撃沈×河童×芥川
「お嬢、大丈夫ですか」
「私は大事ない、それより次郎は」
「あちらです、あいつは冴えない形ですが、腕前はそこいらの剣豪にも引けを取らない程度には強いんでね」
……淀川を船でくだっている最中によりによって船頭から襲撃を受けた新九郎一行は無事、危難を切り抜けたものの川を挟んで離ればなれになってしまった。
いやもちろん、淀川と言っても京洛に近い上流部なので泳げば普通に再会できるわけだし、目視はできているので特に問題らしい問題は無いのだが、問題は今が冬であることだった。
小氷期の冬は、想像よりも寒い。何せ、当時初夏に雪だか雹だかが振るような天候すら記録されていたのである、それは紛れもなく、当時の医療・薬品事情を考えれば自殺行為であった。
曰く、「風邪は万病のもと」。現代でこそ風邪薬は発明されているが、この当時の医学薬学技術と言えば、その辺の雑草と勘違いされるような薬草を煎じて免疫力を高め、或いは病巣や風邪の種類が判っており、高貴な身分の者であれば治癒の方術でなんとかなるかもしれない、という状況である。風邪で命を落とす者も多かった当時、わざわざその危険を冒すような真似をする者は余程の命知らずかただの莫迦、と相場が決まっている。……だというのに。
「平助と申したな」
「はっ、はい。お嬢、まさかとは思いますが……」
「その、まさかだ。おぬし、泳げるな?」
「……本気、ですかい……」
……新九郎は、次郎の近くに戻るために寒中水泳を敢行する氣でいた。それは、勇敢ではなく無謀であった。そして、それは当然制止された。誰が。それは……。
「お嬢、そいつはさすがに無茶ですぜ」
妙な形の男性が、新九郎の無謀を諫めた。新九郎も意見を否定されたからか、あるいはまったく見知らぬ声だったのか、つい不快そうに返事をしてしまった。そして、その声の正体は。
「誰だ」
「おいおい、命の恩人にそりゃないんでは?」
「……そうなのか?」
「船を沈めて船頭から離したのはオイラでさぁ、お嬢」
どうやら、先程船を割って彼女たちを助けたのは彼らしかった。慌てて背筋を糺して、新九郎は非礼を詫び、その存在に質問した。そして、彼は興味深い返答を行った。
「……それは、済まなかった。非礼を詫びよう。……して、その様子ではおぬしが次郎のところまで行ってくれるのか?」
「ええ、オイラは見ての通り河童。川での事象ならば文字通りでさぁ」
「いや、見ての通りと言われてもな……」
「ああ、今は脱いでいるからわからんのも無理はない。世間一般で言われる河童というのは、オイラ達の防乾着のことでしてね」
河童の特徴とは、水かきに頭の皿、そして何より尖ったくちばしである。そのいずれもを、彼は備えていなかった。だからこそ、彼の河童告白を訝しんだのだが、キハチの言い訳にも似た続きに、若干訝し気を解き、頼むことにした。
「……そうなのか。では、よろしく頼む」
「ほいさっさぁ!」
キハチと名乗る河童は川に飛び込むや向こう岸まで向かって次郎と次郎を守る用心棒、すなわち先程船頭から次郎を救いキハチを召喚した者と話し、河童に抱えられて……途中、落下してどこかぶつけたのか意識を失ってぷかぷかと浮いていた、最初にやられた用心棒を拾い、新九郎の下へと戻ってきた。
「はいよ。これで宜しいか、お嬢」
「あ、ああ、有難う。……おぬしも次郎を救ってくれて有難う。この礼は、いずれ必ず」
「何、報酬に上乗せしてくれりゃそれで構いませんよ。……そんなことより、早くこの場を離れましょうや」
そして、いろいろあった河原から離れることを進言する、まだ名前の出てこない河童キハチの相棒。実は彼に払われた報酬は実力に比べ少なかったわけで、当然それには上乗せして然るべき額であった。
「……そうだな。ずぶ濡れで倒れている者もいる、どこかで暖を取らねば拙いか」
そして、それに対して二重の意味で頷く新九郎。ただ、時間が経過したのは彼女たちだけではなかった。
「……あー、お嬢、それに河童とその相棒。……そうも言ってられねえみたいだぜ……」
「ん? どうした平助」
「……あそこ」
と、平助が指さした先には……。
「……おのれ、人間ごときにここまでされるとはな……」
……先程の船頭が、憤怒の表情で立っていた……。




