってんだアホ。もっとマシな事に使えよ馬鹿。それに、こんなことされ続けりゃ反抗はずっとするわボケ。あとその座り方をヤメロ」
「あぁ…きっと、そのうちパパとも呼んでくれなくなっちゃうんだ…同じ空間にいるのもイヤとか言いだしちゃうんだぁ…あぁ、あぁんなにかわゆかったのにぃぃ……」
片手で口元を覆い、くすん、とか言いやがる。話を聞けよ。
「まだ買われて一年にもならねぇし、パパなんて呼んだこと一度もねぇし、思ったこともねぇし、一生ねぇよ。すでに同じ空間にいるのも嫌だよ。あとかわゆいとか言うな鳥肌立つ。だからいい加減その体勢ヤメロ!」
「うわぁーんっ!ユタくぅーん!キールくんがいじめるよぉ〜!」
魔術士は勢いよくユタに泣き付いた。
が、その前に俺がユタをその間合いから引っ張り、魔術士はずべしゃっ!と顔面から地面へとスライディングして壁へと向かっていった。
ごずっ、ぐぇっ、とか聞こえたが無視だ無視。
「あ、あの、兄さん…」
「大丈夫だユタ。あれはあの程度で滅びたりし」
言い終える前に、黒いアレ…もとい魔術士が、ガバァ、と起き上がる。
あれだけ豪快な勢いで地面を刔っておきながら、やはり奴には傷一つもない。
「んもぅキールくんったらぁっ♪ユタくんに嫉妬しちゃうなんて可愛いなぁ♪そんなに抱き締めて欲しいんなら素直にそう言ってくれればいいのにぃ♪ほぅらおいで〜♪」
「死ね」
ヘラヘラ笑いながら両腕を広げる魔術士の土ひとつついていない顔面めがけて、足元にあった手頃な石を投げつけた。
…ちっ、寸前で避けやがったな。
「ちょっ!さすがに人に向かって石はダメ!!危ないでしょぉっ?!」
「…ちっ」
「舌打ち!?でも、本当に人に物を投げちゃいけません!危ないからっ!!」
「お前にしかしねぇよ」
「えっ?キールくん…ま、まさか僕のこと…!」
何を考えたのか、魔術士はぽっと頬を染め、満面の笑みを浮かべ…
「まったくもぅ♪キールくんってば素直じゃないんだからぁ♪ほーらおい「死ねっ!」ぐふっ…」
またもや両腕を広げた奴の腹を蹴り飛ばした。
のけ反った魔術士の後頭部がゴンと非常に良い音をたてる。
そのままの体勢で動かなくなった魔術士を見て、俺はようやく力を抜いた。
「あぁ、疲れた」
「に、兄さん…」
ユタがおろおろと魔術士の様子を確かめに行こうとするのを止めていると、カッ!と魔術士が顔を上げた。うぉ、ちょっとホラーな構図だ。
「ひどいよぉ〜っ!!」
「あっ…」
ぴょこん!と音のしそうな勢いで起き上がり、その勢いを保ったまま立ち上がると、魔術士は叫びながら風の如き速さで走り去って行った。
「ふぅ。清々したな」
「いいの?兄さん…」
見上げてくる天使のような可愛らしい少女…もとい少年。
白を基調として淡いピンクのリボンやら何やらでふりっふりふわっふわな服を着ている。
…違和感無く似合い過ぎだろう、弟よ…
「問題なし。お前もさっさと着替えてこい」
「う、うん…」
だが困ったように俯いて、動こうとしないユタ。どうしたのだろうか?
「?ユタ?」
「あのね…今日は、おまつり、なんだって。だから、みんな女の子の格好しないといけないんだって…」
意味がうまく飲み込めず、俺は首を傾げるしかない。
祭りは分かった。だが何故にそんな格好?仮装大会か?
「はぁ?なんだそりゃ?何の祭り?」
「うーんとね?『ひなまつり』っていって、とーい国のふーしゅーなんだって。女の子のけんこーを願ってするおまつりなんだって。でもせんせーはみんなで楽しまないとそんだから、へんそーしちゃえって。だから…」
きょうはこれ、ぬげないんだって。
そう呟いたユタは、どこか遠い目をしていた。
ここに来る前に何があったんだ、弟よ。
「ちょっと待て。まさか他にもこんな格好した奴らが…?」
「うん。兄さん以外はみんな着てたよ?」
その言葉に、思わずこの屋敷に住む他の面子の状態を想像してしまい、ゾッとした。必死にその光景を振り払おうと首を振る。
――そんな事をしていた時だった。
背後からいきなり、ガバッ!と何かが被さってきて視界が真っ暗になった。
慌てて振り払おうと身をよじるが、それは俺の全身にぴったりと纏わり付いて離れない!?
