表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
泥だらけのラットキング  作者: ヨンソン
1章 ドブネズミ
3/5

【2】

 ユピテルから与えられた能力は二つ。

一つは『宿る囁き(ソウルグリード)』。

──意志の弱き者に(ささや)けば、心を奪える。命令は絶対。反抗は不能。

だが意志の強き者には効かない。だからこそ、使いどころが問われる。

 もう一つは『影の再臨(ファントムロード)』。

──魂を失った者として、彼は死なない。魂を捧げた者に与えられる死の超越。

剣が心臓を貫こうと、爆炎が体を焼こうと、彼は笑う。

その影には、物を自在に収納と取り出しが出来る。いわばストレージボックスのような便利機能も付いている。

「なあ、ユピテル。この影にはどれくらい物がしまえるんだ?」

『そこそこの量かな。でもあんまり入れすぎると中が狭くなるからやめてね』

「わかったよ」

ウィルは未だこの脳内に直接流れ込んでくる感覚に慣れないでいた。

ユピテルは「深層意識下での会話だから誰にも聞かれる心配はないよ」と言っていたが、こっちが物理的に声を発したらただの独り言の多い変な奴に見えはしないだろうか。

そんな考えをとりあえず心の隅にでも置いておきながら帰路につく。


 契約したばかりの夜、ウィルは事前に考えていたプランを大幅に変更した。

「さてさて、掃除するとしようか」

 ウィルは家、と言うか廃墟に近い実家の掃除に取り掛かることにした。

『外見は廃墟なのに、中は綺麗にしてあるのね』

影の中からユピテルが話しかけてきた。

「スラムじゃ満足に医薬品も変えないし病院にも行けないからな。清潔にしておかないとつまらないことで死ぬ」

それは両親から得た教訓だった。最初に父親が風邪をひき、看病しているうちに母親にも伝染した。

ただの風邪だったと思う。でもこのスラムでは医薬品なんて高価なものは買えないし、病院なんて利用できない。人の命よりも身分や特権が優先される国。

両親は死ぬ前にこう言った。

「家の中は清潔に保て。つまらないことで死ぬな」

両親が死んだ日から掃除だけは欠かしたことはない。律儀に遺言を守ってきた。でも、もうそれも必要ない。

 ウィルは大きなビニール袋をいくつも広げて床に置いていった。この中に不要なものを全て入れていく。捨てるためではなく、売りに行くためだった。

一番の問題だった大型家具も、この便利な影を使えば運ぶことは容易だろう。

 ウィルが丁寧な動作でビニール袋へと物を入れていくのを、ユピテルは影から少しだけ顔を出して眺めていた。

「あなたには未練とかないの?」

「ここに戻ることはないだろうし、必要なものだけ持って行く。それ以外は売るよ」

「あなたのベッドは影の中に入れてくれない?」

ウィルは手を止めた。

「悪魔にも睡眠が必要なのか?」

「不要よ。ただあなたの使っていたベッドに興味があるだけ。人間はそこで寝るのでしょう?」

ウィルはベッドの端が影に入るような角度へ移動し、沈んでいく様子を眺めていた。

ユピテルは「ちょ、ちょっと待って」と慌てた様子で影の中へと潜っていった。少しだけ顔を出していたことを失念していた。

ついでに部屋に置いていた両親との写真も影へと沈める。貴重な思い出の品だから。

 部屋の物品整理はスムーズに進んでいく。ウィルの中で今後必要になるであろう物や便利なものと、それ以外のものとの区別が明確になっていたからだろう。

 家が完全に空っぽになった頃には、既に朝になっていた。

「スッキリしたな」

ウィルはグッっと腕を伸ばしと腰をのけぞらせる。

『ここはすごく狭いんだけど』

ユピテルは影の中から不平を漏らす。

「大丈夫。すぐにそっちもスッキリするさ」


朝一番に大量の物品を売りに来たウィルを質屋の店主は責めるような視線を浴びせる。

別にいつ売りに来ようが、客の自由だろ。

「流石に量が多すぎるだろ」

店主は不平を漏らしていたが、でもその全てをしっかりと査定し適正な額で買い取ることを確約してくれた。

袋の中に大量の札束とシルバー硬貨が詰め込まれている。

「代金だ」

それを受け取るとそそくさと店を後にし、その袋を影の中へと落とした。

こんなスラムじゃ、金を目立つところに持っているとスリにあってしまうからな。

そして次の目的地へと向かう。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