第八幕 改変を狙う者たち…と、犬ぅ?
前回の答え
問題:山口信濃守、織田上総介など武士たちは自称で官位を名乗ることが多かったといいます。では、一般的に『守』が使われない国の官位はどの組み合わせでしょう?
①常陸国、武蔵国、上野国…森長可など武蔵守はよく使われていた。
②下総国、上総国、上野国…下総守も実質的に存在する。
③常陸国、下野国、上総国…下野守は源義家など、武家の棟梁がよく任官していた。
④常陸国、上総国、上野国…親王任国、よってこれが正解。
⑤上総国、武蔵国、下野国…武蔵、下野は上記による。
親王任国については、あとがきにて。
1560年 5月初旬 尾張国那古野城付近
ここ那古野城は、織田信長が生涯を通じて長く拠点とした城である。
1534年に生まれてから、清洲城を奪取する1555年までの21年、この城を中心に成長した信長は、たびたび問題を起こし、その結果『尾張の大うつけ』という烙印を押されてしまった。
しかしながら、1560年頃になると、一転してそのようなことを口走る輩は、少なくとも尾張国内にはいない。
信長自身が清洲城に居城を移してからも、ここが重要拠点であるのは変わらず、織田家重臣や信用できる一門衆を城代に任じていた。
西北に伸びる街道が、道行く者たちにとっても重要な交通路であるため、清洲に次いで大きな城下町が形成されている。
三河国を出で、今川に察知されにくいように長久手方面から尾張に入った、信濃守と蓮、駒富嶽、それに鍛錬用の馬改め、蓮の愛馬となった駒震電は、この那古野から少し離れた、末森城跡にて野宿していた。
なぜ那古野城下町で宿泊しないかといえば簡単な理由で、目的地に着くまではあまり公衆の面前に出たくない事、それに他のプレイヤーたちと鉢合せて、妙な諍いを起したくないというのもあった。
ここ、末森城とは織田信長の父親、信秀が没した地であり、弟の信勝が謀反を起こした挙句、信長によって謀殺された場所である。
廃城年次は不明であったはずだが、このゲームにおいてはすでに廃城されているようで、人もいなく、野良犬っぽいのが一頭遠くに見えただけである。
「ここは意外と涼しいな…。」
尾張に入って既に5日。明日には清洲の城下に着くだろうという場所。
三河国では、山間部に照り付けるような暑さが目立ち、グデッていた信濃守だったが、尾張に入ってからは、広大な濃尾平野と水が張られた水田地帯のおかげで心地よい気温だったのか、幾分楽な気分になれた。
特に、ここ末森の地は周辺に比べ水田が多い。そのうえ、廃屋などが夏特有の熱風を遮っているのか、長久手から来た信濃守たちにとっては野宿しやすい環境だった。
「殿、ここは厩もありましたので、騎馬はそちらに連れました。」
蓮が結構疲れる雑務をやってくれるおかげで、信濃守は結構、のんびり休憩できる。
駒富嶽たちも、馬同士で結構仲がいい。…駒震電が単に服従してるだけにも見えるが。
「あぁ。明日はいよいよ清洲城下だ。」
蓮に向かって言う。蓮もうなずき、
「はい。明け方、ここを立てば夕方には着くと思われます。」
ここからまっすぐ那古野を通れば昼前には清州城下に入れる。
しかし信濃守はできる限り“桶狭間”が起きるまでは、目立ちたくないというのが本音であった。
ルートを選ぶ際は、人と会うリスクを抑えたい。
それにはあえて、那古野城を迂回する必要がある、と考えた。
その結果ここから街道を外れ、脇道を使って北側より清洲に入るようにした。
明日はいよいよ清洲城下、ということもあり、せっかくなのでと今日は廃屋を有効活用して屋根のある場所で休もうと思ったのだ。
「では、殿。今宵は早く休みましょう。拙者が殿の安全を守りますゆえ。」
そういうと、蓮が信濃守の後方に座り、刀を抱えて目をつぶった。
「…そうだな。」
そういって信濃守も目をつぶり、すぐに意識は闇に溶けていった。
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そのころ…駿河国 駿府の町
信濃守の安眠する、尾張末森の静けさとは打って変わり、騒がしいとまではいかないものの、ここ駿府のある屋敷では、10数名の若者を中心に雅ながらの酒宴が行われていた。
「…いよいよもうすぐです。我々はあえて此方に組し直後の史実改変を行うことでほかのプレイヤーたちをリードするのです。」
一人の若者がそう口遊むと、他の若者たちも口々に「おぅ。」やら「あぁ。」などの声を出していた。
