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令嬢から成り下がったメイドの分際で、侯爵様と目が合ってしまって  作者: 真好


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 私たちは大通りに面した一軒の高級家具店へと飛び込んだ。


 かつての私なら当たり前のように出入りしていた空間だが、今のメイド服姿では場違いなことこの上ない。

 けれど、懐に忍ばせた大金貨の重みが、私の背中を強引に押し出した。


「エルナ様、これ! あのベッドにすごく合いそうです!」


 クロエが目を輝かせて指差したのは、細工の美しいランプや柔らかな手触りのラグだった。


 値札を見るたびに心臓が跳ね上がるけれど、アルフォンス様の「命令」を思い出し、私は震える手でそれらを選んでいく。


 没落以来、久しく忘れていた「選ぶ喜び」と、それ以上に重い「愛の重圧」に、私は眩暈を覚える思いだった。


 私たちはいくつかのお店を回り、購入した品物は後でまとめて屋敷に届けてもらうよう手配した。


「見てくださいエルナ様!この刺繍入りのクッション、あの大きなベッドに並べたらきっと可愛いですよ!」

とか、

「わあ、この銀のティーセット……。メイドの私たちが使うには贅沢すぎますけど、素敵です!」

とか、

「このアロマキャンドル、いい香り。これがあれば夜もぐっすり眠れそうですね」


 買い込んだのは、手織りの上質なウールラグに、豪奢な刺繍が施されたベルベットのクッション、そして繊細な細工が施された銀の手鏡。

 どれもメイドの部屋には不釣り合いなほど一級品ばかり。


 それでも、金貨を崩した小銭入れはまだずっしりと重い。


「あんなに贅沢な買い物をしたのに、まだ半分も減っていないなんて。大金貨って、怖いですね……」


「そう簡単に使い切れる額じゃないからね。でも、金貨を崩したんだから、アルフォンス様の『追跡魔法』もこれで解けたのかしら」


「そうですかね、ちょっと寂しいですね」


 私たちは顔を見合わせて苦笑いした。


 けれど、残りの大金をどう消費すべきか。

 生活雑貨だけでは限界がある。


 私は少し考えを巡らせてから、思い切って提案した。


「次は、ジュエリーショップに行きましょうか」


「えっ!?宝石店ですか?でも、私たちメイドですし、宝石をつけていく場所なんて……」


「見せびらかすためだけじゃないわ。持っているだけで、眺めているだけで心が温かくなるものよ。自分へのご褒美に、クロエにも何か選んであげたいの」


 半ば強引にクロエを連れ、私たちは一軒の宝飾店へと足を踏み入れた。


 そこは、壁一面にクリスタルのシャンデリアが輝き、ベルベットのクッションの上にルビーやサファイアが星のように並ぶ、息を呑むほど煌びやかな空間だった。


 令嬢時代でさえ、立ち寄ったことのないほどの高級店だ。


 案の定、店員の視線は冷ややかだった。


 メイド服の少女二人が、冷やかしにでも来たと思ったのだろう。


「……エルナ様、やっぱり他のお店にしましょう。私、場違いすぎて……」


「大丈夫よ、クロエ。どこの店だって似たようなものだし、平民の客だって入るわ。堂々としていて」


「でも、泥棒だと思われたりしたら……」


 怯えるクロエの肩を抱き、私は確信を持って告げた。


「これはご主人様から頂いた正当なお金よ。私たちは立派な顧客だわ。ここで萎縮してしまう方が、アルフォンス様の名に泥を塗ることになってしまう。誇りを持ちなさい」


 そう口にした瞬間、自分の中に眠っていた「何か」が目を覚ますのを感じた。


 かつて公爵令嬢として、世界の中心にいた頃の自尊心。

 磨き抜かれた美しさに囲まれることで、一時的に封印されていた「エルナ・セレスティア・ルミナス」としての余裕が、今の私を支えてくれている。


 背筋を伸ばし、陳列棚を眺め始めたその時だった。

 カラン、とドアのベルが鳴り、新しい客が入ってくる気配がした。


 店内に私以外の客がいなかったせいか、自然とそちらに意識が向く。


 何の気なしに視線を移した瞬間、私の心臓が、石でも流し込まれたかのように重く沈んだ。


 入ってきたのは、かつて私が奴隷のように働かされていた伯爵家の令嬢、レノア。


 そして。

 舞踏会の夜、私を嘲笑い、その手で私の頬を打ち抜いた――


 イザベラだった。

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