八話 選ばれし者
一方その頃、天使サイドと悪魔サイドの参加者が相対していた。
天使サイドは三十代の男。七三分けにワイシャツ、黒のスラックスにメガネ。まさに現代の真面目なサラリーマンといった出で立ちだ。
逆に悪魔サイドの二十代前半の男は〝現代から程遠い〟風貌をしていた。羽織袴に黒髪の総髪……現代風に言うと、伸ばした髪をオールバックにし、後ろで引き結んでいる。
腰くらいの高さまで髪を伸ばしているためロングのポニーテールにも似た見た目だ。一言で表すならばまさに〝侍〟だ。
そして、ギターケースを背負っている。何とも異質な印象である。
先に声を出したのは天使サイドの男だ。
「あなた、悪魔サイドの参加者ですよね。それにしても、時代を間違えてタイムスリップしたような格好ですね」
淡々とした物言いだ。
「そうか……」
一言のみ返答がある。
「果たし合いの前には名乗る必要がありますね。私は結城常選と申します。あなたは?」
結城は丁寧な言葉で自己紹介をする。
「……志之崎刀護だ」
またしても一言のみの返答だ。
「そうですか。何か私が想像していた印象とは違いますね。侍は名乗りを上げるのが作法、美徳かと思っていましたが、あなたはそういった感じではない」
「……名乗りを上げることも重要な作法だ。だが、俺はこの代理戦争においてあえて名乗りを上げてから戦うつもりはない。あくまで、俺の目指す世界のために刀を振るうだけだからな」
そう言いながらギターケースから刀を一振取り出し、ギターケースを地面に置く。
「そうですか。これは申し訳ない。勝手な思い込みで話を進めてしまいました……。長話をしていても仕方ないですし、始めましょうか」
お互い冷静に、だが粛々と火蓋は切られた――。
「先制攻撃です!」
結城は《風魔法》による無数の刃を放つ。
「《風魔法》か。奇遇だな……。《風魔法――風魔刀》……」
志之崎は刀に《風魔法》を纏わせた風魔刀を数度振り、結城の風の刃を相殺する。
風魔刀は一振りで複数の斬撃を放つことができるようだ。
刀身にはうっすらと風が逆巻き、月明りをゆらゆらと照り返している。
「驚きました。あなたも風魔法を使うのですね。固有魔法かまでは分かりませんが……」
「そうだな。偶然とはあるものだな」
ただし、戦い方の特徴は異なる。
結城は〝魔法による攻撃〟。志之崎は〝刀に魔法を纏わせて斬撃と共に攻撃〟している。
「では、どちらの方が強いか力比べといきましょう」
結城がやや力強く言葉を発する。
結城は風の刃と合わせて《風の弾丸》をも撃ち込む。
「ハッ!」
志之崎の気合と共に放たれた風の斬撃は、結城の風の斬撃を相殺する。
そして、風の弾丸は見切って躱される。
「すごいですね。かなり速く撃ちこんだのですが……。では、このようなものはどうでしょう?」
結城は風魔法で身体を浮かせ高速で移動しながら、風の刃、風の弾丸を不規則に撃ち込む。
対して志之崎は刀を構え直し、結城の動きに合わせて自身も動きながら風魔刀での防御、攻撃を繰り返す。
まるでタイミングを計るかのように、攻撃をいなし続けている。
すると、唐突に志之崎の動きが変わる。風魔刀で一気に複数の斬撃を結城へ放ったのだ。
咄嗟の動きの変化に、結城は動きを一瞬止め防御に回る。
そして、突っ込んできている志之崎に向けて、風の弾丸を撃ち込む。
志之崎は予測していたかのように刀を構える。
「《反射魔法――反射斬り》……」
短く詠唱を終えた志之崎は、刀で風の弾丸を反射させて結城に返す。
風の弾丸は結城の右肩を撃ち抜き血飛沫が舞う。
「クッ……! 反射魔法が固有魔法のようだなぁ!」
結城は痛みに顔を歪め、口調が荒くなるのを自覚する。
志之崎は返答せず、素早く畳み掛けてくる。
刀の間合いに入りそうになった所で「《風魔法――竜巻》……!」と結城は詠唱する。
直後、巨大な竜巻が発生する。
突然の広範囲攻撃に反応できなかったのか、志之崎は風魔刀での防御をしつつも数メートル吹き飛ばされる。
「ははは! どうだこの威力。一気に切り刻ませてもらうぞ!」
結城の目に残忍な光が奔る。
志之崎はすぐに起き上がり、刀を構える。
重心が下がったかと思えば、スッと微かな音と共に一気に加速する。
「これで死ねぇ!」
結城は無数の風の刃と弾丸を志之崎に放つ。
志之崎は素早い動きで攻撃を躱しつつ、反射魔法で結城の魔法を弾き返し相殺する。
だんだん結城との距離が縮まる。
「先程のように竜巻を起こされると困るのでな……」
志之崎はそう呟き、〝自分の足と地面〟に反射魔法を使ったようだ。
更に倍の速度で結城に迫ってくる。
「速っ……」
結城が言い終わる前に、風魔刀が袈裟斬りで結城の左肩から胸にかけて切り裂く。
「ぐぁぁああああ! お前ぇぇえええ!」
結城は吼える。
ただし、反撃を予想し、プロテクト魔法を全身にかけていたため、致命傷にはなっていない。
「浅いか……」
志之崎は静かに呟いた後、素早く逃走する。
「クソッ! これ以上血を流すと危ねぇか……! だが、奴の切り札をも予測し防いだ……! 魔法の扱いも分かってきたぞ……。やはり私は選ばれた者なんだ……」
月を見上げ、結城は痛みも忘れ悦に浸る。