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見えない私と見られる男

作者: ひろ

「こんにちはー。私高科キリって言います。よろしくね」


 目の前に座った女は、極自然に声を掛けてきた。


 媚びることなく、異常な好奇心を見せることもなく。


 その反応に俺も、俺の周りもとにかく驚いた。



―キリ視点―

(あれ、何この空気)


 友達に合コンに誘われて二つ返事でオッケーしたものの急に残業を命じられて

ちょっと遅れて入った居酒屋。


 案内されて個室に入った瞬間から

何だか今日の空気は可笑しいなと思っていた。

4対4なのだが、あんまり盛り上がってない上に女子の位置がおかしなことになっている。

明らかに一人の人物を避けるように座っているのだ。


 いや、盛り上がってないというのは語弊が有るかもしれない。正確には、男の側は盛り上げようとしているのだが女の方が何だか…萎縮している?感じがした。


 でも、私が入ってきたことで私に注目が集まり、ちょっとだけ空気が緩む。

私はへらっと笑って遅刻のお詫びをしながら、明らかに十分過ぎるくらい空いているスペース……女子側の一番奥、避けられているであろう人物の前に座った。


 それだけで何やらギョッとした空気を感じて、もしかして私が来る前この人何かしでかしたのか?と思いながら自己紹介した。


 そして、冒頭の空気である。


 まるで私が今世紀最大のKYであるかのような空気。なぜだ。


 女子陣は言わずもがな、目の前のその人も驚いたようだったものの


「俺は……藤田恭也。よろしく」


 ちゃんと挨拶を返してくれた。

なんだ、まともな人じゃないか。

しかもちょっとビックリするくらい良い声。


 まあでもしかし、横からの視線はびんびん感じる。

本当に何したんだこの人?


 生憎私はド近眼なので顔の細かい造作は分からないがやたらめったらイケメンオーラを纏っている人だと思う。

服装は上半身しか見えていないが柔らかそうな白のシャツを着ていてシンプルな服装でも上品さと知的な感じがした。

他には、髪色が黒だということくらいしか分からない。


「藤田君はまだ飲み物要らない?」

「……ああ」


 とりあえず、店員さんに頼んでおいたヨギーパインを受け取りながら、グラスの中身がほぼ氷だけになっている藤田君に声を掛ければ盛り上げようとしていた男側もじっとこちらを見てきた。


