五話 初めての戦争
翌日。
今日は若菜と一緒に登校しなかった。
歩きながら影慈に話しかける。
(今少しいいか?)
(大丈夫だよ、みっちゃん)
落ち着いた声が返ってくる。
(今日から代理戦争が始まる……正直どうなるか分からない。〝守護センサー〟で半径五十メートル圏内で天使か悪魔の〝存在を感知〟できる。そして半径二十五メートル圏内で〝天使か悪魔かを識別〟できるんだったよな)
(うん、そうだね……)
(……あまり考えたくはないんだけど、学校の中で守護センサーが反応する可能性もあるよな。その時はどうしたらいいと思う?)
数秒後に答えが返ってくる。
(〝相手の出方次第〟かな。でも多分だけど、人が大勢いる所では戦闘にはならない気がする。お互いにあまりメリットが無いと思うんだよね)
(というと?)
(人が多いと〝目撃者が増える可能性が上がる〟と思う。ましてや魔法を使って戦うと目立つし、人を殺傷したとなると警察も動くだろうしさ。普通の生活すらしづらくなると思うから)
(なるほど……。もし学校で守護センサーが反応したとしても、一旦相手の出方を見る。攻撃の意思があるようなら、周りの人が巻き込まれないように場所を変える……って感じでいいか)
(うん。それに今日は代理戦争初日だ。魔法の扱いもまだ分かってない人が多いと思う。実際僕らも分かってないし……)
(そうだよな……。あと、勝利条件についてだけど、俺は人を殺したくはない……。できる限り降伏させたいと思う。この考えって甘い……のかな……?)
(……そんなことはないと思う。僕達はこの間まで普通に生活してたんだ。僕だって人を殺したいとは思わない。降伏させることを考えながら戦う。それでいいんだと思うよ……)
(そっか。そうだよな。ありがとな、影慈。ちょっと気が楽になったわ。とりあえず学校には行くけど警戒が必要だな……)
◇◇◇
学校に着く。
いつもの学校だが緊張して汗が一筋流れる。
そこに明るい声が聞こえてくる。
「光葵! どうしたの? 教室行こ?」
朱音が声をかけてくる。
「おう。ちょっとぼーっとしてた」光葵は軽く笑う。
内心、朱音が守護センサーに反応せず安堵する。
そして教室に着く。
今のところは守護センサーは反応していない。
そのうち先生がやってきて出席をとりだし、今日は全員出席だと分かる。
◇◇◇
放課後は人が滅多にこない空き地に行った。
ここで魔法の修行をしようと思ったからだ。
(メフィさん! 魔法について基本的なことを聞きたいです!)と呼びかける。
(ではまず基礎魔法について説明させてくれ。基礎魔法は十種に分かれている。〝火水雷風土、光闇〟〝回復、プロテクト、身体強化〟だ。魔法の適正は守護天使、悪魔に依るので、全員が基礎魔法の全てを使える訳ではない)
(色んな魔法があるんですね……メフィさんはどの魔法を使えるんですか?)
影慈が尋ねる。
(基礎魔法は光魔法以外全て使える。私は魔法適性が多いんだ。ただ、人間によって魔法の相性があるので、君達が全て使えるとは限らない)
(そうなのか。じゃあ、実際に魔法を使ってみて相性を見る必要があるな……)
(あと、〝固有魔法〟についてなんだが、私の固有魔法は少々理解してもらうのが難しくてな……。今の段階では説明しない方が混乱せず良いと思う。構わないか?)
(メフィさんがそう思うなら……。僕達まだ分からないことだらけですし)
影慈が答える。
(そう言ってもらえると助かる。ちなみに、得意な魔法は《回復魔法》だ)
(分かりました。気になったんですけど、魔法ってどんな感覚で使うんですか?)
(魔法は〝マナを使い〟〝イメージ、想像力〟をもって〝現象〟として起こすものだ。感覚で言うなら、火の魔法なら火のイメージを〝具現化〟する感じだ。イメージ精度、マナの知覚度が上がればより思い通りに、自由に魔法を扱うことができる)
(なるほど。そう聞くとなんとなく分かりました。ありがとうございます!)
