住処の決定
カンッ、カンッというような音がかすかに耳に届いていたが、もう少し微睡でいたくて気づかないふりをしていた。しかし遠くから鳴る音がだんだんと近くに聞こえてきた事で、目覚めを確信し仕方なく重たい瞼をこじ開けた。
今日はマットレス硬く感じるなぁ。
そんな事を思いながら、目の前に現れた知らない景色に一度飛び起きたが、自分の身に起きたことを思い出し、再度ベッドに沈み込んだ。
そうだった、あの変な神様に異世界に飛ばされたんだった。
歩いていた間、痛みと疲れに現実だと思い知らされていたからか、覚えのない状況に今度は驚きも少なかった。室内であることが、不安な気持ちをいくらか抑えているのかもしれない。
でも、ここどこだろ? それにくろこさんがいない。ずっとくっ付いてるもんだと思ってたのに・・・。
短い間だが今まで一緒だった人が、急にいなくなり心持ち寂しさを感じた。
「ゔっ!」
とりあえずベッドからでようと動いたら、突然の痛みと身体の重さに声が出た。
足全体がとても痛い、筋肉痛だけでなくケガをしていたようで、右足首から足の裏を覆うように包帯で巻かれていて、さらに着ている服も違うものに変わっていた。
「いたたたたっ! ここまでの筋肉痛は中学の部活以来だわ。」
覚悟を決めて痛みに耐えながらゆっくりと足を動かし、一つしかない扉を開いた。
「あら、よかったやっと起きたのね。おはよう」
足音が聞こえたのか奥から女の人が顔を出し近づいてきた。
30代後半くらいだろうか、優しげで美人と言われるだろう顔立ちに、着古したワンピースを着ていた。
「えっ?あっ、おはようございます。」
「全然目を覚まさないから心配していたのよ。」
「あの、私はいったい?」
「昨日の夕暮れ時に、門番のガズールが慌ててあなたを抱えてきたのよ。全身汚れて、足から血も流しているのを見てとても驚いた。他にもケガをしていないか確認させてもらう時、着ていた服はボロボロになっていたから、私が着替えさせてもらったわ。」
まぁ葉っぱ巻いただけのこの足でよく歩いてたよ。はぁー、あの部屋着気に入ってたのになぁ。
あれからヘトヘトになりながらも足を動かし続けたおかげで、空が赤く染まらないうちに町の入り口にたどり着いた。門の近くにいた自分以外の人間の存在を見つけたことに嬉しさを感じ、駆け寄ろうとした所で意識が途切れたのだった。
「そうですか、すみません。助けていただきありがとうございました。服まで貸していただいて。」
「いいのよ、服もここにあったものだし。とりあえずこちらに座りましょう。」
「はい、すみません。 えっと、ここはどちらですか?」
「ここは町の端にある孤児院よ。」
「町の孤児院・・・?」
「そうよ。 聞いたところによると、あなたは森のある西の門に現れたらしいけど、どうやって?ご家族がこちらに?」
うまく答えられずに、困った顔をしていると訳アリだと思ったのかそれ以上追及はされなかった。
「ごめんなさい、この町に人が来るのは珍しいことだったからつい。もし行くあてがないなら、ここの孤児院で生活したらどう?」
「えっと、私はとてもありがたいですが・・・」
「あら、どうかした?」
「いえ、町の人間ではないですし、反対される方はいないですか?」
「当り前じゃない。ここは様々な理由でご家族がいなかったり、大変な思いをしていたりする子の為にあるのだから。」
子って、そんな年じゃないんだけど・・・。
「それに、一組の兄弟が暮らしているのだけど、院長だった方が2か月前に亡くなってしまって、今は町のみんなに手伝ってもらいながら私が代理をしているの。だからあなたにも私のお手伝いをしてくれると助かるわ。」
「そうなんですか。 もちろん出来る事はするつもりです。」
何もせずにいるほど図々しくない。お金がない分働かせてもらえたほうが気持ち的に楽だった。
「そういえばまだ名前を聞いてなかった、私はベルティーナよ。あなたのお名前は?」
「あっ、私は大向千秋と言います。」
「おお・・・ち・・?」
言いづらいのかな?
