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令嬢から成り下がったメイドの分際で、侯爵様と目が合ってしまって  作者: 月兎


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 しばらくエルナの視点から離れて――

 場所は、王宮の西側に位置する「静寂のテラス」


 その名の通り、普段は王族や高位貴族が喧騒を逃れて憩う場所である。


 しかし今のそこには、静寂を切り裂くような甲高い声が響き渡っていた。


「あり得ないわ、あんなこと、絶対にあってはならないことよ!」


 イザベラ・クレイソン公爵令嬢は、手にした扇を折れんばかりに握りしめ、取り巻きの令嬢たちを前に憤慨していた。


 ジュエリーショップでの屈辱が、彼女の自尊心を執拗に苛んでいるのだった。


「あのアルフォンス様が、あんな……泥に塗れたメイドの肩を持つなんて。ルミナス家なんて、もうこの国には存在しないも同然ですのに」


「落ち着いて、イザベラ様。侯爵様も、きっと一時的なお戯れをなさっているだけですわよ」


 取り巻きの一人がおずおずとなだめるが、それは火に油を注ぐ結果にしかならなかった。

 イザベラは「お戯れ」という言葉にさらに逆上し、周囲を憚ることなく叫ぶ。


「お戯れなものですか!あの日、お父様がせっかく『軍の補給物資を敵国へ横流しした』という国家反逆罪の完璧な証拠を見つけて差し上げたのに。あの家の紋章が入った書類が書斎から見つかった時点で、エルナも父親と一緒に処刑場へ送られていれば、わたくしがこんな惨めな思いをすることはなかったのよ」


 取り巻きたちが息を呑んだ。

 イザベラが口にした「証拠を見つけて差し上げた」という言葉が、あまりにも室内を不穏に響かせたのである。


 だが、彼女はただ己の憤りを優先させていた。


 そのテラスから一段下がった回廊の影に、一人の騎士が立っていることも知らずに。


 王立第二騎士団副団長の一人、レイ・アヴェンチュラ。


 中性的な少年らしさを残す甘い顔立ちで、一見すると騎士というよりはどこかの貴族の若君のようにも見えるが、その実はアルフォンスが最も信頼を寄せる副官の一人である。


 彼はちょうど、近衛騎士団との合同警備に関する調整を終え、詰め所へ戻る途中だった。


 レイは表情一つ変えず、しかしその切れ長の瞳には、獲物を捉えた鷹のような鋭い光を宿した。


(……軍物資の横流し。公表されていないはずの、押収書類の詳細。それを公爵家が『見つけた』、か。聞き捨てならないな)


 イザベラたちの声が遠ざかるのを待って、レイは音もなくその場を立ち去った。


 その足取りには、先ほどまでの柔らかさは微塵もなかった。




***


「閣下、失礼します」


 数十分後。


 侯爵邸の執務室で書類を精査していたアルフォンスの元に、レイが姿を現した。


「閣下、ただいま戻りました」


「ああ、レイ。どうした?」


「王宮西テラスにて、看過できぬ言葉を耳にしましたのでご報告に上がりました」


 レイの声は、普段の柔和な響きを潜め、軍人らしい凛とした響きを持って執務室に届く。


 アルフォンスはペンを置き、背もたれに身を預けてレイを見据える。


「話せ」


「はい。クレイソン公爵令嬢の件です」


「……クレイソン?」


「はい」

 レイは単刀直入に報告する。

「取り巻きを前にしてエルナ様の父君――ルミナス卿の罪状について言及しておりました。彼女は、軍の補給物資を敵国へ横流ししたという『国家反逆罪』の決定的な証拠、すなわちルミナス家の紋章入りの書類を、公爵家がわざわざ『見つけて差し上げた』と、勝ち誇ったように口にしておりました。それがちょっと胡散臭かったというか……気になりまして」


 執務室の空気が、一瞬で零下まで冷え込んだ。


 アルフォンスの瞳の青色が、もっと濃くなったような気配が漂う。


「……紋章入りの書類、か。そしてそれを公爵家が『見つけた』と」


「左様です。公職にないはずの彼女が、押収された書類の内容や、それが書斎のどこにあったかまでを確信を持って語る姿には、あまりに不自然な『既知』が滲んでおりました。まるで、あらかじめそこにあることを知っていたかのような物言いでしたよ」


 アルフォンスは立ち上がり、窓の外の闇を見つめた。


 (……クレイソン公爵)


 王国内で強大な権力を持ち、軍部にも深く食い込んでいる男。


 もし彼が、お抱えの職人にルミナス家の紋章を偽造させ、偽の証拠を『発見』されるよう仕組んだのだとしたら。


「レイ」


「はい、団長」


「王都中の彫金師と印刷職人を洗い直せ。数年前、公爵家から特殊な注文を受けた者が必ずいるはずだ。それと、当時の家宅捜索に関わった文官たちの身辺調査も徹底しろ。彼らがどこでその『証拠』を見つけたのか、その過程を一つ残らず吐かせろ」


「はい。承知いたしました」


 レイは深く一礼し、音もなく退出していった。




 一人残された執務室で、アルフォンスは静かに目を閉じ、彼女の瞳を思い浮かべた。


 春の芽吹きのような瑞々しさと、守りたくなるような愛らしさ。

 そしてその奥底に、決して消えることのない底知れぬ切なさが混じり合った、あの美しい緑色の瞳。


 その光を二度と絶望に染めさせはしないと、彼は暗闇の中で、深く静かに誓った。

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