 いやいや、だから何なんだいその反応。


 しかも私の飲み物が来たのに乾杯の仕切り直しも

自己紹介のやり直しもしてくれない。

……というより、そんな空気ではない。


自分から言い出せる訳もないので結構な居心地の悪さを感じながら苦笑する。

まずいな、気分転換に来てるのに逆に疲れそうだわ。


「お昼食べてないしガッツリいっても大丈夫かな~。ここの料理どうだった? 美味しかった?」


 喋り掛ければ喋り掛けるほど悪い空気に転がっている気がしないでもないが

他に相手が居ないのも有って

既に手をつけている彼の前の皿に目を移しながら言えば彼は微かに頷く。


「まあ上手かった…つまみしか食べてないけどな。仕事忙しかったのか?」


 最後の問い掛けが何だか優しげな響きが有って

少し安心しながら首を縦に降った。

立て掛けられたメニューを手に取り

顔を近付け貪るように読む。

こうしないと見えないのだ。


「どんだけ腹減ってんだよ」


 その様子が変だったのか前の人がちょっと笑った気配がした。

それが嬉しくて釣られるようにして笑う。

私はTPOによっては年上でも敬語を使わないし人見知りをしない所が馴れ馴れしく思われることも有るので、嫌われる人には大いに嫌われるタイプなのである。


「いやだって有るじゃない? 注文した後にものすっごく美味しそうなもの見付けることって。あれが毎回毎回悔しくて」


 我ながら合コンに来て言う女のセリフではない。

こういうとき、可愛い女の子は緊張して食べられなかったりするんだよなぁとちょっと可笑しくなった。


 しかし直す気は無い。そんな初々しい時期は二十歳までで終わったから。


「くっ…どっちにすべきか…!ささみの刺身とチャンジャ茶漬け…!」

「どっちも頼めば?」

「や、どっちも言いにくい。噛まずに言える自信ない」


 すると、前方から呆れ返ったような視線がびんびんした。

前からも横からも斜め前方からも視線を感じて、視線が矢なら私は今頃針ネズミだろうと思った。もしくはフグ。

あ、フグ食べたい。


「うーん、でも頑張ってみる。この二つに決めた!」


 周りのみんなも食が進んでないみたいなので、とりあえず肉類と米が有ったら良いかと自分を納得させる。


「敬史、店員呼んで」


 すると藤田君が出口に一番近い男の人に声を掛けてくれた。

おお、親切な人だ。


「ありがとう。メニュー言う練習しとかなきゃ」


 一番奥の席なのでメニューを言うときは結構声を張り上げなくてはならない。

噛んだら赤っ恥である。


 ささみ刺し身チャンジャ茶漬け…と呪文のように繰り返していると前方からじっとこちらを見る視線。

もう私はあれか。動物園のパンダか。珍獣なのか。


「そうだ。藤田君チャンジャ茶漬け係ね。私が鶏のささみの刺身言うから」


 そう提案すれば、目の前から「は?」と声が聞こえた。


「チャ、ちゃんじゃ茶漬け?」


 試しに言ってみた藤田君は変な発音とともに噛んで、私は吹き出してしまう。

すごくこの人素直だ。


「一緒に恥を掻こっか」


同志が出来た私はすっかり嬉しくなって

来た店員も笑顔で迎え撃つことが出来たのだけど

結局、藤田君は店員にコレとコレ、とメニューに指を指して注文を終えてしまった。


「藤田君って面白いね」


「あんたもう酔ってるだろ」


 フイと壁がわに微かに顔を動かして藤田君が呟く。確実に噛んじゃったのが跡をひいているようだ。

あらやだ、ちょっとときめく。


「恭也、お前今日よく笑うな」


 すると、藤田君の隣に座っていた男の人が藤田君の肩に手を置いた。

そのまま私の方に視線を滑らす。


「ども、俺は佐川カナって言います。女みたいな名前ですけど叶えるの叶って書くんで、結構気に入ってます。」


 その人は明るめの髪色に似つかわしい明るい声で自己紹介をしてくれた。

モノトーンの服装の中に原色系をさりげなく混ぜていて凄くお洒落だ。

ショッキングピンクでも気持ち悪くなく着こなせそうな雰囲気がする。

男子って言葉が似合うのかは分からないけど、今時のモテ男子って言葉が似合う人。


「どうも。私は高科キリです。キリはカタカナでキリ。芸名みたいってよく言われるけど私も自分の名前結構好きかな」


 同じ名前の人に会ったことが無いし、小さい頃はからかわれて嫌だったけど、大人になってからいかに覚えやすい名前が有利かに気付いた時からこの名前が好きになった。



「キリちゃん、今日は恭也帰さないように見張っててくんない? コイツ気が付くとすぐに消えててさ~」


 急に言われた言葉に首を傾げる。

確かに合コンで途中抜けは場が盛り下がるかもしれないが、帰りたい人は帰れば良いんじゃないの?というのが私の持論だ。

それに、藤田君が真剣に彼女を探すためここに来たのだったらそれは迷惑だろう。


「うむ。藤田君面白いし私は良いけどそれだと私邪魔じゃない?」

「いや…もともと飲みたいだけだったし」


 思いがけず即答が返ってきて、しかも佐川君に話し掛けたつもりが本人から返事がきた。


 この短時間で、少し好感を持ってくれたらしい。


「恭也もそう言ってるし、キリちゃんさえ嫌じゃなければ傍に居てやってよ」


 そう言われれば私に選択肢など無い。

合コンで最初から最後までほぼ1対1で話すなんてことあまり無いが、楽しくなければ彼もさっさと帰るだろう。

ゲームのような感覚で、私は彼に笑顔を向けた。




 後に、藤田君が超絶美形フェロモン男で、彼に見られて堪えられる女は居なかったとか

愛したら一途でうっとおしいくらい甘いこととか

この時点で既にロックオンされていて、それに気付いた佐川君がお節介やいたこととか

ド近眼で20センチ先も曖昧な私にはまだ見えていなかったのである。



ーーー

処女作です。

とにかく完結させることを目標に頑張りました。ちょっとずつ慣れて長めの作品や、色んなジャンルの作品も書けるようになりたいです。

読んでくださってありがとうございました!

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現代
― 新着の感想 ―
[良い点] 面白かったです。話の雰囲気も好きです。 場の空気に戸惑いながらも、盛り上げようと頑張ってる主人公の姿に好感が持てました。 [気になる点] 悪い点というか、ド近眼な主人公がなぜ眼鏡等をしてい…
[一言] とても面白かったです。これからもガンバって下さい(*´∀`)♪応援してますm(__)m
[一言] 最後4行の内容にちょっと台無し感が(;^ω^) サクッと纏めず、1~2万文字くらい使って丁寧に描写していたら、もっと物語的に良いものになったように思います。
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