三十八話 可憐な少女、侍、仮面の男
同日、美鈴、志之崎は新たな仲間と話していた。
「コウさん! ここが美鈴のお家だよ!」美鈴は無邪気に自分の家の紹介をする。
「へ~! ここが美鈴ちゃんのお家か~。すごく大きいしオシャレだね!」
そう答える男は非常に変わった見た目だ。笑顔でウインクをしている仮面を着けており、少し長めのシルクハットをかぶっている。髪は黒と空色が交互に入ったメッシュ。服は青の燕尾服風のマジシャン衣装だ。名を安楽岡幸一郎という。
「美鈴……。アンナさんにはどう説明するつもりだ?」志之崎が尋ねる。
「えっ? シノさんの時と同じ感じだよ!」純朴な瞳を志之崎に向ける。
「美鈴……俺が先にアンナさんに話してくる。あと幸一郎、仮面は外しておけ」
志之崎は美鈴が以前のように説明すると、不審に思われると考え、一人で向かうこととする。
「了解。シノさん!」幸一郎から明るい声で返答がある。
数分後、志之崎は美鈴達のもとへ戻る。
「幸一郎、やっぱり仮面は着けておけ」志之崎は真面目な顔で話す。
「う~ん。自分で言うのも何だけど不審に思われないかな?」
幸一郎が疑問を含む声を出す。
「今回に関しては『ハッピーマジックショーの幸一郎』として紹介した方が良いようでな」
「なるほど……。分かった」
幸一郎は仮面を着ける。少しするとメイドのアンナが玄関を開ける。
「こんにちは。シノさんが仰っていた通り、ハッピーマジックショーの幸一郎様ですね!」
「初めまして。幸一郎です」
シルクハットを左手に持ち、右手を胸の前に添えお辞儀をする。
「すごい、本物ですね! 実はファンなんです!」いつもは温厚なアンナだが、喜んでいるのが伝わってくる言い方だ。「あ、申し訳ございません。美鈴さん。私ったら……」
「全然いいよ! アンナさんがコウさんのこと知ってるのはびっくりだけど!」
「お見苦しいところをお見せしてしまい、申し訳ございません。実はマジックを見るのが好きでして……」アンナは恥ずかしそうに顔を赤くし頭をかく。
「僕にとっては嬉しい話です!」
そう言い、幸一郎の左手から炎が一瞬舞ったかと思うと、右手には赤い薔薇の花が出現していた。その薔薇の花をアンナに手渡す。
「えっ! えっ! いいんですか?」顔を綻ばせながらアンナは薔薇の花を受け取る。
「もちろんです! 造花ですので、よければ飾ってください」幸一郎も嬉しそうに返答する。
「はい! あ……美鈴さん申し訳ございません。私ばかり話してしまって……。先程シノさんからお話は伺っています。小学校の出し物でマジックをすることになって、シノさんのお知り合いの幸一郎様から、しばらくお家でレッスンを受けるのですよね?」
「ええっと……そうだよ! レッスン受けるんだ!」美鈴は少しぎこちない返事だ。
「プロのマジシャンからレッスンを受けられる機会はそうないので、頑張ってくださいね!」
「うん、頑張るね!」美鈴が元気よく返事をする。
その後、美鈴の自室へ志之崎達三人は向かう。
「もう、シノさん! 急に小学校の出し物するとか言わないでよ。美鈴焦っちゃったよ!」
「すまない、美鈴。俺が話すと言ったものの、理由があれくらいしか思いつかなくてな……」志之崎は手を頭の後ろに回す。
「う~ん、仕方ないか。美鈴も理由全然考えてなかったし……ごめんね。でも、アンナさんすごく喜んでたからよかった!」美鈴は純粋に嬉しそうな顔をする。
「いやぁ、ファンの人に会えると思ってなかったから僕も嬉しいよ! それにスムーズに美鈴ちゃんのお家にも入れたし。作戦会議はみんなが集まりやすい場所でするのが一番だからね」
「そうだな。スムーズに進んでよかった……。そういえば、幸一郎の固有魔法は《空間転移》だったな。敵を見つけるのに向いてそうだな」志之崎は冷静な声で尋ねる。
「そうだね。『目に映る範囲』という条件と『ワープ距離が伸びるとマナ消費が増える』けど、色んな場所を移動して敵を見つけるのは得意だよ!」幸一郎は明るく答える。
「ワープか~! いいなぁ。学校行くのとか楽そう!」
美鈴が無邪気な感想を口にする。
「あはは! 美鈴ちゃんは素直だね!」幸一郎が声を上げ笑う。
「……幸一郎。ワープは『他人も一緒』にできたりするのか?」志之崎が再度淡々と尋ねる。
「それもできるよ。マナ消費は増えちゃうけどね」
「そうか。ちなみに『敵』であっても一緒にワープはできるか……?」
