先祖×山賊×ろくろ首(前)
濡れ女が新九郎を探しているさなか、次郎は未だ名前の出ていないキハチの相棒が提供した隠れ家に潜んでいた。まあ隠れ家っていうか、単なる木陰なのだが、一応退魔術式をかませており、少しくらいならばバレない場所であった。とはいえ、過信は禁物であるし、先程の丸太ほどもある大蛇もとい濡れ女には到底利くとは思えない。そして、次郎は平成令和の現代っ子である。戦国時代ですらないこの修羅場を連続で潜り抜けていたわけだが、完全に怯え切っていた。もはや、堺への遠出の最中であったことなど忘れ切っており、今は最早一刻も早く安全なところへ避難したい、それだけであった。
と、そんな折、木陰の藪から暴れ馬が突っ込んできた!声を出したら退魔術式が無効化してしまうとはいえ、思わず叫んでしまう次郎。そして、暴れ馬には何か人影が乗っていた……。
「わわわっ、そこの人、どいてぇっ!!」
「へっ? ……うわーっ!?」
「はわーっ!」
思わず、次郎はしゃがみ込み、馬は轟音を立てて木陰の根源である樹木をなぎ倒した。その蹄には鉄などは存在しなかったものの、そんな小細工など必要としない程の力強い有様は、天高く響く嘶きと共に次郎の胆を容易く潰した。尿こそ漏らしていなかったものの、完全に腰が抜けていた。
「あたた……、大丈夫!? そこの人!」
「え、ええ、どうにか……」
「ごめんねえ、馬術の練習をしていたんだけど、なんか急に馬が言うこと聞かなくなって……」
どうやら、声の甲高さから女人であろう人物が、馬術の訓練をしていたらしい。おそらく、彼女も姫武将なのだろう。その狩衣には木瓜が丁寧に染め抜かれており、誰がどう考えても武家の者であることを証明していた。
「大丈夫? 立てる?」
「あは、あはは……、ダメみたい」
「あー、そりゃごめん。こらー白雲ー! なんで暴れんのさー!」
白雲というのは馬の名前なのだろう。白雲という名ではあるが青鹿毛であり、何がどう白雲なのかは不明であった。
「さて……、白雲にはあとでお仕置きしておくとして、君、誰?」
「……次郎、太田垣次郎だよ」
「太田垣!? すごいね、僕も太田垣なんだ!」
「えっ」
「僕の名前は太田垣新左衛門。次郎ってことは長門んちの子かな? 何にせよ丁度良かった、ついてきて!」
長門というのは、彼女の祖父母の弟か妹であり、長門守が官途名であることからであったが、当然次郎は彼女と直接の関係はない。おそらく、遠い先祖であろうことは充分に考えられたが、仮にそうであったとしても彼女が子を産まず討ち取られたとして、彼が生まれない、ということは遺伝子の残存率を考えたらそれほど高い可能性とは言い難かった。
「えっ、いや、えーと……」
「? 腰が抜けてるのは時間が経てば治るし、一族の下にいる方が安全でしょ?」
「……実は、ここで待ち合わせをしてて……」
そして、次郎は新九郎との義理を通すことにした。それは、彼なりの性根であり、同時に恩義を感じていたからだろうが、そうではなかったとしても眼前の少女が今まで妙ちきりんな修羅場ばかり潜っていた次郎の猜疑心に引っかかっていたことも、あるにはあった。とはいえ。
「あー、そうなの? じゃあいいや、僕もここで待つ。どうせ白雲の興奮が収まるまでどうしようもないし」
「えっ」
「次郎だっけ? どこではぐれたのか知らないけど、もう大丈夫だよ。長門んちの子じゃなくても、同じ苗字ってことは多分一門衆だもん、それに……」
「それに?」
「君の知り合いなら悪人とは思えないし、会ったところでいきなり斬り合いになることは無いでしょ」
「……いや、確かに悪人ではないけどさあ……」
全く毒気のない笑みを浮かべる新左衛門と名乗る少女に、次郎はさすがに敵対が無意味であると思い直し、かぶりを振って立とうとして……まだ腰が抜けたママなのか、立てなかった。
「ありゃ? ……相当驚いちゃったんだね、折角だし横になる?
