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第1話 別れと再会。

私の作品の、消えない昨日、失う明日。をお読みになってから、こちらを読まれることを推奨します。多分、読んでいらっしゃらないと内容が理解出来ないと思います。ご了承下さい。

 生きている意味が分からなくなるときが、時折、ある。一人の男の子が命を落としてから、長い年月が流れた。彼は殺された。殺したのは私たちだ。中崎弘樹、享年十五。死因、転落死。中崎くんは、いじめられているのが辛くなって、なのに加害者の一人でもある私にラブレターを残して、マンションから飛び降りた。いじめを止めずに加担したことをすごく後悔し、中学を卒業してもなお辛くて辛くて仕方がなかった、高一の頃。

 加えて私は、もう友達ですらない、親友だった女の子、美咲のことを引きずっていて更にきつい状況だった。

 でも、中崎くんのお兄さん、中崎先輩がどん底から救ってくれた。先輩と会っていなかったら、今頃私は生きていただろうか。

 まあ、そんなことを言っていても、先輩と出会い、美咲が高校を中退して六年経った今、私は生きることに消極的だ。この六年間、本当に色々なことがあった。クラスメイトが私の陰口を言っているのを耳にして、学校に行くのが嫌になったり、仲のいいあっちゃんが万引きをしたことを知って哀しくなったり、第一志望の大学が不合格になったり。勿論、いいこともあった。成績が上がって成績順位表の上位に名前が載るようになったり、友達のナツエが美咲ばりの指導力を発揮して部長になったり、大学に入って新しい友達もそれなりに出来た。

 けれども、あなたは今、幸せかと訊かれたら首を振りたい。原因の一つとしては、友達の一人が病気で亡くなったことだろう。四年生になって初めて受けたゼミで一番に話しかけてくれた子で、その子の家に遊びに行ったりしたし、もう少し交流したら、美咲以来の『親友』と呼べる存在になるかもなあ、と思っていた矢先だった。

 病死なのだから誰も悪くない。中崎くんのときと違って、自分を責める必要もない。だけどそれは裏を返せば哀しみの矛先を誰にも向けられないということで、やり場のない感情に喘いでいた。

 そんなとき、真っ先に頼りたくなるのが中崎先輩だ。先輩とは、時々メールをしてはいるものの、大学に入ってから会う機会がめっきり減った。今年は一回も会っていない。このまま静かに自然に縁が切れてしまうのか、と思っていたが、友達の死で痛む心は先輩を欲していた。ベッドに腰掛けたまま、携帯のボタンを押す。

「もしもし」

 懐かしい、先輩の声。中崎先輩に電話をするのは初めてだった。

「あの、もしもし。……月岡、です」

「うん、名前出てた。久しぶりだね。月岡さんが電話なんて、何かあったの?」

 優しい口調で訊いてくる。私は泣きそうになるのを必死に堪えながら、

「友達が……亡くなって。病気で」

 と言った。フローリングの床の冷たさが足の裏に沁みる。

「……そうなんだ。それは、辛いよな。俺に出来ることなら、何でもするから」

「ありがとうございます。すみません、こんなときばっかり先輩頼って……」

「全然。こっちこそ、最近メールが来ないから、月岡さんは元気でやってるんだろうなって勝手に判断してごめんな。本当はもっと前から言いたかったんだろう?」

 先輩は相変わらず、優しい。私が加害者だと忘れているんじゃないかってくらいに。

「先輩は、優しすぎます。私、酷いことしたのに」

「酷いことをしたのは俺の方だよ。今になって、思うんだ。月岡さんはただいじめに巻き込まれただけで、悪くはなかったんじゃないかって。中学三年生の女の子一人の力で、いじめなんか止められるはずなかったんだよ」

「それは違います」

 はっきり言った。私は、罪を背負うだけのことをしたから。それは、誰に否定してもらっても、違うって言い続けなければいけない。

「いじめは止められなくても、加担するのをやめるのはいつでも出来たんです。結局私は弱くて、卑怯で、美咲のことだって守れなかった人間なんです」

 自然と、美咲の名前が口から零れた。私は亡くなった友達と美咲を比べていた。この六年間、美咲のことを忘れなかった日はないとはとても言えない。でも、すっかり忘れていたのかというと、そうでもない。夢は、続いている。

