【3】
スフォート鍛工房――スラムにある、鉄と油にまみれた職人の砦。
表看板には修理受付中とぶっきらぼうな札がぶら下がっており、入り口には、溶接の火花と金属の焼ける臭いが漂っていた。
ウィルが扉を押し開けると、奥から何かが飛んでくる気配がした。
「危ねっ」
飛んできたのはスパナ。
ウィルは身を屈め、後頭部すれすれを金属が通過したのをやり過ごす。
「またケンカして逃げてきたのかぁ?ここはガキンチョ避難所じゃねーんだよォ!!」
「モノ投げんな!これが普通に客だったらどうするつもりだったんだよ!」
ウィルはどこかにいる工房の主に向かって叫んだ。
「お前だからぶん投げたんだよ!文句あるかァ!?」
スパナの持ち主――ツキハ・スフォートが、作業台から顔を出した。
褐色の肌に火花を浴びた前掛け、肩に油の染みたタオル。
長く結んだ赤茶の髪を振り回すようにして、彼女はウィルを睨みつける。
ウィルは苦笑のようなものを浮かべて言った。
「……相変わらず火薬よりも火がつきやすいな、ツキハ」
「何か言ったか?アタシの可憐さを否定したかぁぁ!?」
「いや、肯定だよ。火薬より可憐って意味で」
「そうかそうか!で、その服の血は何だ?」
――こんなやり取りは、十年前から変わらない。
ツキハは、ウィルにとって唯一怒ってくれる他人だった。友人と言っても過言ではない。
二歳しか年が違わないと言うのに、姉御肌な性格からすごく年上……大人とさえ勘違いする。
だが今日は、冗談だけでは終わらない。
「……今回は避難しにきたんじゃなくて頼みに来た。作ってほしい物がある」
ウィルはそう言うと、背中の革袋をカウンターの上に置いた。
中には、札束と大量の硬貨がぎっしりと詰められている。
ツキハの手が止まる。
「……は?」
しばらくの沈黙の後、彼女は袋の中を覗き込んだ。
札の匂い、重さ、数。明らかに子どもの持つ金じゃない。
バンッ!!!
「……っぶねぇなあ!」
飛び出してきたのは鉄パイプ。
ウィルは瞬時に体をひねり、壁ギリギリでそれを回避。
「お前、これ……どこから出した!?盗ったとか言ってみろ、今すぐ工房で火葬してやる!!」
「家のもん、全部売った。必要ないものだから」
ウィルは短く答え、カウンターの上に紙を一枚滑らせた。
それは、依頼書だった。
注文内容
・スピアブレードバタフライナイフ
全長24cm/刃長9cm/特殊鉱石鋳造/耐錆・高耐久仕様
・トリガーグレネード(接触式・レーザー起爆型)
高出力・高危険性・要冷却処理
・グラップルガン(リール巻上・単発式)
ツキハの表情が変わった。
「……お前、何に使う気だ」
「これからの人生にだよ」
ウィルの声は、静かだった。
そして、ツキハはしばし沈黙したあと、真顔で言った。
「なあ……ウチで働けよ。危ねえことなんかせず、バカな職人仕事して、適当に飯食ってさ。なんでお前がそんなの、しなきゃいけねぇんだよ……」
その声には、本気の心配があった。
ウィルは、一拍の間を置いて――静かに答えた。
「……誰かがやらないと、駄目なんだ」
「……ッ!」
「誰もやらないなら、俺がやるしかない。見て見ぬふりをするのは、もううんざりなんだ」
その言葉に、ツキハは言葉を詰まらせる。そして、拳を握ってこう言った。
「アタシはな、お前に何かあった、なんて話……聞きたくねぇよ」
ウィルは微笑んだ。
「その気持ちだけ、もらっておく」
……説得は、もう通じない。ツキハもそれを悟って唇を噛んだ。
「作れないなら、他を当たる。金は返さなくていい」
しばしの沈黙。ツキハは目を閉じ、深く息を吐いた。
「……明日、取りに来な。すべて整えておく。クソガキのために、アタシの最高傑作をな」
そう言うと、彼女は札束入りの袋を持ち、作業台の奥へと消えていった。
鉄の扉が閉じられたその瞬間、工房の空気が変わった。 雷のような鍛錬音が、夜明け前の静寂を打ち破るように鳴り響いた。
工房が揺れる。鉄槌がガンガンと鳴り響く。ウィルはしばらくその音に耳を傾けていた。
「ありがとう、ツキ姐」
それは音にかき消され誰にも届くことはなかったが、ウィルはそう言って工房を後にした。