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泥だらけのラットキング  作者: ヨンソン
1章 ドブネズミ
4/5

【3】

 スフォート鍛工房――スラムにある、鉄と油にまみれた職人の砦。

 表看板には修理受付中とぶっきらぼうな札がぶら下がっており、入り口には、溶接の火花と金属の焼ける臭いが漂っていた。

 ウィルが扉を押し開けると、奥から何かが飛んでくる気配がした。

「危ねっ」

飛んできたのはスパナ。

 ウィルは身を屈め、後頭部すれすれを金属が通過したのをやり過ごす。

「またケンカして逃げてきたのかぁ?ここはガキンチョ避難所じゃねーんだよォ!!」

「モノ投げんな!これが普通に客だったらどうするつもりだったんだよ!」

ウィルはどこかにいる工房の主に向かって叫んだ。

「お前だからぶん投げたんだよ!文句あるかァ!?」

 スパナの持ち主――ツキハ・スフォートが、作業台から顔を出した。

 褐色の肌に火花を浴びた前掛け、肩に油の染みたタオル。

 長く結んだ赤茶の髪を振り回すようにして、彼女はウィルを睨みつける。

 ウィルは苦笑のようなものを浮かべて言った。

「……相変わらず火薬よりも火がつきやすいな、ツキハ」

「何か言ったか?アタシの可憐さを否定したかぁぁ!?」

「いや、肯定だよ。火薬より可憐って意味で」

「そうかそうか!で、その服の血は何だ?」

 ――こんなやり取りは、十年前から変わらない。

ツキハは、ウィルにとって唯一怒ってくれる他人だった。友人と言っても過言ではない。

二歳しか年が違わないと言うのに、姉御肌な性格からすごく年上……大人とさえ勘違いする。

 だが今日は、冗談だけでは終わらない。

「……今回は避難しにきたんじゃなくて頼みに来た。作ってほしい物がある」

 ウィルはそう言うと、背中の革袋をカウンターの上に置いた。

 中には、札束と大量の硬貨がぎっしりと詰められている。

 ツキハの手が止まる。

「……は?」

 しばらくの沈黙の後、彼女は袋の中を覗き込んだ。

 札の匂い、重さ、数。明らかに子どもの持つ金じゃない。

バンッ!!!

「……っぶねぇなあ!」

飛び出してきたのは鉄パイプ。

 ウィルは瞬時に体をひねり、壁ギリギリでそれを回避。

「お前、これ……どこから出した!?盗ったとか言ってみろ、今すぐ工房で火葬してやる!!」

「家のもん、全部売った。必要ないものだから」

 ウィルは短く答え、カウンターの上に紙を一枚滑らせた。

 それは、依頼書だった。


注文内容

・スピアブレードバタフライナイフ

全長24cm/刃長9cm/特殊鉱石鋳造/耐錆・高耐久仕様

・トリガーグレネード(接触式・レーザー起爆型)

高出力・高危険性・要冷却処理

・グラップルガン(リール巻上・単発式)


ツキハの表情が変わった。

「……お前、何に使う気だ」

「これからの()()にだよ」

 ウィルの声は、静かだった。

 そして、ツキハはしばし沈黙したあと、真顔で言った。

「なあ……ウチで働けよ。危ねえことなんかせず、バカな職人仕事して、適当に飯食ってさ。なんで()()()そんなの、しなきゃいけねぇんだよ……」

 その声には、本気の心配があった。

 ウィルは、一拍の間を置いて――静かに答えた。

「……()()()()()()()()()()()()()

「……ッ!」

「誰もやらないなら、俺がやるしかない。見て見ぬふりをするのは、もううんざりなんだ」

 その言葉に、ツキハは言葉を詰まらせる。そして、拳を握ってこう言った。

「アタシはな、お前に何かあった、なんて話……聞きたくねぇよ」

 ウィルは微笑んだ。

「その気持ちだけ、もらっておく」

……説得は、もう通じない。ツキハもそれを悟って唇を噛んだ。

「作れないなら、他を当たる。金は返さなくていい」

 しばしの沈黙。ツキハは目を閉じ、深く息を吐いた。

「……明日、取りに来な。すべて整えておく。クソガキのために、アタシの最高傑作をな」

 そう言うと、彼女は札束入りの袋を持ち、作業台の奥へと消えていった。

 鉄の扉が閉じられたその瞬間、工房の空気が変わった。 雷のような鍛錬音が、夜明け前の静寂を打ち破るように鳴り響いた。

 工房が揺れる。鉄槌がガンガンと鳴り響く。ウィルはしばらくその音に耳を傾けていた。

「ありがとう、()()()

 それは音にかき消され誰にも届くことはなかったが、ウィルはそう言って工房を後にした。


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