「田島さん、か。懐かしい名前だね」

「親友のままでいたら、美咲は学校を辞めなかった。そう思うのは、自意識過剰ですかね?」

「……いいや。でも」

 私は膝の上で指の先をちゃんと伸ばして姿勢も正し、先輩の言葉に耳を傾ける。

「もし、ああだったら、こうだったらって考えても前には進めないよ。大切なのは、これからどうするかなんだから。後悔しているなら、行動を起こせばいい」

「でも、美咲のことは今更どうしようも……」

「決めつけて諦めようとしているだけだろう?」

 図星だった。拳を握り、私は何も言えなくなる。

「なあ、久しぶりに会わないか?」

「いいんですか……? だって先輩と会ったら、私、弱音ばかり吐いちゃいます。無様な姿を見せるだけです」

「いいよ」

 短い言葉に込められた気持ちを考えると、再び泣きそうになる。私は、正直言って、一時期、中崎先輩に特別な感情を抱いていた。でも、中崎くんのことを思い出し、そんな未来など有り得ないんだと言い聞かせて心に麻酔を打った。なのに、今も懐かしい声を聞けば、そのときの気持ちに戻りそうになる。

「月岡さん、いつ空いてる? 明日は?」

「あ、空いてます」

「会ってくれるか?」

「……勿論です」

 こんなときなのに、条件反射で頬を熱くしてしまう自分が憎らしかった。


 中崎先輩との約束の日はあっという間に訪れた。鏡に映る自分を見る。大学生になって、服装の好みも変わっていった。こんなにひらひらした可愛らしい服、昔じゃとても着られなかった。選ぶ色もモノトーンから淡色に変わり、今なら「中学生の頃とは見た目、違うだろ!」と言えるだろう。

 じゃあ中身はどうだろうか、と自問する。

 ……分からなかった。乗り越えたつもりだった。中崎くんのことも、美咲のことも。でも、今みたいに哀しいことがあればふと思い出す。中崎くんともっと話したかったとか、美咲と会いたいだとか、どんどん欲望に火が灯る。

 と、背後でドアの開く音がし、

「あれ、希里どこか行くの?」

 という声が聞こえてきた。私はしかめっ面で振り向いて、その人物を指差す。

「お母さん、勝手にドア開けないでって言ってるでしょ」

「てへっ、ごめん」

「可愛くない。全然可愛くない」

 舌を出して首を傾げる母の姿に寒気を覚え、自分の腕をこする。

「んで、お出かけ?」

「あー、うん」

「誰と?」

「うーん……」

 母も、中崎先輩の存在は知っている。美咲が高校中退をした晩、私は、中崎先輩のおかげで気持ちに区切りが付けられたこと、美咲のことがまだ気になっていることなどをした。で、聞き終えたあとの母の第一声。

「で、希里は中崎先輩と美咲ちゃん、どっちに恋しているの?」

 ……さすがに鉄拳くらわせようかと思った。

「流れに身を任せれば、勝手にどっかの岸辺に付いてるよ。大丈夫だよ」

 珍しくいいことを言うなと思い、そのときだけ感心した。そのときだけは。

「……やっぱり美咲ちゃんが攻めなのかしらねえ……」

 私は無言で立ち上がり、母の脇腹をくすぐった。母は、壊れた。

 目の前にいる母は、記憶の中の母と比べると、少し、痩せたような気がする。そうか、もう四捨五入したら六十歳なのか。母には私よりも一日でも長く生きてほしい、というのが本音だ。普通に行けば、そんなの無理なのだが。

「言えないの? 分かった、男だ」

「違うよ、中崎先輩だよ」

 そう言うと母の眉がぴくりと動いた。

「やっぱり男じゃないー」

「情けないけど、弱音吐いてくる」

「ん。行ってらっしゃい」

 母は微笑んだ。多くを語る必要はない。たった一言の台詞で分かってくれると知っているから。私は時計を見て、まだ少し早いがバッグを持ち、部屋を出ることにした。


 上着を着ないで外に出たら、少し寒かった。けど、まあいいかと思い、自転車を走らせる。もうすぐ冬が訪れる。待ち合わせは、通っていた高校の近くにある喫茶店だった。四十分の旅は終わり、喫茶店に到着。あまり入ったことのないお店なので、ちょっとドキドキしながらドアを開ける。

