六十一話 ステージアップ
頂上付近まで行くと、少し広いスペースに清宮がいた。
「あら、さっきの攻撃、確実に当てられると思っていたのに無傷なのね」清宮は穏やかに話す。
「汝はルナ姉の……!」カイザーの瞳に怒りが迸る。
「会いたかったよ……! あんたは私の手で裁かないと気が済まないんでな……!」比賀の中に憤りが満ちていく。
「怖いわね。コレは代理戦争。犠牲はつきもの……。でもあなた達の気持ちも理解できるわ。その上で私は負けられない。私の理想の世界のために……!」清宮は憂いのある表情をする。
「いくぞ……! 《魔眼散弾》!」
「《乱生魔法――乱し打ち》……!」比賀は空間を鞭のようにしならせて打ち付ける。
「こちらもいくわ……。《合成魔法》《付与魔法×水魔法――強化水龍、蜷局》……」清宮は巨大な水龍を渦状に回転させることで攻撃を防ぐ。
「とんでもない水量と勢いだな……。《魔眼砲》でも弾き返されそうだ……」カイザーが言葉を出す。
「だったら、私の『新技』でいくか……! 《合成魔法》《乱生魔法×空間転移――空間裂断》……!」
比賀は清宮を目で捉え、右腕を上から下に素早く振り下ろす。すると、強化水龍諸共に〝空間ごと〟清宮の左腕を裂断した……。
仕組みとしては、ワープホールを敵周辺に作り出し、その空間に乱生魔法を使い無理やり〝敵の身体の一部分のみを空間転移〟させることで、結果的に〝敵を裂断〟できるというものだ。
この技は一週間かけて、カイザーの魔眼で確認しながら〝空間と物体を裂断できる距離感、マナ出力、タイミング〟などを訓練した結果修得したものだ。
「うっ……痛いわ……。《合成魔法》《付与魔法×回復魔法――瞬間再生》」清宮は痛みに顔を歪めながらも魔法を発動する。回復能力が付与魔法で一気に引き上げられ、左腕が一瞬にして再生する。
「なっ……腕を生やしたぞ。魔眼で分かる……。あの女、『一属性にマナを集約』するのが尋常じゃなく上手い。マナ操作が緻密過ぎる……」カイザーは驚嘆の声を上げる。
「そんな合成魔法の使い方もあるのね。防御なんてお構いなしね……」清宮は冷静な声だ。
「ちっ、その分マナ消費は大きいだろ……。それとカイザーあいつの固有魔法はおそらく《五感強化》だ。身体能力もかなり高いと思う」比賀が勝つための情報共有をする。
「さあ、戦いを続けましょう……」神聖さすら感じる声で清宮が開戦を促す。
「出し惜しみしてると、押し負ける……。全力でいく! 《魔を狩る黒衣》……!」
カイザーの魔眼から発せられた黒く輝く光が身体中に移っていく。魔眼の能力《マナ吸収》が身体中に付加される。
結果、敵の攻撃を弱体化しつつ、自分のマナにすることができるようになると聞いている。
「《水魔法――強化水圧移動、高圧穿孔、強化水龍》……」清宮は一度に複数の魔法を使用する。ウォータージェットで手足から水を噴出し素早く動きながら、適したタイミングで両手から高圧水による穿孔を放ってくる。
「くっ速い。魔眼でも捉えるのがやっとだ……。《魔眼散弾》《魔眼砲》……!」カイザーが魔法を放つも躱される。
「ガキ、女の動きは予想以上に速い。私がワープで先回りして攻撃する。二人で追い込むぞ」
「分かった。気を付けろよ」
「ガキ、あんたもな」比賀は軽く笑う。
比賀が不規則にワープし致命傷を与えるために攻撃する。「《空間裂断》……!」
清宮は空間裂断の致命傷を避けるために回避に集中しているようだ。
「まだだ……。《乱生魔法――心魂乱打》……!」
比賀は相手に触れることで直接的に〝心と魂〟を乱しダメージを入れる技も使用する。
清宮の動きがより警戒した動きへと変わっていく……。
「動きが拙くなってきておるぞ……」カイザーが《高圧穿孔》をギリギリ躱しつつ至近距離で《魔眼砲》を清宮へ撃ち込む……。
「ヤラれたわ……」清宮は頭から血を流す。直後「《合成魔法》《付与魔法×回復魔法――瞬間再生》」と詠唱し傷口はふさがる。
