七十二話 夜月影慈 父との別れ
光葵と影慈は星の代理戦争に勝利し、〝代行者〟となった。
その後、影慈の父に別れを告げにいく物語。
◇◇◇
主人格を交代し、今は影慈が主人格となっている。
「家……か。数か月ぶりだ……。お父さんはどうしてるかな……」
影慈は正直家に帰るのが憂鬱だ。
(影慈……。しんど過ぎるようなら、やめてもいいと思うぞ)
光葵が心配そうに声を掛ける。
(……でも、これが正真正銘の最後に挨拶できる機会だ。一応、一目だけは見て代行者として活動したい……)
(そうか……。影慈のそういう真面目なところ俺は好きだ。行こう、影慈。しんどくなったら、最悪俺に主人格交代してくれてもいいし!)
(あはは。頼もしいよ。ありがとう。みっちゃん!)
◇◇◇
影慈家に入る。
「ただいま……。いる? お父さん……?」
影慈はゆっくりとリビングに向かう。
酒の臭いがしている。見たところ、飲んだ酒の片付けもしていないようだ。
机に突っ伏す形で父が眠っている。
「はぁ……。やっぱり帰ろうかな……」
影慈が呟いたとき、父が起きる。
「……影慈……? 影慈なのか……⁉ よく帰ってきてくれた!」
父は酒に酔っている訳ではないと見受けられる。
見た目は光葵だが、特徴的な天然パーマのせいか、完全に影慈だと思い込んでいるようだ。
だんだんと近づいてくる。
「それ以上近づかないで!」
影慈は叫ぶ。
「お父さんは今まで僕にしてきたこと忘れたの……? 僕は忘れたことはない……!」
影慈の瞳に怒りが宿る。
「影慈……。すまなかった! 全部、全部俺が悪かった! 本当にすまない!」
父は土下座して謝り始める。
「……何を今更……」
影慈は思わず呆れてしまう。
「俺がおかしかった。母さんが死んでから、俺は生きる理由を失った。いや、本当は影慈のために生きるべきだった。それを……それを俺は放棄した。それどころか、お前に何度も何度も暴力や暴言を吐いた。最低な父親だ……」
「……その通りだよ。お父さんは最低な人間だ。……何で今謝ってるの?」
「それは、俺が間違ってたことに気づいたからだ!」
「嘘をつくな! あんたは近くに『依存対象』がいなくなったから、焦っているだけだ! 仮に僕がここに戻ってきたら暴力も暴言も吐かないのか⁉ そんなことはないだろ? 今は反省したふりをしても、あんたは暴力を振るう。今まで何度も経験してきたことだ!」
影慈は身体を震わせ、声を張り上げる。
「影慈……すまない。俺が、俺が不甲斐ないばかりに……」
「……お父さんに会いにきたのは理由があるんだ。僕は……人間じゃなくなった……。人間の一次元上の存在になったんだ」
「影慈……? それはどういうことだ……?」
父が焦っているのが分かる。
「そのままの意味だよ。……人間の一次元上の存在になった証拠を見せるよ。《火炎魔法》……」
影慈は父の目の前で、炎を発生させる。
「うおっ。なんだ……それ……?」
父は驚いている。
「分かったでしょ? 詳しい内容は言えないけど、地球を守るための戦いに勝った。それで、僕は人間の一次元上の存在になった。今日、帰ってきたのは、お父さんの『記憶』と『僕の痕跡』を消しにきたんだ」
影慈は自覚する。きっと、無表情で言葉を吐いているんだろうと……。
「ま、待て。落ち着け影慈。お前は俺のもとへ帰ってきてくれるんだろ……?」
「何をおめでたいこと言ってるの? そんな訳ないじゃん。さっきも言った通り、『記憶』と『僕の痕跡』を消しにきただけだよ」
「え、影慈……。俺は……俺はどうしたらいい……? これ以上、母さんだけじゃなくて、影慈まで失うなんて耐えられない……!」
「……どうしようもないよ……。僕は人間の一次元上の存在になったんだ。それに、どれだけ後悔しても時は戻せない……」
「……分かった。分かったよ、影慈。だったら……いっそ殺してくれ……」
「あんたは最後まで身勝手だ! 実の息子に殺してくれなんて頼むなんて……!」
「違う! 勘違いしないでくれ! 俺が今思いつく贖う手段がコレしかないんだ! 信じてくれ! 俺は死んでもいいと思うほど後悔してるんだ! 影慈がいなくなって、影慈の大切さに気づいたんだ!」