そう、ここはプレイヤーたちだけの宴会。
それも今川家に組したプレイヤーたちによる、酒宴という名の
『桶狭間で確実に勝利するための作戦会議』である。
今川に仕官できたプレイヤーたちなので、やはり美形がそろう。
「まずは今までの我々の行ったことの成果を報告しあいたいと思うのだが…。」
その中でも若い美形の若者が進行する、この若者は今川義元の小姓として仕えており、この会議の進行役を自ら引き受けている。
当然ながら美少年である。
「じゃあ俺から言おう。」
そういって、近くにいた美青年が話し始める。
「織田、今川両家に仕えたプレイヤーの比率は99:1、それ以下の可能性もある。」
そこまで言って一度区切り、周囲を見回す。
進行役が首肯し、美青年はまた話を続ける。
「最も此方が想定したとおりであるため、これに関してはそこまで問題ではない。」
また区切る、一同が黙る中、再び話は続く。
「全プレイヤー中、この両家に仕えていないのは1%以下、つまり10人以下しかいない。」
周囲は多少反応した。全プレイヤーは1000人と言われている。
1割ぐらい、つまり100人程度は別の勢力へ行くと予想していたからである。
「これに補足させてもらう。現在どの大名家にも属さないプレイヤー、つまり未だ在野のプレイヤーは、現状1人しか確認できていない。」
別の青年が言った。
この青年はそこまで美形ではない。まぁ“この集まりの中では”という話だが。
「あぁ、だがその在野の一人も三河の刈谷周辺で何やら鍛錬めいた事をしていたそうだ。だが昨日偵察から戻った、俺のナビはそいつを見失った。おそらく此方の動きに気付いたか、あるいは織田方に勧誘されたのだろう。」
当然ながら、ここで言われている“その一人”とは信濃守のことである。
「まぁ、そこまで警戒するような男でもないと思いますよ。一応調べましたが、参加者の中でも特に優勝候補とも言われてないようですし。今大会で最重量級のプレイヤー、というのが特徴ぐらいです。それ以外はたいして突出した能力もないようですし。」
進行役がそういった。
「そうだな、それよりも大事なのは、“その時”だ。」
美青年がそう言う。
「あぁ、もう十日もしたら出陣だろう。」
そう、桶狭間の戦いは6月12日、これはである。
駿府から出陣して、近隣の領主の兵が合流してくるのを考えると、あと駿府を発すのは5月12日、まさに十日後といったところだろう。
「手筈は抜かりなく、向こうに送り込んだ連中には昨日…。」
「…よし、我らこそが勝利者となるのだ。織田に味方したプレイヤーどもはここでサヨナラしてもらおう‼」
進行役の美少年がそういうと、声を荒げないように杯を片手に掲げあげて一気に押し込んだ。
そして、ひとり、また一人と去っていき、そこには誰もいなくなった。
…今川に着いたプレイヤーも、織田に着いたプレイヤーも信濃守を重要視することはないようだ。
まぁそれが、当然の反応といえば当然の反応か。
この時期、信濃守を含め多くのプレイヤーたちが最も重要視、警戒視していたのは、織田家の足軽大将になっている『藤平爆龍斎』であった。
全プレイヤー中での一番の出世頭である。
加えて、現役の高校生で参加しているうえ、秀でた能力の持ち主であり、有能な人材として信長にも期待されていた事は事実であった。
それ以外は、多少程度には検索し、調べているようではあったが詳しく、というわけではないようだ。
言ってみればこの世界はプレイヤーたちにとって、
すべてが“過去に起こったことの再現”であり、
かつて机上で学んできたことでしかないのだ。
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尾張国 末森城跡 廃屋 夜明け前
信濃守含め、一行がまだ寝静まる頃。
その信濃守に何者かが接近していた。
黒い姿のそのものは護衛していた蓮すら気づかぬ間に、接近していたのだった。
そして、特に何かするわけでもなく、そのそばで眠り始めた。
明け方
「Zzz…Zzz…zzz…っんん…、…んっ!?」
信濃守は息苦しい感じがした。
そして自分の顔の前にいる何かに気付いて目覚めた。
フサっ…フサ…?
ふさふさした毛並み、枕にちょうどいい…。
「…!なんだお前は…?」
意識を再び闇に戻そうとして、違和感に気付き、瞬時に覚醒した信濃守はその何かを掴む。
黒っぽい毛並みに生き物だとわかる温もり。柔らかい皮。
…わぅ…。わぅ!
