1. どこか遠くに二人で逃げたい
「もしかして天満?」
「……中井、や……」
あの日、オレたちは恋をしていた。
それはオレの妄想なのではなく確信があった。
セックスやキスをしたわけではない。もちろん告白なんてできなかった。
でもそれでもオレたちはお互いがお互いに恋をしていることに気がついていた。
自然に触れる指、触れた箇所がじわじわと熱くなった。
いや、まて。もしかしたら告白"らしきもの"はあったかもしれない。
『俺、天満のこと好きやなー』
『……え?』
中井は誰もいない教室で遠くをながめながら何でもないという様子でつぶやいた。
当たり前のようにいつもの調子で彼は言ったのだ。
みるみるうちに顔が熱くなっていくのが分かった。だが平静を装いながら何でもないというように答えた。
『……うん。まぁ……オレも……』
このやりとりを聞いて告白と思えるかもしれないし、告白なんかじゃないとも思えるだろう。
オレたちにはこれが精一杯だった。
3年間ずっと中途半端なところにいた。友達以上だが恋人ではない。恋人、という関係に憧れていたわけでもなかったが。
18才で子供で男同士だったのだ―――
転職した先は大きなビルのワンフロアだった。
お昼に出ようとエレベーターに乗ると、そこに中井は、いた。
10年も経っているというのに何ひとつ変わらない姿で中井はそこにいるのだ。
本当は、高校を卒業してからずっと後悔していた。
中井に想いを伝えていれば何かが変わっていたのだろうか?
中井は世間体を気にしないやつだったが、周りの目を気にするオレを気づかって、どこか遠くに二人で逃げたりしたのだろうか?
少なくともこの10年間後悔せずに過ごせていたに違いないとは思う。
18才のオレはどうして想いを伝えられなかったのだろう。
どうにもならないと分かっていたが、そう思わずにはいられなかった。
でも同時にもう一生会いたくないとも思っていた。
28年生きてきて、こんなにも人を好きになったのは中井がはじめてだったからだ。
出会えばまた、恋をする。
28歳のオレは18才のころからちっとも変わらずにいるのだ。