膝くらいなら貸すけど……」
「あー……、有難う。折角だし、いいかな」
「うん、どうぞー」
毒気の無い笑みを続ける新左衛門の膝枕に頭を乗せる次郎。余程疲れていたのか、すぐに寝息を立て始める。一方で新左衛門もあくびをし始め、ぼーっと雲を見ていた。
それから、何刻経っただろうか。否、一刻も経っていないのかもしれない。新左衛門も寝息を立てていた現場に明らかに賊で御座い、といった様相の人物が群がり始めていた。
「……おい、いいとこの嬢ちゃんじゃねえか、あれ」
「くくく、如何にも襲って下さいって言ってるようじゃねえか」
「どうします、兄貴」
「周囲に護衛の侍は居なさそうだな……、行くぜ!」
「ウヒョヒョー!」
「おい、起きな」
「はえっ……?」
「おお、起きたか。さて、どう料理してやろうかね……」
「ん? 誰?」
「……怯えないのか? それとも俺達のような人間を見たことすらない深窓の箱入りか」
「……?」
小首をかしげる新左衛門。ひょっとしたら状況を思いつかないのだろうか、或いは本当に賊というものを見たことがないのだろうか、それは定かでは無いが、如何にも賊で御座い、といった人間が四、五人いるにもかかわらず怯えすらしないのは、しかして物知らず・世間知らずなお嬢様、というわけではなかった。と、いうのも……。
「……体、動かしてみな」
「……ん? ひょっとして、縛った?」
「おうとも。暴れられると面倒なことになるんでね。何、この場で楽しんだら商品として価値が下がるんでね、ちょっと身代金と交換するか女郎屋に売り飛ばすかするまでよ」
「……ふぅん……」
「……あー、ひょっとして女郎屋とか知らないのか? ……まあいい、それじゃ運び出すぞ!」
「それじゃ、遠慮は無用、ってことだね」
「あ? ……あ、あぐがっ……」
……新左衛門は、一番近い賊を睨付けるや、恐らく妖術の類いだろう、膝まである綺麗な黒髪ストレートロングを手のように動かすや思い切り賊の首を締め上げた。
「先に害意を持ったのはそっちだからね。遠慮はしないよ」
先程の毒気の欠片もないような笑みを浮かべた娘と同じ人物とは思えないような、嗜虐心にあふれた笑みを浮かべるや、ミシミシと賊の骨がきしむ。恐らく窒息のような時間の掛かる手を使わずとも髪の毛で首の骨を折る氣のようだ。
「あ、兄貴っ!!」
「この野郎、何しやがる!」
縛られたママの新左衛門なら抵抗手段も限られるだろう、そう考え匕首を引き抜く賊の手下。もう一名はどうやら忍者くずれらしく、苦無を投げる構えを見せた。
「……君達じゃ、僕には勝てないよ。兄貴さんの後を追う氣かい?」
既に兄貴と呼ばれた賊の意識は無く、泡を吹いており首があらぬ方向に曲がり始めていた。恐らく彼女が髪を離さなければ、否、離したとしても恐らく死ぬだろう。
「ほざけっ、女狐!」
斬りかかる賊。同時に苦無が2,3発投げられた。
「あーもう乱暴だなあ、兄貴さんに当たっちゃったじゃないか」
と、投げられた苦無の射線上に「兄貴」の体を合わせるや、良くない音を立てて「兄貴」に当たる苦無。そして(「兄貴」にとっては)運悪く襲いかかった手下の刀。既に「兄貴」は死んでいたわけだが、それが外観から判るはずが無く、手下は「兄貴」を自分の手で斬り殺したと悔やんだ。まあ尤も、その生涯は間もなく閉じるのだが……。
「……ひ、ひええ、化け物だ!」
「逃がすと思う?」
「兄貴」の亡骸を乱暴に投げるや手下に当てて打撃と行動阻害を与え、完封勝利を狙う新左衛門、だが、手下の一人が「化け物」と新左衛門をなじった理由は、そこではなかった……。