「汝の回復力は異常だな。それに顕在マナの総量もかなりのものだ……」カイザーの頬から汗が一筋落ちる。
「あなた達、本当に強いわ。でも、命懸けの戦いのおかげで、目醒められそうな気がしてきたわ……」清宮はどこか〝今現在ではなく違うもの〟を見ている様子だ。
「何よそ見してんだい!」
比賀は後方から《空間裂断》を放つ。……が放った時には既に清宮はいなかった……。
「左だ!」カイザーの声が聞こえる。
比賀は反射的に左に乱生魔法を放つ。清宮の《高圧穿孔》の軌道を乱すも、比賀の右肩を貫通し血飛沫が空に舞う。
「ちっ、痛いじゃねぇか。というか何だ今の動き。攻撃を予見したような動きだった……」比賀は驚きつつ言葉を紡ぐ。
「比賀気を付けろ。女の様子がおかしい……。人が変わったみたいだ。いや、生物としての『格』が上がったような……」カイザーが焦燥感に駆られ言葉を発する。
「ふふ……。今まで何度も『上の段階』を目指してきたけど、ここにきてやっとね……」清宮は妖しく呟く。
明らかな変化として、清宮の額に金色に輝く〝第三の目〟が浮き上がっている……。
「何だ……それは……」カイザーと比賀は同時に言葉を漏らす。
「この段階まで私を目醒めさせてくれたお礼に教えてあげるわ……。私の固有魔法は《第六感強化》なの。今までは《五感強化》までしか扱えなかったけど、たった今一つ上の段階に辿り着いた……。世界の見え方、知覚が別次元だわ!」清宮は忘我の境に入っているようだ。
「ガキ! あの女に何が見えてるのかは分からん。でも今ここで止めないとおそらく今以上に強くなる! 二人で倒すぞ!」比賀はカイザーを鼓舞するように大声を出す。
「分かっている! 我等の連携をもって倒す!」カイザーは力強く応える。
「続きをしましょうか……」穏やかに清宮という〝具現化された死〟が言葉を話す。
カイザーはより出力を上げた《魔を狩る黒衣》で身体能力を一気に引き上げる。
比賀は集中力を大幅に高め《空間裂断》のキレ、ワープ速度の上昇、ワープを通じた銃撃を行い攻撃手段も増やす。
しかし、清宮に全て躱されてしまう……。まるで、こちらの行動を予見しているように感じる……。
「まずい……。これ以上は私もガキもマナが無くなっちまう。あの女『未来が視える』のか……? 動きのギアが上がっただけじゃない。確実に躱しやがる……」
「……比賀。ここは我が食い止める、退け……」カイザーは強い覚悟が滲む語気だ。
「ふざけるな! 私があんたを守るつったろ。……いくぞ、カイザー……!」
「……フッ。それは我も言った言葉であったな。比賀さん……協力して討ち倒すぞ!」
「あら、美しい友情ね……。せめて一緒に殺してあげるわ」清宮は穏やかに告げる。
カイザーも比賀も持ちうる力を全てぶつける。
清宮はその全てを見切り、三頭に増やした水龍で二人を追い込む。岩山に何度も轟音と水切り音が響き渡る……。
血で赤く染まった比賀とカイザーは息を切らしながらも、戦う意志は燃やし続けた。
「あなた達は十分健闘した。そろそろ楽になりなさい……」清宮は神聖な声色で語りかける。
「比賀さん、ここまでみたいだ……。せめて汝だけでもと思ったのだがな……」
「カイザー……私は最後にあんたと戦えて良かったよ。守れなくてごめんな……」比賀はかつての弟の面影とカイザーを重ねる……。
岩山の崖まで追い込まれた二人に、無慈悲に水龍三頭が襲い掛かる。
その瞬間、カイザーは比賀を崖から突き落とす……。
そして、水龍三頭を身をもって一時的に食い止める。
「カイザー……!」比賀は落下しながら叫ぶ……。
直後、清宮が岩山の上から比賀の脳天目掛けて、水の弾丸を撃ち込んでくる。
比賀は何とか乱生魔法で水の弾丸を回避しようとする。しかし、水の弾丸の軌道を逸らしきれない……。衝撃を感じた直後、比賀の意識は暗転する。
「さようなら……」静かに呟く清宮の右眼は〝六芒星〟の中に一点の黒い瞳孔が浮かぶ〝魔眼〟へと変わっていた。
「さて、準備を急がないとね……」〝三つの瞳〟が妖しく輝く――。




