九話 可憐な少女と、命懸けの鬼ごっこ
朝食を食べながらテレビを見ていると光葵の耳に〝不穏なワード〟が入ってくる。
「今日までの五日間で連続殺人事件が洲台市内で起きています。被害は五件。被害者は合計して九人です。それぞれ凶器が異なることから、複数の犯人による犯行の可能性も視野に入れ警察が捜査しているとのことです。皆さん外出時だけでなく、家にいる時も十分に警戒してください。それでは次のニュースです――」
〝五日間〟ということは代理戦争が始まった日からだ……。連続殺人――代理戦争。
偶然という可能性もあるが、代理戦争に〝無関係の者への危害を禁じる規定は無い〟。
ただし、大量殺戮などマナバランスを大きく崩すような場合を除き――。
何人以上が大量殺戮に当たるのか具体的に提示はなかった……。
嫌な予感がよぎる。
(影慈、このニュース……)
(うん……できれば考えたくないことだけど、タイミング的にはあり得るね……)
代理戦争参加者の中に〝快楽殺人鬼〟がいる可能性がある――。
学校に行っても同じ話題が担任の先生から出た。
「ニュースで知ってる人もいるかもしれないけど、最近洲台市内で連続殺人事件が起こってます。被害に遭った場所は町も別々のようです。複数人の犯行の可能性もあります。うちの学校の町では幸い被害は出てないけど、絶対に安全とは言えないと思う。みんな気を付けて」
教室全体がざわざわとする。みんな恐怖心があるのだろう。当たり前だ。
――可能性が捨て切れない以上、代理戦争参加者の俺が動いた方がいいか……。
静かに心の中で決意を固める。
◇◇◇
放課後になり、頂川と合流する。
「頂川、いきなりだが話したいことがあるんだ」
「いいぜ。何だ?」
頂川は光葵の目を見て、話を聞く準備をすぐにしてくれる。
「ニュースで既に知っているかもしれないけど、洲台市内で連続殺人が起こっている。それも代理戦争が始まってすぐからだ……。断定はできないが、参加者の中に快楽殺人鬼がいる可能性がある。危険性は分かってるが、俺は止めたいと思っている。どうだろう?」
「……」
頂川は少し考え込む。
「そうだな。魔法の力使って殺人してる奴がいるなら止めねぇとな。まあ、仮に魔法が関係なくても止めるけどな!」
強く決意したような表情をする。
「そう言ってくれてよかった! 俺の勝手な正義感に巻き込んで悪いが力を貸して欲しい」
「何水臭ぇこと言ってんだよ! 俺らはチームだからな! 一緒にやるぜ!」
早速今日から、頂川と見回りをすることになる。
見回りは放課後から夜にかけて行い、その合間に魔法の修行も行うこととする。
今日は守護センサーが反応することも怪しい人物も見当たらず解散となった。
それから数日は何の収穫もないまま時間が過ぎていった――。
◇◇◇
そして土日に差し掛かった。
頂川はこの土日はどうしても外せない〝番長の仕事〟があるそうだ。
ついこの間まで番長を張っていた男だ。用事があるのは仕方のないことだろう。
今日は一人で街の辺りを見に行く。
土曜日のためか人で賑わっていた。
二時間程歩いて回り、休憩のためにベンチに座る。
ちょうどその時だった。――感じる。近くに参加者がいる……。
まだ五十メートル圏内なのだろう。存在を知覚できるだけだ。
辺りを見回すも分からない。
すると、思いもよらぬ人物が声を掛けてくる。
その人物は十歳程の幼い少女だった。
可憐な見た目だ。あどけなさの残る大きな瞳、髪は色素の薄い茶色のロングで、ドレス風のワンピースを着ている。上はネイビー、下はシルバーでキラキラした装飾が施されている。
「お兄ちゃん、天使の参加者さんだよね?」
近所の知り合いの子が話しかけてきているような、自然な印象を持つ。
「……そうだよ」
複雑な心境だ。なぜなら、今話している少女が、悪魔サイドの参加者だからだ。
「そっか。じゃあ戦わなきゃね」
そう言うとすぐに魔法を発動した〝ようだ〟。
なぜこの表現を使うかというと、起きた現象が理解できなかったからだ。
急に身体を上から押さえつけられているような感覚になる。
何かが俺を押さえ込んでいる?
ミシミシッとベンチが悲鳴を上げる――。
まずい、このままではベンチ諸共に潰される。
「《身体強化》……! ウォォオオオ……!」
光葵の咆哮が辺りに響く。
何とか脱出する。
ベンチは無惨にも粉々に砕け散る。
周りの人々がザワザワと騒ぎ始める。
この子、人がいても関係なしかよ。
ここで戦えば巻き込まれる人が多数出るだろう……。
(みっちゃん! この子周りの人なんて構わず攻撃してきそうだ。とりあえず、街から離れる方向に逃げよう!)
影慈の言葉を受け「そうする!」と短く答える。
「お兄ちゃん力持ちだね。次は……」
少女が話しているのは聞こえていたが、そのまま走る。
「……美鈴が話してる途中なのに、無視するなんて酷いよ……」
美鈴は悲しげに呟く。
何とか人が少ない所に行かないと。代理戦争で人を巻き込むなんてことはしたくない……!
走っている途中で〝何か〟が左方向から〝ぶつかる感覚〟があり吹き飛ばされる。
そのまま看板にぶつかり、看板が弾け飛ぶ。
「なんつう威力だ……というか何だこの魔法は?」
振り返ると、少女は一生懸命に走って追いかけてきている。
といっても、命をかけた鬼ごっこな訳で、微笑ましさとは正反対の光景だ。
「人がいない所に移動する。《身体強化――脚力強化》! 速さで逃げ切る……!」
光葵は更に速度を上げて、走り出す――。
その後一度攻撃を受けたが、脚力強化のおかげか途中から攻撃を受けることはなくなった。
「守護センサーも反応していない。逃げ切れたのか……?」
光葵はゼェゼェと肩で息をする。
(多分、逃げ切れたんじゃないかな? 攻撃が途中からなくなってたし)
影慈が答える。
(ならよかった。しかし、人がいても関係なく攻撃してくる参加者もいるんだな。可能性を考えてなかった訳じゃないが……)
少しずつ息が整ってきて冷静に考える。
(そうだね。それにあの子の魔法何だったんだろうね。〝何かにぶつかってる〟感触はあったけど何も見えなかったし……)
影慈が不思議そうに声を出す。
(うーん、何だろうな。風魔法とかとも違うような気がする)
頭を軽く捻る。
(あ、というか治療しよう。みっちゃん、身体ボロボロだよ……)
影慈は心配そうな声だ。
(そうだな……。痛ぇし、早く治療しよ……)
《回復魔法》で傷を治していく。
(回復魔法がなかったら、ヤバかったな……)
(メフィさんが回復魔法が得意でよかったね)
影慈が安堵した様子なのが伝わってくる。
――その日の内に頂川にメッセージで今日あった出来事、少女の特徴を共有しておいた。頂川は心配してくれたが「俺も戦えない訳じゃないから気にし過ぎないでくれ」と返した――。