三十二話 朱雀の巫女
光葵は気が付けば、布団で眠っていた。どこだここ……? そこへ足音が聞こえてくる。
「あっ! 光葵起きた! よかった~! このまま目覚めなかったらと思うと心配だったんだから!」朱音の明るい声が耳を抜けていく。
「朱音……? あの戦いは夢じゃなかったのか……」
「夢じゃないよ! ほら」と言い頬をつねってくる。
「痛い痛い。こういうのって自分でするんじゃないか?」光葵は頬をさすりながら言葉を返す。
「まあまあ。いいじゃん! とりあえず、お水飲む? 今は休んでる方がいいと思うけど」
「水もらえると助かる。というか、ここ朱音の家か?」周りを見渡す。
「うん、そうだよ。あんまり気にせず寛いでて」と言い、水を取りに行ってくれる。
しばらくは水を飲んで、休んでいた。
再度朱音がやってくる。
「傷の治療もしないといけないと思って勝手に包帯とかは巻いてるよ。調子はどんな感じ?」
「おかげでだいぶ回復した。ありがとう。あと、聞きたいことがあるんだけど」
「それは私も! どっちから話そうか」朱音は純真な瞳で問いかけてくる。
「じゃあ、とりあえず俺から……」
星の代理戦争に参加していることや、命懸けの戦いをしていることを伝えた。影慈のことは説明しても理解がすぐには難しいと思い控えた。
「そんなことになってたんだね……」朱音は思いつめたような顔をする。
「朱音も参加者なのかと思ってたんだが、それは違うのか?」
「星の代理戦争なんて初めて聞いたくらいだよ。それに魔法を使ってたのもびっくりした」
「まあ、そうだよな……。朱音の魔法は今日に急に使えるようになったのか?」
「そうなんだ! 光葵を守りたいって強く願ったら『朱雀様』が力を貸すって言ってくれてさ」
「その『朱雀様』っていうのは中国神話の四神の朱雀?」
「そうだよ! うちは朱雀様を祀ってる神社なんだ。毎年、巫女の儀式をするんだけど、ちょうど中学三年生の時に朱雀様からの声が聞こえて、『其方に加護を授けよう』って言われたんだ。お父さんは朱雀様に選ばれたのは名誉なことだって言ってた」朱音は嬉しげに話す。
「すごい話だな……。四神に選ばれるなんてことあるんだな」単純に驚いた。
「だよね。今まででも数えれる人数くらいしか選ばれた人はいないんだってさ。なんで私なのかはさっぱりなんだけどね。あと、朱雀様の加護が宿った時に髪の毛も赤くなったんだよ!」
「すごいな! 心が綺麗だから……とか? てか、その髪一応、地毛だったんだな」
「あら光葵、口が上手になったね。髪のことは前にも言ったじゃん!」朱音はケラケラと笑う。
「なんか色々話が繋がったわ。とにかく、今日はありがとな」
「いいよ! 逆に私のこと守ってくれてありがとね。あと……光葵を探してたのは若菜ちゃんのことがあったからなの……。光葵が命懸けで戦ってるのも分かった。その上で若菜ちゃんが亡くなったのは……すごくショックなことだと思う……」
朱音の目は潤んでいる……。
「……若菜は代理戦争に巻き込まれて死んだんだ。俺の戦争に巻き込まれて死んだ……」
「光葵……じゃあ、あの事件も?」
悲しげな声だ。
「参加者の一人に快楽殺人鬼がいて、俺は奴に因縁があった。それが結果的に、若菜を死なせてしまうことに繋がった……」
だんだん涙が溢れてきているのが分かる。
「光葵……それは、すごく悲しいことだよ……。自分を責めないで」
「…………そうだな……」
気づけば、朱音が光葵を抱きしめていた。
「朱音……何を……?」光葵は現状がよく分からず、思わず尋ねる。
「光葵の気持ちを考えると悲しくて……。辛いよね。今は泣いていいんだよ……」
「朱音…………」
温かく柔らかな朱音の身体と心に身をゆだね、光葵は泣き続けた――。
夕飯は朱音の家で食べることになった。敷地を歩いてると改めて神社にいるんだなと思う。
――食卓にて。
「君が日下部君だね。小学生以来かな? といっても運動会で少し話した程度だけどね」朱音の父が優しく話しかけてくる。
