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「アルフォンス様だ……」
「見て、王立第二騎士団の団長よ!」
「なんてお美しい……」
「……副団長もいる!」
などなどと。
老若男女を問わず、彼の姿を認めた人々が釘付けになり、次々とその名を囁き始める。
その波は急速に広がり、気づけば私たちの周りには黒山の人だかりができつつあった。
流石のエドガー卿と口論していたアルフォンス様も、この異様な熱気に気づかざるを得なくなる。
「……え、なに、これ……」
露骨に困惑し、不機嫌そうな顔を隠そうともしないアルフォンス様に、エドガー卿が「この人は本当に……」と言わんばかりの呆れ顔で応じる。
「何って、団長のせいですよ」
「え? なぜだ。私が―ストーキング以外に―何か不審なことでもしたか?」
「わざとなのですか、閣下……」
エドガー卿は天を仰ぎ、諭すように言った。
「貴方は有名人なのです。街中で堂々と歩けば、スターを見つけた大衆が押し寄せてくるのは自明の理でしょう」
「え? ……ええ? なぜだ?」
アルフォンス様はエドガー卿だけでなく、私やクロエにまで助けを求めるような視線を送った。
冗談ではなく、彼は本当に、この状況が理解できないといった様子だった。
まさかとは思ったが、私は恐る恐る尋ねてみる。
「アルフォンス様、もしかして……。ご自身がこれほどまでに有名だという自覚が、なかったのですか?」
「知らないよ、そんなの!」
本気で驚愕している彼の姿に、エドガー卿は三度目の溜息を吐く。
「これだからワーカホリックは……」
彼は独り言のように毒づきながら、分析するように言葉を添えた。
「まあ、結果的に巡察をして正解でしたね。閣下が世間からどのような目で見られているのか、身を以て知る良い機会になったのですから」
つまり、彼はあまりにも仕事に没頭しすぎたのだ。
近年の国境付近での局地戦や多忙な公務にかまけ、民間での自分の評判や認知度に対し、致命的なまでに無頓着になっていたらしい。
「副官として反省します……」と呟くエドガー卿の言葉が、妙に哀れな気がしてならない。
「え、でも私、別に『私がベルンハルトです』なんて名乗って歩いてないよ? 皆さん、どうして私の顔を知っているんだい?」
本気で首を傾げる主人に、エドガー卿の鋭い突っ込みが飛ぶ。
「何度も凱旋パレードをしたでしょうが! 閣下はずっとオープン馬車の上で、民衆の歓声も聞かずにうとうとしていたから気づかなかったのかもしれませんがね。おまけに、巷の絵描きたちがこぞって貴方の似顔絵を売り捌いているんですよ。今やこの国で貴方の顔を知らないのは、生まれたての赤ん坊か、貴方本人くらいなものです」
「へえ……」
自分を取り囲む群衆を、まるで珍しい生き物でも見るかのように不思議そうに眺めるアルフォンス様。
「俺、そんなに有名だったのか……」
彼はしばらく驚いていたようだったが、すぐにいつもの穏やかな表情に戻ると、隣にいる私をちらりと盗み見た。
「なんだか……少し、恥ずかしいね」
そう言って、彼はいたずらっぽく、どこかあどけない少年のような笑顔を私に向けた。
その瞬間、周囲で見守っていた群衆――特に女性陣の視線の温度が、一気に、そして劇的に変化したのがわかった。
(……やばい)
注がれる視線はもはや羨望ではなく、突き刺すような「詮索」と「嫉妬」に変わっている。
このままでは、アルフォンス様が去った後に私が生きたまま皮を剥がされるのではないかという、漠然とした、けれど確信に近い恐怖が背筋を走る。
私の表情が急激に強張ったのを察したのか、アルフォンス様は少し申し訳なさそうに周囲を見渡して言った。
「このままだと、君たちがゆっくり買い物もできないね。一度、僕たちはここを離れることにしよう」
ちょうど、建前上は「巡察」の最中だ。
エドガー卿の説明によれば、都の各所に設けられた警備詰所を回り、点検のチェックリストに記入するようなルーティン作業があるらしい。
「じゃあ、いったんここで別れることにしようか。僕たちも仕事を片付けてくるよ」
「……あ、あの、後で合流するおつもりですか?」
私が尋ねると、アルフォンス様は当然のように答えた。
「ああ。一時間後、中央広場の大きな噴水の前で待ち合わせよう。いいかい?」
「はい、承知いたしました。……でも、わざわざ合流しなくても、私たちは買い物を終えたら自分たちで屋敷に戻れますが……」
すると、アルフォンス様は少しだけ真剣な目をして私を見つめた。
「さっきのようなことがあったばかりだ。君たちが大量の荷物を抱えて歩くのは危ないし、何より運び屋を雇うにしても、怪しい連中に目をつけられないよう確認しておきたい」
「……分かりました。ありがとうございます。では、一時間後に」
こうして私たちは、熱狂的な群衆を連れて去っていくアルフォンス様とエドガー卿を見送り、ようやく「本来の目的」であるショッピングを再開することになった。