「そう……。だったら、今みたいな生活をせず、人の役に立って。人を助けて。それがお父さんができる償いだよ」
「分かった。そうする! そうするから、もう少しだけ話させてくれ! いや、話さなくてもいい、近くにいてくれ!」
「お父さんは本当に身勝手だね。僕から話すことはもうない。記憶と痕跡を消しておしまいだよ……」
「俺からは話すことがある。聞いてくれ! 俺は母さんが死んだあの日から、生きる理由を失った。それほど、母さんを愛してたんだ。その寂しさ、どうしようもなさを影慈にぶつけてしまっていた。本当にすまなかった! 俺は大切にしないといけない人が近くにいるにも関わらず、過去にばかり囚われていた。影慈……本当にすまない。こんなこと言う資格がないことは分かってる。でも、言わせてくれ、影慈。お前のことを愛している。いや、愛させてほしい……!」
「……もっと早く聞きたかったよ……。お父さん。僕からも一つだけ言わなきゃいけないことがあることを思い出したよ」
「なんだ……?」
「僕を生んでくれてありがとう。今までの人生は正直、辛いことの方が多かった。それでも、この辛い感情や、みっちゃんと一緒にいることで感じれた楽しい感情はこの世界に生まれてなかったら、知れなかったことだ。僕は今、生きていてよかったと満足している。これから、地球を守っていくお役目があるのも楽しみだ。この経験や感情を感じれるのはお父さん、そしてお母さんのおかげだ。だから、ありがとう。お父さん……」
「影慈……。ごめん。ごめんな。俺は、父ちゃんは……そんな影慈のことを蔑ろにした。後悔してもしきれない。影慈……もし叶うなら、父ちゃんの記憶そのままにしてくれないか……? 父ちゃんは影慈のことを忘れたくない。影慈に今までしてきたことを背負って、償いながら生きていきたい。……ダメか……?」
「……お父さんは記憶をそのままにして生きて、どうしたいの?」
「さっきも言ったろ。影慈にしたこと、いや、俺の知る影慈を全て持って生きていきたい。必ず、人の役に立つ。人を助ける! だから、記憶と痕跡を消さないでくれ……! 頼む!」
「……ほんとに人の役に立って生きていくと誓える……?」
「誓う。命を懸けてもいい!」
「そう……。分かった……」
「影慈、最後に父ちゃんのわがまま聞いてくれないか……?」
「……どんなわがまま……?」
「一度だけでいい、抱きしめさせてくれ。嫌だったら握手でもいい。影慈の存在を感じさせてくれ! もう二度と会えないんだろ? 頼む!」
「……抱きしめられるのなんて、小学生以来だね……」
「影慈……!」
父は影慈を強く抱きしめる。
「ごめん、ごめんな。影慈。俺は必ず変わると約束する……!」
父は泣きじゃくる。
「……久しぶりの感覚だ……。不思議と少し安心するね……」
「影慈ぃ……。俺の子どもになってくれてありがとう。本当にありがとう……!」
「こちらこそ、僕の父親になってくれてありがとう……」
影慈はそっと抱きしめ返す。
◇◇◇
影慈は忘れることはない。代行者となったとしても、父が懸命に生きていることを。そして、自分が生きてきた証を覚えてくれていることを……。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました!
かなり悩んだのですが、最後は光を感じて終わりたいと思っていたので、このような最終話となりました。
どれだけ辛い目に遭っても、それを感じられるのは、この世に生を受けたからだ、という「生まれたことへの答え、事実」を描いてみたつもりです。
色々なことが起こる人生ですが、「最後にトータルして満足」できればいいな、と思います。
続編「マナの天啓者」を執筆してます(完結済)。
https://ncode.syosetu.com/n6002ko/
主人公が変わり、独立した作品となります。
ぜひ、1話だけでも読んでみてください!
それでは、最終話まで読んでいただき、ありがとうございました!




