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メイド寮という禁域に、主が夜な夜な直々に足を運ぶ。
その破天荒な振る舞いは、彼の熱烈な崇拝者である彼女たちにとって、私を「呪うべき恋敵」ではなく、「尊きお方を引き寄せる御神体」へと変えてしまったのだった。
私がここにいる限り、あのアルフォンス様がすぐそばまでやってくる。
彼女たちにとって、私は幸運を運ぶ青い鳥のような存在になっていた。
その影響は、日々の業務にも如実に現れていた。
朝礼で一日の仕事が割り振られる際、他のメイドたちはこぞって私と同じ班になりたがった。
私と親しくなれば、夜、閣下が訪れるタイミングで部屋に居合わせる正当な理由ができるかもしれない――そんな期待が彼女たちを突き動かしている。
ここの仕事にまだ不慣れな私は大抵クロエと組まされるが、それ以外のメイドと作業を共にする際、彼女たちは過剰なほど私を助けようとする。
「いいのよエルナ、それは私がやっておくわ。やり方を教えるから、あなたは隣で見ていて」
「そんな重いものを持ったらダメよ! 私が運ぶから、あなたはそっちの軽い方を拭いてちょうだい」
「疲れてない? 何かあったらすぐに言ってね。私が代わってあげるから」
それは純粋な親切心というより、いわば「推し」を呼び寄せる依代への献身に近い。
正直なところ、私は困り果てていた。
新参者である私こそが誰よりも泥にまみれて働き、一刻も早く仕事を覚えるべき立場にある。
厳しく指導され、一人前のメイドとして自立しなければならないというのに、周囲の過保護な態度のせいで、手には水一滴、埃ひとつ付けさせてもらえない。
もちろん、彼女たちの厚意はありがたい。
けれど、これは私にとって「有難迷惑」以外の何物でもなかった。
皆が私を特別扱いすればするほど、現場を仕切るロゼッタ様や、そして何よりアルフォンス様の母君であるグレース様の耳に、その噂が届かないはずがない。
このままでは、また「悪目立ち」をしてしまう。
主の寵愛を盾に仕事を怠けている、あるいは周囲を懐柔していると。そんな風に誤解されるのは、今の私にとって最も避けたい事態だった。
もちろん、主家の女主人がこうした事態を看過するはずもなく。
朝礼の場では、グレース様から全メイドに向けて、厳しい釘が刺された。
「最近、一部の者の間で、特定の新人使用人に対して過度な便宜を図る動きがあるようだけれど、そのような行為は一切厳禁とします。彼女はあくまで一介のメイド。仕事を肩代わりしたり、不必要な面倒を見たりすることは、彼女の成長を阻害するだけでなく、我がベルンハルト家の規律を根底から揺るがす恥ずべき行いです。自律しなさい」
「「は、はい……」」
あんまり力のない返事がかえってくるだけで。
「声が小さい!」
「「はい!」」
とにかくくどくどと続く説教に、メイドたちは神妙な顔をしていたものの……。
喉元を過ぎれば熱さを忘れるのが世の常。
女主人の目が届かない陰では、相変わらず私に対する有難迷惑行為が密かに続けられていたのだった。
そんなある日の午後のことだった。
庭でせっせと土いじりをしていた私の元に、一人のメイドが息を切らして駆け寄ってきた。
「エルナ! アルフォンス様がお呼びよ!」
「えっ、今ですか?」
「ええ! しかも、王立第二騎士団の部下の方々まで連れていらしてるわ。クロエも一緒にと仰っているから、急いで!」
騎士団の部下まで?
嫌な予感が背筋を走った。
もしや、何か重大な不祥事でも発覚したのではないか。
あるいは、私の身柄について王室から何らかの沙汰があったのだろうか。
不穏な想像に胸を騒がせながら、私はクロエと共に寮へと向かった。
寮の前に着くと、そこには全く予想外の光景が広がっていた。
アルフォンス様と共に立っていたのは、屈強ながらも洗練された佇まいの四人の男たち。
戦場へ向かう鎧姿ではなく、非戦闘時用の、意匠の凝らされた美しい制服に身を包んでいる。
誰もが驚くほどの美丈夫で、まるで顔立ちで選抜されたのではないかと疑いたくなるような華麗な一団だった。
「あ、エルナ。来てくれたか」
そしてその中でも一番輝かしいアルフォンス様が、眩いばかりの笑顔で、私を迎えてくれるのだった。




