"Life is beautiful."
聖堂が焼け落ちていく
『暴君』たる教皇の無様な最後が口伝えに広まるにつれ、集結した騎士や市民は安堵や喝采に包まれて居った
今や暴君の居城はこの世に存在しない
聖堂は戦闘のさなかに破壊し尽くされ、僅かに残った柱の残骸と残り火だけが、物言わぬ礫死体の様にそこに存在して居る
「勝利の立役者を称えさせてくれ」
僕は少年騎士の隣の瓦礫に腰掛けると、鎧を脱いで座っている彼の汗ばんだ肩に手のひらを乗せる
少年は疲労を隠せないまま、剣を杖にしてようやく倒れずに居るような有様だったが、僕が触れると、子犬の様な喜び方で弾かれた様にこっちを視て「ありがとうございます」と答えた
「すまない、二人で話させてくれるかな?」
視線と身振りで詫びながら、騎士達を人払いした
彼らは「英雄同士語りたい事があるのですね」と素直にそれを許し、その場を後にし始める
そうして聖堂の焼け落ちた柱の下、居るのは少年と僕の二人だけとなった
「教皇さまが」
二人きりになると、少年は俯いて寂しげな様子を視せた
「最後まで罪をお認めにならなかった事、ぼくは辛かったです」
「あれだけの動かぬ証拠が有りながら………」
少年騎士の瞳が潤んでいる
彼は教皇を信じて居たのだろう
教皇を
──そして人間の、社会の善性を
僕が何も言わず彼の頭を撫でると、少年は僕の胸に顔を埋め、小さく声を上げて泣き始めた
腕の間で、良い匂いの子供が警戒もせずに僕に抱かれて居る
滅茶苦茶にしてやりたい衝動が有ったが、まだ早かった
「君は」
僕は少年の髪を優しく玩びながら続けた
「教皇を討ち取ったとき、どう思った」
「………」
「無念でした」
「はじめに強い失望、そして……」
「正義が為された事を感じました」
答えた少年の声色は、まだ声変わりもして居ないにも関わらず騎士のそれだった
僕は聖堂の残骸を視た
つられて、少年も積み重なった瓦礫に視線を向ける
そろそろ話すべきだと感じ、僕は切り出した
「例えば」
「この破壊と殺人が総て濡れ衣や誤解によって発生して居たら、君はどうする?」
少年が僕を視た
表情に戸惑い、そして視開かれた眼が僕に向けられる
疑問を問うために
「えっ……」
話したい言葉は多かったのかも知れないが、少年はそう口にするのがせいぜいだった
「物語の悪者みたいに、簡単には人々は騙せなかったよ」
「だからさ」
僕は少年を倒れた柱の上に横たえると、そこに自らの躰を重ねた
「僕は物語の悪者みたいに、人間を嘲笑いまではしないんだ」
婦人に寝所で行うような熱を持った所作で、少年に口付ける
彼はようやく僕が『悪者』だと気付いたのか、少しの間呆然とすると、激しく暴れて抵抗し始めた
もう鎧も着ていないし、微力な抵抗だ
僕が上になっている事もあり、まるで少年の攻撃は可愛いものだった
騒ぎを聞きつけ、騎士達が集まり始める
少年は全身で暴れながら僕の『罪』を糾弾し、騎士達に助けを求めた
聖堂を灼く炎が一瞬だけ強く燃えたかと思った刹那、騎士達の姿は、神の名を穢すように捻じれた夜の怪物達のものに変わった
躰の下で必死に抵抗していた小さな腕が、力無く下がっていく
少年は、僕に両の手首を捕まれて取り押さえられながら、意思の読み取れない顔をして涙を流して居た
僕は『同胞』を視た
「よし、みんな……」
「勝利を祝う晩餐は、この聖なる少年の肉にしようじゃないか!」
つまらない事に、少年はもう何をしても一切の反応を視せなかった
「どうしたの?」
「君が作った景色だよ、一緒に祝おうよ」
僕は少年騎士の頭を片手で掴むと、彼に焼け跡を視せた
折り重なって丸焦げになった、服すら纏って居ない修道女たちの死骸
視る影も無く砕け、踏みしめられたステンドグラスや調度品たち
打たれ過ぎて元がどんな形だったかも解らない、剣を手にした聖堂騎士たちの肉片の残骸
不意に、少年が叫び声を上げ始めた
夜明けまでは長い
僕は悲鳴の奏でる音に、眼を閉じて耳を澄ました