「……そんな使い方は考えたことなかったけど、それも可能だよ」幸一郎の声色に緊張感が含まれる。
「なるほど……。リスクは上がるが作戦の候補を一つ思いついた。ただ、もう少し深く考えたい。また今度会う時に伝えてもいいか?」志之崎の口調に真剣さが増す。
「僕はいいよ、シノさん」
「美鈴もそれで大丈夫」
「あと気になってたんだけど、二人は何で代理戦争に参加したの? これから一緒に戦う仲間になる訳だし、聞いておきたくてさ」幸一郎が真面目なトーンで質問する。
その直後、「あ、ちょっと待って、言いにくい話ではあると思うから僕から話していい? というか聞いてよかったかな?」焦ったような口調に変わる。
「美鈴はいいよ。二人の戦う理由も聞いておきたいし」美鈴は真面目な声で返答する。
「俺も構わない。何を大事に考えているのか分かるだろうしな」志之崎も同意する。
「よかった! じゃあ、まず僕からだけど『生きている間は少しでも楽しく幸せな世界にしたい』んだ。理由は……少し自分語りになっちゃうんだけどいい?」
――志之崎と美鈴は頷く。
「僕は婚約者に先立たれてるんだ。彼女は若かったんだけど、病気になっちゃってね……。病気と頑張って戦ったけど、死んでしまった。でも彼女は死ぬ間際まで笑顔を絶やさなかった……。そして彼女の最期の言葉が『あなたのマジックでみんなが楽しく幸せな世界にして欲しい』だった……。彼女にしたら、代理戦争に参加するだなんて思ってもいないかもしれないけど、僕はできる限り多くの人を幸せにしたいんだ」
幸一郎は過去を偲ぶように宙を見る。
「コウさん……。そんなことがあったんだね……」美鈴はすすり泣く。
「幸一郎……。他人のために代理戦争に参加したのか……?」志之崎は素直に質問する。
「他人のため……でもあるけど、自分のためでもあるよ。僕も楽しくて幸せな時間が好きだ。それに、彼女への恩返しでもあるからね。僕は彼女と出逢えて本当に幸せだったから」
「そうか……」志之崎はもの悲しい顔をする。
「……実は美鈴も代理戦争に参加したのは、大事な人が死んじゃったからなんだ」
美鈴は涙を拭きながら話し始める。「パパとママが二年前に死んじゃって……ううん、殺されちゃったんだ……。パパとママは仲良しさんでね、一年に一回の結婚記念日に旅行に行くの。美鈴はその時はアンナさんとお留守番するんだけどね。旅行に行った先でお金目的で襲われて二人とも殺されちゃった……」
ここまで話した時点で美鈴は涙が止まらなくなってしまう。
幸一郎は美鈴を優しく抱きしめる。志之崎は美鈴の頭を何度も撫でる。
しばらくし、美鈴は少しずつ落ち着く。「……美鈴が代理戦争に参加したのは『大事な人とのお別れが一定期間無い世界』を作るためなんだ。最初はパパとママを生き返らせて欲しいって言ったんだけどマナの輪廻? の関係でできないって言われた。だったら、美鈴みたいな思いをする人を減らしたいなって思ったんだ」美鈴は、どことなく大人びた顔で儚く微笑む。
「美鈴ちゃんは優しいね……。でも、大事な人とのお別れが一定期間無い世界って……?」
「悪魔さんに聞いてみたら、『因果律操作?』っていうので『親子は二十歳までは一緒にいられる』とか条件付きで叶えられるんだって。条件を増やし過ぎると、バロンス達の仕事が増えすぎるからダメって言われちゃったけどね」美鈴自身もよく分かっていないような口振りだ。
「因果律操作も一定の条件をつければできるんだね……」幸一郎は顎に手を添え考え込む。
「じゃあ、最後、シノさんの教えて!」美鈴が少しだけ明るい声で尋ねる。
「俺は……護りたい。この国を世界を……」志之崎は自分を諭すように呟く。
「じゃあ、シノさんもみんなのために代理戦争に参加したんだね!」幸一郎が明るく話す。
「……俺は二人のように真っ直ぐな理由じゃないと思う。侍は何かを守護するための存在だ。俺は『護るもの』が欲しかっただけなのかもしれないな……」志之崎はどこか諦念を感じてしまう。
「それでも、すごいことだよ! 国や世界を護るために戦おうと思うなんて!」美鈴が嬉しそうに声を上げる。
「そうだよ。まさに『侍』って感じでシノさんらしい!」幸一郎も嬉しそうな様子だ。
「そうか……ありがとう。今日は二人のことが色々知れてよかったよ。作戦についてはもう一度考えた後、共有する。今日は解散で構わないか?」
二人が同意し、今日は解散となる。




