第12話 中崎先輩。
そして美咲は、笑顔のまま言った。
「希里の思ってる通りだよ。あたしも、中崎先輩が好きだった。でも、希里に負けたなら諦めつくよ。あたしの自慢の親友だもん。明日、中崎先輩に連絡して、中崎くんに挨拶しに行く」
美咲の堂々とした口調に、彼女の強さを感じた。強くなったね、美咲。もしかしたら私が美咲を変えた? と少し自惚れてみる。私の心を見透かしたかのように、美咲は、
「希里のおかげだよ。こんなに前向きになれたの。世界ってこんなに明るいんだね。不安なこと、辛いことは沢山あるけど、あたし、負けないよ。最後まで戦いたいと思ってる」
と言った。彼女の瞳には揺るぎない信念が宿っているようだった。
「ありがとう、美咲」
「何で希里がお礼言うの。ありがとうって言うのはあたしの方だよ」
照れ臭そうに鼻の先を擦りながら笑う美咲は、中学の頃と変わっていなくて、どんなに年月が経っても、色々なことを経験しても、私が大好きになった親友に変わりはないと思えた。
「じゃあ、またね」
美咲が飲み物を飲み干して言った。
「さよならじゃないもんね」
「当たり前じゃん。明日も明後日もその先も、あたしは生きるよ。何があってもなんて大それたことは言えないけど、限界まで生きる」
「私も生きるから」
美咲が小指を差し出してくる。
「約束ね」
「うん」
指切りげんまんをし、私たちは別れた。顔を上げ、まっすぐ前を向いて去っていく美咲の後ろ姿がとても力強く見えた。
翌日の夕方、家のインターフォンが鳴った。部屋着を着たままリビングで寝転がってテレビを見ていた私は、髪の毛を撫でつけながら玄関へ向かった。
「こんにちは。月岡さん」
中崎先輩だった。今日はTシャツにGパンというラフな格好だ。でも、骨格のたくましさを感じさせる顎のラインが、高校の頃と違うんだということを感じさせる。
「あ、こんな格好ですみません」
言ってから、自分が『女』になっていることを自覚した。だらけた格好を恋人に見られるのは恥ずかしい。そう、中崎先輩は私の恋人なんだ。まだ実感は湧かないけど。
「はは、全然大丈夫だよ。話したいことがあるんだけど、時間あるかな?」
中崎先輩の言葉に頷き、自分の部屋に案内した。案内しているときに思ったのだが、彼氏を部屋に入れるというのは不用意すぎるだろうか。そういう流れになってもオッケーだというサインになってしまうのかな? 心に湧いてきた一抹の不安を拭うように、大丈夫、と呟く。中崎先輩はそんなこと考えていないだろう。
先輩は座布団の上にちょこんと座ると、隣に座った私の目をじっと見つめ、「田島さんから連絡あって、うちに来てたよ」と言った。
「中崎くんに挨拶がしたいから、って。じゃあ家に来て欲しい、って言ったら『お墓じゃないんですか』って訊かれた。でも、弘樹が本当にいるのはうちだろうから。線香あげてくれて、泣いてた。中崎くんごめんね、って。そのあと、弘樹の部屋に連れて行ったんだ。弘樹のものはほとんど片付けたんだけど机だけはそのままにしてあって、机の上の教科書見て、『世界史の教科書の表紙にザビエルの絵が描いてあるはずです』って笑ってた。意外と弘樹のこと見てくれてたんだなって嬉しくなってさ。もう泣かないって決めてたはずなのに、俺も泣いちゃって……」
途中から中崎先輩は涙声になり、目を潤ませた。笑っているのに泣いている。その心の傷がどれほど深いものなのかを目の当たりにし、胸が締め付けられた。私は、膝の上に乗っている中崎先輩の手をそっと握った。
「先輩、すみませんでした。弘樹くんのこと、助けてあげられなくて」
「月岡さんが謝る必要ないよ。もう、いいんだ。もう、後悔しても仕方ないし、あれから八年も経った。俺も、前へ進んでいるんだ……」
「でも、泣いてもいいんですよ」
心が痛い。私は、中崎先輩に何もしてあげられない。大切な人を失う痛みは、私も経験した。でも、私が亡くした人は友達だけど、先輩は家族だ。痛みは、きっと私より鋭い。だから完璧に痛みが分かるわけじゃないし、中崎先輩がどんなに否定してくれたって私は加害者だ。その事実は揺るがない。
それでも、先輩の痛みを分かってあげたいと思った。例え分からなくても、理解したいと思った。
「ありがとう、月岡さん。月岡さんがいてくれて良かった。俺はかなり月岡さんに救われたよ」
中崎先輩にまで、救われたと言われた。自分なんていてもいなくても同じと思っていたけれど、案外、私って必要とされているのかもしれない。自信の炎が心の片隅で燻っていた。
「あと、田島さんに告白されたよ。『返事は分かってるのでいりません。希里を泣かせたら許しませんからね』って、ファイティングポーズで言われた。俺、月岡さんを絶対泣かせないよ」
そうか、美咲は先輩に告白したのか。私のことを考えてくれる辺り、本当に優しい子だ。先輩の手が私の頬を撫でる。夕日が差し込む部屋の中、私たちはキスをした。唇と唇が触れるだけの軽いキスだけど、心がとろけそうな甘美な嬉しさに支配された。幸せって、きっとこういうことを言うんだ。先輩の唇は柔らかくて、温かかった。




