第16話 美久への想いと時空の扉
転生から1週間後 ニャンコタウンを見下ろす丘
一週間の町での生活を振り返りながら、ユイは一人で丘に上がっていた。
手には、タマジイから託された『三界概論』の本を抱えている。この一週間で学んだことは、人間として生きた16年間より濃密だった。
眼下に広がるニャンコタウンの朝の風景。住民たちが活動を始め、平和な一日が始まろうとしている。煙突から立ち上る煙、道を行き交う猫たち、子猫たちの遊ぶ声。
(この町にいると、とても幸せ)
ユイは素直にそう思った。
人間だった時には経験できなかった、温かい人間関係。いや、猫関係。
自分の能力で誰かを幸せにできる喜び。
毎日が充実していて、新しい発見がある。
(でも...)
心の奥底で、まだ諦めきれない想いがあった。
(美久さんに会いたい)
あの優しい笑顔、温かい声、そして隠された秘密。
猫カフェで過ごした短い時間が、ユイの心に深く刻まれている。
(美久さんは今、何をしているんだろう)
(私がいなくなって、心配してくれているかな)
(それとも、もう忘れてしまったかな)
風が吹いて、ユイの黒い毛を撫でていく。朝の冷たい風が、感傷的な気分を運んでくる。
(でも、今の私なら...)
ユイは『三界概論』を見つめた。
(この本の知識と、私の翻訳能力があれば)
(美久さんと一緒に、三つの世界を繋げるかもしれない)
(そして、コレクターの脅威から世界を守れるかもしれない)
その時、トラが丘を登ってきた。
「ユイちゃん、一人で何してるの?」
「トラくん...」
「元気ないね。どうしたの?」
ユイは迷った。正直に話すべきか、それとも...。でも、トラは最初から優しくしてくれた恩人だ。隠し事はしたくない。
「実は...」
ユイは決心して、美久のことを話した。憧れのブロガーだったこと、祢古町を探して事故にあったこと、そして今でも会いたいと思っていること。
そして、タマジイから聞いた三つの世界の話、コレクターの脅威も。
トラは静かに聞いてくれた。
「そうか...君には、大切な人がいるんだね」
「でも、この町を出るのは寂しいです」
「みんなとお別れするのは辛い」
「でも、美久さんに会って、三つの世界のことを伝えなければ...」
「そして、コレクターの脅威も...」
トラが優しく微笑んだ。
「ユイちゃん、君はとても素直な子だね」
「自分の気持ちに正直なのは、素晴らしいことだよ」
「本当に?」
「うん。大切な人を想う気持ちは、絶対に間違いじゃない」
「それに、君なら三つの世界を繋ぐことができるかもしれない」
「コレクターの脅威からも、みんなを守れるかもしれない」
トラが空を見上げた。
「実は、時空の扉が現れる条件があるんだ」
「条件?」
「強い想いと、純粋な心」
「そして、世界を繋ぐという明確な使命」
「君は全て持っている」
その瞬間、丘の向こうから淡い光が立ち上った。
「あれは...」
「時空の扉だ」
トラが興奮して言った。
「君の想いと使命に応えて、扉が現れた」
光る扉がゆっくりと実体化していく。金色の光が渦を巻き、空間が歪んでいく。
「でも、一度通ったら...」
「大丈夫」
トラが断言した。
「君のような特別な子なら、きっとまた戻ってこれる」
「そして、その時は美久さんも一緒に連れてきてくれ」
「三つの世界を繋ぐ架け橋として」
ユイの目に涙が浮かんだ。
「トラくん...ありがとう」
「それと、これを持っていって」
トラが小さな鈴を差し出した。銀色に輝く、美しい鈴。
「これは、ニャンコタウンとの絆の証。いつでも、君を導いてくれる」
「そして、危険が迫った時は、この鈴が鳴って知らせてくれる」