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大公立志伝  天狗の章  作者: みょ~じ★


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堺×純綿×用心棒(前)

「次郎、おい、次郎」

「あっはい、なんですか、新九郎さん」

 前回の終わりより、少なく見積もって三日三晩が過ぎたある日のこと。現地の暦では一応まだ明応七年閏十月の範囲内だったが、十月にしては肌寒い毎日が続いていた。それもそのはずで、太陽暦ではもう12月の範疇だった。そうでなくともそもそも明応の時節は彼の元居た地表でならば小氷期に値する時代であった。たとえこちらの地表が元居た世界の明応年間(西暦で1492~1501年)と多少異なる時節だとしても、あるいは同じ時節だったら尚更に、14世紀半ばから19世紀半ばの小氷期とかぶるわけで、それは寒くて当然である。

 そして、新九郎が次郎を呼び止めた理由とは。

「面白いものが堺に届いたという。一緒に見に行くか」

 堺というのは、いわゆる大阪府の文字通り堺市が場所的には相当するが、どちらかと言えば大阪市中心部の方が繁華的には近い。と、いうのも、今の大阪市の原風景は豊臣秀吉の時期に作られたものであり、その前には本願寺の門前町としてそれなりには栄えていたものの、この当時の堺という都市は貿易港として随一のものであり、東洋一の町とも言えた。というのもこの当時、京都は首都機能は存在したものの、応仁の乱の影響もあって町としては荒廃していた。

「ああ、はい、そういうことなら」

「それと、一応用心棒は雇っているのでな。いざとなったらお主の身くらいは守れるだろう」

 武器を持ち始めた次郎に対して、新九郎は必要最低限の打刀うちがたな以外の持ち出しを制して、次郎に対して警戒しないように告げた。もちろん、最低限の警戒などは必要であったが、新九郎ほどの身分の人物ならば、たとえ従者としてでも立場は保証される旨を告げたわけだが、それは新九郎なりのやさしさでもあった。

「あー……新九郎さんは?」

 雇っている用心棒は、一応一人ではなかったのだが、それでも人ひとりを庇って戦うのはしんどいものがある。さらに、新九郎も守って、となると用心棒は斬り殺される覚悟も考える必要があるほどの負担である。とはいえ、新九郎は別に自身の身の危険を考えてはいなかった。というのも、彼女は……。

莫迦バカにするでない、これでも身を守る術くらいは身に着けておる。前に手合わせをした折にも、お主に負けなかったであろう」

「そりゃ、僕には勝てるでしょうけど……」

 彼女は元々、伊勢本家にとっては駒であった。もちろん、駒といっても手駒から捨て駒まで多種多様に存在しており、本家との血も濃厚である彼女は大駒と言うべき存在ではあるのだが、替えの利くという意味では彼女は駒であった。当然、駒である以上は、自身の身を護衛する必要も存在するわけで、それなりの術は心得ていた。まあ、そうでなかったとしても現代人の次郎を相手に負けるような室町時代の人物はそういないわけだが。

「しかし次郎よ、お前の服は暖かそうだなあ」

 そして、若干寒さに震えながら支度をする新九郎に対して、次郎はいつもの、元居た頃の服を着ていたわけで、確かに洋服はその起源もあって寒さを逃さない構造をしていたわけで、確かに暖かそうではあった。

「あげませんよ」

 それに対して、何を勘違いしたのか次郎は少し、警戒した。それに対して新九郎は次郎を少し詰り、本音を口にした。

「阿呆、そういう意味ではないわ。……単に、どんな原材料を使っていたのか気になっただけだ」

「原材料って……まあポリ(エステルorエチレン)ではありませんし、単純に綿ですよ」

「めん?」

 綿は、この当時日本に存在しなかった。否、存在自体はしていたが、綿の生産は舶来品に頼っており、新九郎も存在を知らないほどであった。

「まさかと思うが、錦か?」

「にしき?」

「……絹のことだ。いや、いくらなんでもそこらの民が絹を持っているわけがないし……」

 絹というのは、まあ言う必要も薄いが、いわゆるシルクである。もちろん、現代でもある程度は高級品であり、一級品のものは特に高いが、この当時の絹はそれなんてくらべものにならない程度には高級品であった。地方や時代によっては、物品貨幣になるほどであり、もちろん日本でも早急に生産体制を整える指示はあったものの、まだまだ限られた場所でしか生産できていなかった。

「なんのことかはわかりませんが、絹の服ではありませんよ?」

「だろうな、そんなものをほいほい着古せるわけがない。しかし、肌触りとしては麻にしては良いものであるし……、越後上布にしては暖かい……」

 越後上布とは、越後、つまりは新潟で使われる「カラムシ」という種類の植物から作られる服である。麻に似て、暑い時期には重宝するものの、裏を返せば寒い時期には無用の長物であった。もちろん、庶民の場合はその寒さにあまり有効なものではない麻布などであっても、重ね着をして対処をしなければならない程の時代であったわけだが。

「あんまり触らないでください、誤解されますよ」

「おお、すまんすまん。……めん、か。一度、掛け合ってみよう」

「はあ……」

 そして、新九郎と次郎が、傍から見たらイチャイチャしているように見える程度に接近している中、どうやら外出の用意が整ったのか使用人が呼びに来た。新九郎の身分なので、下人ではなく小姓であろうか。

「すまんな、(大道寺)太郎。さて次郎、そろそろ出るが、忘れ物などはないな?」

「はあ、堺ってことは泉州ですよね。まさか歩くつもりですか?」

「当たり前だ、いちいち畿内に馬など使ってられるか。第一お前は乗れないだろうが」

「えっ」

「えっ」

「えっ」

「……お前、いつから馬に乗れるようになった」

「電車がないのは理解してますが……」

 ……明応年間で一番早い乗り物は、当たり前だが馬であった。

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