影慈と同時に言葉を発する。
(うむ。何かあれば、また呼んでくれ)
メフィの存在の知覚がスッと消えていった。
その後は主人格交代を度々しながら魔法の修行を行った。
魔法は〝マナを使い〟〝イメージ、想像力〟をもって〝現象〟として起こすもの――この言葉を何度も繰り返しながら……。
◇◇◇
気が付くと辺りはすっかり真っ暗になっていた。スマホを見て驚く。
「え、もう二十時三十分か。かれこれ三時間くらい魔法の修行してたんだな」
(その分魔法自体は使えるようになったね。僕は《火と風、回復、プロテクト魔法》が使いやすい。みっちゃんは《身体強化、回復、プロテクト魔法》が使いやすいみたいだね)
影慈が明るく応える。
(だな! それじゃあ、もう遅いし帰ろう。この辺りは人通りも少ないしな)
歩き始めて十分程すると守護センサーが反応する。
この近くに〝参加者〟がいる……!
人がいる気配自体があまりしない。しかし、確実に守護センサーは反応している。
倉庫の方か……? 心臓がドクンドクンと脈打っているのを感じながら一歩踏み出す。
倉庫に近づいていくにつれて守護センサーの反応が強くなっているのを〝知覚〟する。
おそらく倉庫の中に参加者がいる……!
中に入ると二十五メートル圏内に入ったのだろう。相手が〝悪魔サイド〟だと知覚できた。
人影は一つしかない。
ひょろりと痩せ型の四十代程の男。髪はボサボサ、白衣を着ている。
「君、天使サイドの参加者だよね? ちょうどよかった! 実践的に魔法がどんなものか見ておきたかったんだ!」
男はひょうきんな声を出す。
「……戦う意思があるってことか?」
脅しの意味も含め、やや低めの声で尋ねる。
「当たり前じゃん! 代理戦争に参加したのに戦わないとかないでしょ!? 魔法にも興味あるし!」
変わらずテンション高めな様子だ。
「んじゃあ、早速……。《召喚魔法――ガルム》」
白衣の男は魔法を使用したのだろう。地面に魔法陣が出てきたかと思うと、〝黒い毛で瞳が真っ赤な狼〟を召喚した。明らかに普通の狼ではない。
こいつの固有魔法は《召喚魔法》なのか?
いやそんなことより、狼が獣特有の低い位置からの高速の突進をしてきている。
戦わなくては……!
とっさに《身体強化魔法》を使い身体能力を上げる。
だが、狼の素早く凶暴な噛みつき、引っかきに全て対応はできない。
すでに腕と脇腹に複数傷を入れられる。血が溢れ出続ける……。
クッソ痛ぇ……。ちくしょう、どう戦えばいい……。その時影慈の声が聞こえる。
(《プロテクト魔法》を使おう。プロテクトを張っている間に隙を作れると思う。あと――)
「どうしたんだい? 防戦一方だねぇ。もしかして君の固有魔法はその身体強化だけなのかい? 出し惜しみしてるとそのまま死んじゃうよ?」
白衣の男の甲高い声が聞こえてくる。
狼の再度の突進が来る。
〝半透明のプロテクト〟を三重に張る。狼はプロテクトを食い破りながらそのまま突進してくる。
「この隙が欲しかったんだ」
光葵は短くそう言い、狼の顔を肘と膝で挟み込むように、一気に潰す。
鈍く牙がへし折れる音が響く……。
狼は苦しげに唸る。
しかしそのまま攻撃は収まらず、凶悪な爪での引っかきが襲い掛かる。
刹那、引っかき位置を予想したプロテクトを張る。
プロテクト自体は破壊されるも、一秒ほどの時間はできた。
その隙にバックステップで攻撃を間一髪躱す。
ふーっと息を整え〝さっき影慈が提案してくれたこと〟をやってみる。
――プロテクト魔法をグローブ、レッグサポーターのように纏う。
「そんなこともできるんだね! 魔法って柔軟性あって面白い!」
白衣の男は楽しげに叫ぶ。
狼はさっきの攻撃で動きが悪くなってはいたが、まだ十分な速さをもって突っ込んでくる。
「これで終わりにする」
プロテクトを張り一瞬の隙を作り、利き足の右で廻し蹴りを放つ。
プロテクト魔法を纏ったため、防御力、攻撃力共に上がっている。
狼は大きな呻き声と共に数メートル吹っ飛ぶ。
その後、動こうとするも、そのまま倒れ、灰のようになりパラパラと消えていった……。
すぐに男のいた方を見る。しかし、そこに男の姿はなかった。
「逃げやがったのか……?」
外に出て探してみるも守護センサーも反応しておらず検討もつかない。
(多分、狼が負けるのが分かった時点で逃げる準備をしてたんだ)
影慈の分析が聞こえる。
「そうか……。とりあえず傷の治療だな」
《回復魔法》を使う。温かな光と共に傷と痛みが和らいでいく。
今日は家に帰ろう。あまり遅い時間に帰ると家族も心配するだろう。