昨日、城下で見かけた野良犬っぽい犬だった。
昨日は遠目に見えただけだったので子犬だとは気付かなった。
「…っぁ、殿、今の声は…、犬…ですか。」
犬の声で起きたらしき蓮。
ナビゲータNPCとはいえ、やはり疲労がたまっていたのだろう。かなり熟睡していたようだ。
「蓮、おはよう。」
信濃守は蓮の質問に答えず、とりあえずふりむいて挨拶する。
「おはようございます、殿。…してこの子犬は…?」
蓮も気になったらしい。
「起きたら顔の前にいた。外が寒かったんだろ。」
わぅ‼…。
犬もそうだといわんばかりに吠えた。
いつの間にやら、信濃守の肩に乗って。
「…ずいぶん懐かれてますね。」
蓮がやや呆れ気味に言う。
「現実ではむしろ避けられてたんだがな…。」
そうも言いながら、信濃守は犬の顎の部分をくすぐっている。
こう見えて信濃守、大の動物好きである。
しかし現実世界ではなぜか避けられてしまったり、威嚇されることが多かったので、馬にしろ犬にしろ動物が懐いてくれるのは嬉しいことであった。
「あいつ等も起きてくる頃合いだろう。」
そういって厩の方を見る。
鳴き声というか、蹄の地を叩く音が聞こえているためそう判断したのだろう。
「はい、では私は諸々の支度をしてまいります。殿、昨晩の残りを勝手に食べてください。」
そういって蓮は外に出ていった。
信濃守も残り少なくなった、『蓮お手製川魚の燻製』を食い始めた。
…わぅぅ…。
犬の声に反応し、肩を見てみると、犬がいかにも「食べたい。」と言わんばかりに、信濃守の足元に降りて、尻尾を振っている。
「…。」
別に犬にあげるのは構わないが、燻製は保存食である。
そのため総じて味気が非常に濃い、特に塩味が強い。そのためこの犬の健康を害す可能性が大だからである。
「…仕方ない、貴重な炭水化物だが…」
そういって、信濃守は自分の所持品である小袋から、干飯を取り出し、犬の前に差し出す。
犬は、少し干飯の匂いを嗅いだもののすぐさまがっつき始める。
「それで我慢してくれよ。」
わかってるのか、わかってないのか…。尻尾を振りながら犬はガリガリと音を立てて、一心不乱にがっついている。
やがて食い終えたのか、また信濃守の近くに来て丸くなった。
「しかし、この犬の犬種は何だろうな。黒い犬……よくわからん。」
“要は、犬である。”
信濃守はそう結論づけた。
「殿。」
犬について色々思考を巡らせていると、準備ができたようで、蓮が呼びに来た。
「準備はできました。いつでもここを立てます。」
信濃守も「ああ。」と返し、丸くなっている犬を置き去りに表に出てきた。
明け方とはいえ、東に山々が見えるこの地では太陽の灯りがぼんやり見えるだけであった。
「さて、んじゃ清洲に向かいましょうか。」
信濃守の言葉に蓮もうなずき、すでに厩から出ている駒富嶽たちの方へ向かう。
わぅ…!
信濃守が振り返ると先ほどの子犬が駆けてきた。
「…。」
そして信濃守の前でおすわりする。
……わぅ。
全く何言ってるのか理解できない。
「殿、どうしまし…、この子犬…」
信濃守がどうしようか迷っていたら、蓮からその話題を振ってきた。
「…蓮、この子犬も富嶽と同じような意味合いの存在なのか?」
信濃守の疑問に蓮はすぐさま首を横に振る。
駒富嶽は蓮曰く“信濃守専用”に大会用ゲームシステムが用意した、
言わば“対超重量級プレイヤー専用騎馬”である。
騎馬、つまり馬は各プレイヤー用に言い方が悪いが、
改良された馬が用意されている。
しかし、それ以外の動物、というよりも生き物はそういったことはない。
この犬も信濃守のためにいるわけではない、という。
「しかし殿、この犬とも何かの縁があったのでしょう。折角ですから連れて行っては如何です?」
蓮はそう言って、犬を抱き上げた。
蓮の言葉を理解しているのか、宙に浮いた尻尾が尋常じゃないくらい振られている。
「まぁ、お前がいいなら…ぜひ連れてこう。」
こうして、信濃守、蓮、駒富嶽、駒震電、そして子犬。
一同は、道をそれ迂回して清州の城下町へと向かうのだったが…。
「そういえばこの犬、何て名前にしようか?」
…わぅ…?
「馬ではないので“駒○○”はないですしね。」
…わぅぅ…。
「…黒い毛並みだから単純にクロでいいだろ。」
わぅ!
そんなこんなで犬改め、“クロ”の名前決めが時間がかかる。
その結果、清州城下の東街道や犬山の付近に迷い出てしまう。
結局、その日は清州北にある宿泊できる馬屋(馬借)に金を払って、泊めてもらったのだった。
この時
その馬屋が尾張一の豪商『生駒家長』の本店であり、
あの者の通い宿であることを、
信濃守はまだ気づくことができなかった。
1560年5月3日
桶狭間まであと40日前後。
ちょっとした豆知識
親王任国…律令制度ができた当初、親王だけが国司として就任できる国の事。関東の上野、上総、常陸といった当時の大国に列せられる国が任国である。
今回は、クイズは控えさせていただきます。
楽しみにしていた方申し訳ありません。
ちなみに、信濃守はネーミングセンスはありません。