「うわぁっ!?」
「に、兄さぁーん!!」
*****
「明かりを灯けまショ、ぼんぼぼぼーん♪お花をあげまショ、ふふふふへーん♪」
魔術士は変な歌を歌いながら、分厚い赤い布を階段に掛け、奇妙な人形を並べた。
「ごーにん囃子にゃヒゲだいこーん♪そぉーおれ、たっのしーぃ、ひっなまっつり〜♪」
不思議な形のランプを置き、ふぁさぁ、と何かの花を振り撒いて、その場でくるりと回り、ポーズをキメた。
そこまで唖然として眺めてしまっていたが、現状を思い出し、本来の目的通りにブチ切れる。
「おいこら魔術士ぃっ!!何だコレェェッ!!」
現状…あの気色悪いドレスが全身に纏わり付いてぴったりと着付けられ、脱ごうとしても、やたらと滑らかな謎の生地が伸縮して離れない。
「あ、キールくーん♪うんうんちゃーんと似合ってるよ〜ん♪きゃっわゆ〜いっ♪ねぇ、抱きしめていいかな?いいよね!うわぁ〜い♪」
「やかましいッ!!」
瞬間移動でもしたような素早さで飛び掛かってきた奴を、俺は迷う事なく殴り飛ばした。
器用に謎の祭壇を避けて吹っ飛んだ魔術士は、すぐさまけろっと起き上がって戻ってくる。
傷どころか黒ローブや髪にはやはり埃ひとつついていない。ちくせう。
「んもぅっ!別に抱き着いてもドレスに皺なんてつかないし型崩れなんかもしないのにぃ!キールくんの照れ屋さんっ♪」
「うっさい!そうだよそれだよ!何でこの服脱げねぇんだよ!!切ってもすぐ戻るし切れないしどうなってんだよ!!」
怒鳴った俺に、奴はビシィッ!と親指を上げた拳を突き出し、満面の笑顔を振り撒きやがった。
「大丈夫!今日の日暮れには普通の服になるから!それにしても…また切ったの?酷いなぁ…その子も拗ねちゃうよ」
もぉー、と服をつまんで大丈夫?とか言ってる魔術士。ちょっと待て?
「日暮れまでこの格好?!それになにで作ったんだコレぇ!!」
今更ながら、コレの異常性を思い出した。そうだよ襲われたんだよ!勝手に直って勝手に着付けられたんだよ!!
「えーっと…実は、それはねぇ…」
「……」
真面目な顔で黙り込む魔術士に、ついつられてこちらも黙る。
いったい何で出来ているんだと内心戦々恐々としていれば、魔術士はそれを唐突ににへらっと崩す。
「企業秘密☆だにょ〜ん♪あはは、そんな顔しちゃってもかーわいっ♪」
「(ブヂッ!!)…死ね」
足のバネを利用して、その場から跳ぶように殴り掛かったが、突如視界がぐるりと回り、波打つ黒しか見えなくなった。
黒い 布? 魔術士の ローブ?
魔術士の 背中? 肩に 担がれている?
それが分かった時には、魔術士が歩き出した後だった。
「ちょぉっ?!はっ、離しやがれェェエエ!!!!」
「あっはは〜♪もうみぃんな集まってるよー♪ほら、いこいこ〜♪」
殴ろうが蹴ろうが、俺の抵抗など、どこ吹く風とへらへら笑いながら魔術士はすたすた歩く。ちっくしょうムカつく!離せぇぇ!!
魔術士に無理矢理運ばれた先には、ユタ達やアディーナさんら使用人の皆さん達がいた。
女も男もみんな一人残らず女装していて、騒ぎながら何かを食べたり遊んだりしている。
そして…
その一角にはこの世ものとは思えないほど、おっぞましい集団が!!ぎゃあああ!!
*****
魔術士め、こんなことしたって、俺は騙されねぇぞ!!
……まぁ、服さえ除けば、皆でわいわいやったのは…ちょっと、ほんの少しくらいは、まあまあ楽しかったけどさ。
…でも騙されねぇからな!!いずれ必ず復讐してやるッ!!
【蛇足】
出てこないし本人以外は誰も知らないけど、魔術士は前世日本人。二十代前半の青年姿だけど、実はウン百歳。という設定。
記憶力も桁違いにいいほうだけれど、何せウン百年前の前世なもんだから、記憶も霞んでほぼうろ覚え状態。
歌詞は、現地言語に訳しながら何となく補ってたらあんな感じになった。大間違いです。絶対信じてはいけません。
さて、ここまでくだらない物語にお付き合い下さり、ありがとうございました。
ちなみに、活動報告にどうでもいいオマケがありますが、見なくても全く問題はありません。