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アルフォンス様までが率先して袖を捲り、手伝い始めた。
私とクロエも加わり、計六人がかりでの作業。
騎士たちの手際は、驚異的という他なかった。
剣を振るうための洗練された身のこなしは、こうした細かな作業にも活かされるのだろう。
寸分の狂いもなく部材が組み合わされ、作業は瞬く間に完了した。
古びてマットの中央が沈み込んでいた以前のベッドは運び出され、代わって部屋の一角には、豪奢なキングサイズベッドが堂々と鎮座した。
磨き上げられた最高級のマホガニーのフレームには繊細な彫刻が施され、積み上げられた寝具は、指が埋もれるほど柔らかなシルクと最高級の羽毛で満ちている。
一同でその完成品を眺めた。
狭いメイドの私室には、あまりにも不釣り合いな光景だった。
アルフォンス様が、皆の気持ちを代弁するように呟いた。
「……ひどく、不釣り合いだね」
「い、いえ! 決してそのようなことはありません。本当に、夢のようなベッドです」
私は慌てて否定したが、確かに彼の言う通りだった。
このベッドは、王族の寝室にあっても遜色ないほど素晴らしい。けれど、それを迎え入れたこの部屋は、質素な平民の、水ぼらしいとさえ言えるメイドの居室なのだ。
レイが部屋を見渡し、肩をすくめて言う。
「いささか、部屋が簡素に過ぎるというか……このベッドだけが異世界から紛れ込んだようですね」
アルフォンス様もしばらく考え込むように沈黙していたが、やがて、何かを閃いたような顔で私を振り返る。
「では、このベッドに似合うよう、他の家具もすべて買い替えればいいだけのことだな」
すると、アルフォンス様は迷いのない動作で懐から革の財布を取り出した。
中から現れたのは、燦然と輝く数枚の大金貨。
一介の使用人が一生かけて手にするかどうかという大金を、彼は惜しげもなく差し出してくる。
「このくらいあれば、あのベッドに似合う家具を揃えられるはずだ。さあ、受け取って。これで必要なものを買い替えてくるといい」
あまりに唐突な提案に、私は目を丸くした。
「お、お気持ちは大変ありがたいのですが、今は勤務時間中ですし、勝手に屋敷を離れるわけには……」
「主である私が許可を出しているんだ。何の問題もないよ。ロゼッタには私から伝えておく」
彼の言葉は絶対だった。
断る余地など最初から用意されていない。
私は戸惑いながらも、その重みのある金貨を受け取らざるを得なかった。
ふと隣を見ると、クロエが不安げな表情で私の袖を引いた。
彼女は私にだけ聞こえるような小さな囁き声で、けれど切実な面持ちで尋ねてきた。
「エルナ様……新しい家具を買うということは、今まで大事にしてきたぬいぐるみや小物は、捨てなければいけないのでしょうか」
無理もない。彼女にとって、この狭い部屋にあるささやかな品々は、厳しい生活の中で心の支えとなってきた大切な宝物なのだ。
しかし聞こえてしまったのか、アルフォンス様は柔らかな笑みを浮かべ、彼女の不安を霧散させるように答えた。
「もちろん、そんな必要はないよ、クロエ。これは強制的な命令ではなく、あくまで二人がこの部屋でより心地よく過ごすための提案だ。古いものを捨てろなんて言わない。今の思い出に、新しい彩りを添えてほしいだけなんだから。自由に、好きなものを選んでおいで」
その言葉に、クロエの表情は一気に綻んだ。
「よかった……! ありがとうございます、侯爵様!」
「ロゼッタや母上には私から話を通しておく。今すぐ出発するといい。昼食も外で済ませてくればいいから」
そこでアルフォンス様は、名案を思いついたとばかりに目を輝かせた。
「いっそ、私も付き添いをしようか?」
「はい……っ!?」
私とクロエの声が重なった。
さすがに公爵邸の主がメイドの買い物に同行するなど、醜聞どころの話ではない。
横で聞いていたレイが、たまらず苦笑いしながら口を挟んだ。
「それはさすがにいただけませんね。閣下、それ以上仕事をサボったら、今度こそエドガーさんに絞られますよ」
「エドガー……」
聞き覚えのある名に、私はふと疑問を口にした。
「そういえば、レイ様は副団長だと仰いましたよね。エドガー卿も確か、副団長ではなかったでしょうか」
「ああ、そうだよ」
レイが頷く。
「王立第二騎士団には二人の副団長がいるんだ。あちらの堅物――エドガー殿が第一副団長。のんびり屋の僕が第二副団長というわけさ。彼は今、僕の分まで溜まった公務を片付けていてここには来られなかったけれど、エルナ嬢とは既に面識があるんだろう?」
「……ええ。舞踏会で」
記憶が蘇る。
あの夜、暴走するアルフォンス様を必死に止めようとし、冷徹なまでに私を彼から遠ざけようとした、あの理性の塊のような男。
本来なら、彼の判断こそが正しいはずだったのに。
今、こうして私は彼の懸念をすべて踏みにじるような状況に置かれている。
「エドガーか……」
アルフォンス様が、露骨に興を削がれたような顔をした。
「彼は怒らせると本当に怖いからね。……仕方ない、今日は諦めるよ」
観念したように彼は肩をすくめると、私たちに別れを告げた。
「では、私たちはこれで失礼する。存分に買い物を楽しんでくるといい」
「何から何まで……本当に、ありがとうございます」
アルフォンス様と騎士たちが去った後の部屋には、嵐の後のような静けさと、豪華すぎるベッドだけが残されていた。
組み立ての際に出た木屑や埃をクロエと二人で手早く掃除し、私たちは身なりを整えた。
ロゼッタ様には既にアルフォンス様からの伝言が届いていたようで、私たちは何のお咎めもなく、真昼の王都へと繰り出す許可を得ることができた。
買い物のための外出。
それは、没落以来、初めての自由行動でもあった。
「さあ、行こう?」
「はい、エルナ様!」
何だかワクワクする気持ちと共に、私とクロエは街に繰り出した。