「いらっしゃいませ」

 私は辺りをきょろきょろした。遠くの席で、手を上げている人がいる。あれが、中崎先輩だろうか。目が悪くて顔を認識出来ない。とりあえず近くまで歩いてゆく。

「月岡さん、こっち」

 確かに先輩の声だった。大分近くまで行ったところで、二人用の席に座っている先輩を視界にとらえた。先輩は、髪が少し長めになり大人っぽくなっていた。

「こんにちは」

「こんにちは」

 ぴょこりとお辞儀をすると、髪の毛がさらりと揺れた。私の髪は、染めてはいるものの、あれ以来ずっと短いままだ。でも、それでもいいと思っていたんだ。だって、中崎くんが、いいねって言ってくれたから。

「待ちましたか?」

「いや、大丈夫だよ。座って座って」

 先輩に促されて私は席に着く。先輩はメニューを渡してくれた。

「ありがとうございます」

 私はアイスココアにした。先輩はカフェオレ。先輩が手を上げて店員を呼び、注文してくれた。

「月岡さんと会うのは、約一年ぶりだね」

「そうですね。……すみません、ずっと連絡してなくって、こんなときばっかり」

「おっと、二度も謝る必要はないぞ。一度すらも必要ない」

 先輩のこの優しさが、中崎くんは好きだったのだろうか。この人の妹だったら、私もブラコンになりかねないかなと思った。

「月岡さんも大人っぽくなったよな」

「そうですか?」

「ビューティフル」

「えー」

 私は頭を掻きながら照れ笑いを浮かべた。むず痒いな。

「先輩も、ナイスガイです」

「えー」

 笑いながら頭を掻く先輩。

「人の物真似、やめて下さいよぉ」

 と私は言った。

「……それで、大丈夫か? いや、大丈夫な訳ないよな。ごめん」

「いえ」

 丁度店員が飲み物を持ってきた。私はアイスココアに一口口を付けて、背筋を伸ばし、言った。

「ぶちまけて、いいですか。今の気持ち」

「ああ」

 なるべく、冷静に話そう。決して泣いたりなんかしないようにしよう。スカートをぎゅっと掴む。

「友達に会いたい。ずっと死なないでほしい。笑い合いたい。ぎゅってしたい。……美咲にも、会いたい」

 気を抜くと無表情という名の仮面が剥がれそうになる。私はふうっと息を吐いた。

「無理して感情隠さなくてもいいよ」

「……」

 この言葉に甘えていいのだろうか。暗い顔をしたら、もっと先輩に迷惑をかけることになる。ごくりとカフェオレを飲んだあと先輩は、

「そのお友達が生きていたときも、田島さんのこと、頭から離れなかった?」

「いや……ここまでではなかったです」

「今は?」

「……会いたい。美咲に会いたいです」

 もう、会うことはないと思っていた。私たちは、別れる運命だったと、そう自分に言い聞かせていた。最後に笑顔を見れたんだから、「希里」って呼んでくれたんだから、それでいいじゃないか。

「大好きな友達が亡くなって、大好きだった親友を思い出してしまったってことだろう?」

 先輩が言った。確かに、そうだろう。満たされていた日常にぽっかり穴が空いて、その穴を美咲に埋めてもらいたいと思っている。どこまで私は他力本願なんだろう。

「じゃあ、会えばいいさ」

 軽い響きに、私は「でも」と言った。

「今更、会える訳ないです。美咲は、私のことなんか忘れて、違う道を歩いているのに。私が会いに行ったって、迷惑なだけです」

 握りこぶしを作って言った。けれど先輩は諭すかのような口調で、

「そう、言い切れる根拠はある? ないだろう? 俺は、田島さんが月岡さんを嫌いな訳じゃないと言い切れる」

「……根拠は、あるんですか?」

 コップを両手で持って、先輩を見上げた。

「勘」

「えっ……勘って……」

「まあまあ、試しに俺を信じてみてよ。……信じてくれたら、俺も、月岡さんに伝えなくちゃいけないこと、伝えるから」

 伝えなくちゃいけないこと? 何だろう。何か、約束でもしていただろうか。いや、していない。なら。

「中崎くんのこと、ですか」

「ああ」

 そうか。それが何かは分からないが、私には聞かなければいけない義務がある。加害者としての罪償いの一つだ。

「分かりました。中崎先輩のこと、信じます」

「じゃあ、行こうか」 先輩はカフェオレを飲み干し、腰を上げた。私もアイスココアを飲みきって、席を立った。こんな軽いノリで、私は、美咲に会おうとしている。でも、先輩が言い出したことだ。私は悪くない。勝手に先輩に責任を押し付けている自分が、またしても憎くなった。

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