「あっ、ちあきです。」
「そう、チアキね」
なんとなく発音が違って聞こえるのは気のせいではないはず。
それと昔の日本もそうだったように、この世界では家名というのはないのかもしれない。
グゥ~~~~
「あっ、すみません。」
ベルティーナさんと話をしていると、穏やかな雰囲気のおかげでいつのまにか気持ちが落ち着いたのか、盛大にお腹がなった。
「ふふっ、半日以上眠っていたんだものお腹がすくはずよ。ちょうどお昼にしようと思っていた所だったの。二人と顔合わられるしこちらに来て一緒に食べましょう。」
「さぁ、いただきましょう。」
先ほど言っていた兄弟だろう二人も席に座っていて、ベルティーナさんの合図で食べ始めた。
「いただきます。」
そう小さな声で呟き、私も木で出来たスプーンを手に取った。
野菜を煮込んだスープに硬いパンが昼食だった。日本での昼食と比べたらとても違うが、昨日の状況から食事ができるだけありがたくて気にもならなかった。
薄味だったが一日ぶりの食事である自分にとっては食べやすく、他の人と同じようにパンも浸しながら食べればおいしくいただけた。
「さて、ご飯も終わったところで、互いを紹介しましょう。こちら新しく孤児院で生活することになったチアキよ。そして、向かいに座っているのが13才のフルータス、その隣がフルータスの妹でマリエッタ6才、三人とも仲良くしてくださいね。」
フルータスは短髪で体格が良く、凛々しい顔立ちで少し神経質そうに感じる。それにくらべて妹のマリエッタは、腕まで伸びた癖のある髪をそのままに、明るく子供ながらの愛らしい顔つきをしていた。この町は栗色の髪が普通なのか三人とも同じ色をしている。
「初めましてこんにちは、千秋です。これからよろしくお願いします。」
「どうも」
「あたし、マリエッタ!よろしくね。」
「あっ、うん。よろしく。」
兄は不愛想、妹はニコニコしていて、二人の差にドギマギしてしまい。話しかけてくれたマリエッタにどうにか返事をした。
「じゃあ、俺は出かけてくるので」
そう言いながら、立ち上がり部屋を出て行った。
「あたしも行くー」
妹もくるくるとした髪を揺らしながらフルータスの後を追っていってしまった。
えっ?会話する気ゼロですか? もしかして拒絶された感じ?
たしかに急に仲良くなんて無理だろうけど・・・。
思わず入り口を凝視していると、
「気にしないで大丈夫よ。今日は大事な約束をしていたみたいで、朝からそわそわしていたから。別にチアキが悪いわけじゃないのよ。」
「あっ、いえ。しかたないです突然の事で普通戸惑うでしょうし、もともとの予定を優先するのは当たり前です。ただ嫌われて無ければいいのですが・・・。」
ベルティーナさんは困った顔をしながら、あの二人の事を少し教えてくれた。
「実はね、この町も住人が減って、少し前まで誰もいなくなり必要なくなった孤児院は封鎖されていたのよ。けれど3年前に両親を事故で亡くしたあの二人のために、もう一度開けることになったの。」
平和な町なのか、それほど子供がいないのかな?
封鎖されてたくらいなのだから、あの二人はこの町で珍しい状態なんだろう。
「保護者代わりに居てくださった前院長が亡くなった時、私のところに来ないか話をしたのだけど、フルータスから断られてしまって。まじめな子だから迷惑をかけたくない気持ちと、妹の面倒を見るのは自分だという思いがあるみたいで。」
「そう、だったんですね。」
これまでの人生でこういう場所に縁もなかった為、うまい言葉がでてこない。
ベルティーナさんもとても心配しているようだ。
「ごめんなさい、突然こんな話されても困るわよね。ただ悪い子たちじゃないのを知ってほしくて、これから一緒に暮らしていくわけだし。それにね、あなたが運ばれた時二人とも一緒にいたのだけど、とても心配した顔をしていたから、まだどうしていいかわからないだけだと思うわ。」
「いえ、話していただいてありがとうございます。」
先ほどのフルータスの態度を思い出し、何と言ったらいいのかわからずたいした返事もできなかった。
どうしていいかわからないのは、いろんな意味で私の方なんだけど・・・。
「まぁ、チアキならすぐに打ち解けて、仲良くなっていくわよ。」
どこからくる自身なのかわからないが、とてもいい笑顔でそういわれた。
「そうですかね・・・?」
「とりあえず、今はケガを治すためにゆっくりしていて。私は毎日お昼前には来ているから、何か困った事があったらいつでも言っていいからね。部屋はさっきいた所を使ってちょうだい。元気になったらたくさん働いてもらうわ。」
「はい、ありがとうございます。」
ベルティーナさんがそういって席を立った為、私も部屋に戻ろうと、忘れかけていた痛みに耐えながらよろよろと歩き出した。
動かすのが億劫になる自分の身体に、もう一度ベッドに横になってゴロゴロしながら今後を考えようとしているうちに、いつのまにか眠りについてしまっていた。
お読みいただきありがとうございます。
のろのろ投稿で申し訳ありません。