「お世話になります。運動会で話したような……すみません。記憶が曖昧で……」光葵は頭をかく。
「いいよ、いいよ。だいぶ前のことだからね。運動会では朱音がお世話になったみたいで……」
「もう、お父さん。その話はしないでよ! 今は運動得意なくらいだし!」朱音が声を出す。
「ははは。本人の前でする話じゃないか……。朱音が感謝していたことを伝えたくてね」
「いえ、俺は大したことしてないですよ。朱音の努力ですから」光葵は微笑む。
「いい子だね君。ご飯いっぱい食べなさい。おかわりもあるよ」朱音の父は嬉しそうに話す。
その後も話をしながらご飯を食べた。今日は泊まっていいと言われ、泊まらせてもらった。
◇◇◇
翌日になり、昨日に引き続き《回復魔法》で傷の治療を進めていると、朱音がやって来た。
「おはよう、光葵! 私は学校行くけど、今日もこの部屋使っていいからね。放課後家に帰ってきたら話したいこともあるし、今日は出発せずいてね」朝から元気で明るい声だ。
「すまんな。傷の回復もあるし、家にいさせてもらえると助かる。いってらっしゃい」
「ふふ。いってきます」柔らかな笑顔で朱音は出掛ける――。
朱音が帰ってくるまで回復に専念する。夕方になり、学校から朱音が帰ってきたようだ。しばらく光葵の所には来なかったが、二時間後くらいにやってきた。
「光葵、話があるんだけど今いい?」朱音から声がかかる。
「大丈夫」光葵は答える。
「お父さんとも話したんだけど、光葵の星の代理戦争の手伝いがしたいんだ」真剣な瞳だ。
「朱音、それは……。自分の言ってる意味分かってるのか? 命懸けの戦いになるんだぞ……!」
「分かってるよ! だから、昨日から何度も考えたよ。でも光葵が傷ついたり、もし死んじゃうと思うと……私ができることはしたい……!」朱音は少し目を潤ませながら訴える。
「……俺は反対だ。既に仲間も……若菜も失ってるんだ……。朱音を巻き込みたくない……」
「光葵の言ってることも分かるよ! でも、昨日みたいな危ない人と戦うのを知っていて、何もしないなんてことはできない! それに私は朱雀様の力で戦うことができる」
「……それでも俺は朱音を巻き込みたくない」真っ直ぐ朱音の目を見つめる。
「光葵……その選択は私にとって一番残酷なものなんだよ。大事な友達が必死に戦ってるのにそれを見て見ぬ振りしろってことだから……」
「それは……」
朱音の性格は知ってる。仲間思いで優しい。そして、自分の〝芯〟がある。
「じゃあ、一週間! 一週間光葵と修行して、その上で足手まといだったら潔く諦める。これならどう? 何もせず諦めるなんてできない!」朱音は声量を上げる。
「…………分かった。朱音のお父さんは何て言ってるんだ?」
「私が決めたことで、友達を助けられる力があるなら力になってあげなさい、って言ってる」
「そうか。確認したいことがある。少し一人でいていいか?」
「いいよ、待ってる」朱音が部屋の外に出ていく。
(メフィさん。聞こえますか?)
(光葵、どうしたんだ?)メフィより返答がある。
(〝代理戦争の参加者以外の介入〟はルール上アリなんですか? 朱音のことなんですけど)
(ルール上は〝無関係の者への危害を禁じる〟規定は無い。裏を返せば逆の規定も無いんだ。基本的に魔法を使った戦いになる為、一般人が代理戦争に介入することを想定していないのもあるが、ルール上問題はない)淡々と質問に回答している印象だ。
(分かりました。ありがとうございます……)
ルール上は朱音の介入も可能なのか……。
(ただし、固有魔法の奪取はできず、逆に奪われることもない。降伏するという概念もない。つまり、代理戦争の記憶は残り続けるし、場合によっては殺害されるリスクが上がるだろう)
(そうですか……。分かりました……)
その後、朱音にさっきメフィと話した内容を〝危険性について強調〟して伝え直す。
朱音はそれでも一緒に戦いたいと言ってくれた。
改めて、一週間の修行で一緒に戦うのが危険と判断したら、潔く諦めて欲しいとも伝えた。




