二十話 獣の狩り
志之崎達との戦闘から三日後、洲台市内の工事現場にて。といっても工事自体が途中で中断されているのか、コンテナなどは残っているが、他には何も置いていない。
そこに苛立った様子の一人のスキンヘッドの男がいた。
「やっぱチームなんてのは組むもんじゃねぇな。テニスやってた時もシングルスの方がダブルスより千倍はヤリやすかった……」
腕組みをしながらコンテナにもたれ掛かる。その時、貫崎は気づく。二人の参加者が近づいて来ていることに。
「どっちサイドの奴だ……? まあ、どちらでも構わんがな……」
数十秒後、二人の悪魔サイドの参加者と邂逅する。
一人は白衣で髪はボサボサのひょろりと痩せ型の男。もう一人は、ブラッドオレンジのオールバック、鷹のように鋭い眼の男だ。
「ちょうど天使サイドの人がいてくれてよかったよ!」白衣の男はひょうきんな声を出す。
「だな! 倉知さんよ。二対一でいくか!」鷹のような眼の男――伊欲は応える。
「フンッ! 二対一だろうが関係ねぇ。強い奴が勝つ。それだけだ……!」貫崎は強く声を上げる。
「あれ? よく見ると貫崎狼牙じゃない? テニス日本代表の!」倉知が身振り付きで驚く。
「言われてみればたしかにそうだな……」伊欲は顎に手を添える。
「はぁ……。お前ら一般人からすると有名人にでも会ったみたいで嬉しいのかもしれんが、俺からすると面倒でしかないんだ」
獣が威嚇する時のように雰囲気そのものが鋭くなる。
「そっかぁ。まあ僕テニス興味ないから全然いいけどね!」倉知はおどけたように声を出す。
「フンッ! さっさと始めるぞ……!」貫崎は戦闘態勢をとる――。
「《召喚魔法――悪鬼》」倉知は呟く。
地面に魔法陣が現れ、そこから悪鬼が召喚される。二本角の赤鬼で凶悪に光るつり目をしている。右手には金棒を持っている。
伊欲は《魔石》を複数ポケットから取り出す。
「いくぞ! 《毒魔法》《身体強化》……!」貫崎は泥状の毒を両手に溜めて、まずは倉知との距離を詰める。
予想通り、悪鬼が倉知との動線上に立ち塞がる。術者が死ねばおそらく悪鬼も消える、そして術者は積極的に戦うタイプではなさそうだ、という予測を立てる。
「溶かし切ってやるよ!」貫崎は悪鬼に攻撃を仕掛ける。
対して悪鬼は金棒を振り回す。それを素早く躱し〝毒の掌底撃ち〟を放つ。悪鬼の左脇腹に命中し、悪鬼が苦悶の声を上げる。
「うわ! 速いね貫崎さん。流石元プロテニスプレイヤー。伊欲さん援護お願い!」
「あいよ」
伊欲が赤青黄など様々な色の魔石を《風魔法》に乗せ高速で投げ込む。
貫崎は直感的に〝危険〟と判断し、魔石を即座に躱す。魔石は爆音を立てて炸裂する。
「倉知さんよ。連携しながら戦おうぜ。悪鬼は近距離、俺は中距離だ」伊欲が指示する。
「了解で~す」倉知の軽い声が響く。
魔石の投擲攻撃、その合間を縫って悪鬼の攻撃が続く。
「フンッ! ちまちました攻撃してんなよ!」貫崎は一気に伊欲へ突撃する。
「クハハ! 俺とヤリ合う気か。来いよテニスプレイヤー……!」伊欲の瞳が鋭く光る。
伊欲は魔石を高速投擲し炸裂させる。しかし、その炸裂諸共に毒魔法で溶かす。
「むちゃくちゃな魔法だなぁ! おもしれぇ! お前の魔法欲しくなってきたぜ……! 《風魔法――風纏》……!」
伊欲は身体中に吹き荒れる風を纏い、毒の直撃を避けつつ徒手空拳で戦う。
風纏も毒で溶かせるが、伊欲の身体にまで触れることはできなかった。
「フンッ! 近接戦もなかなかだな。だがこの技は防げねぇだろ……! 《毒霧爆散》!」
溶解力を上げた毒霧を伊欲の前で爆散させる。
――次の瞬間、毒霧爆散は〝爆炎と共に〟跳ね返される。
「《魔石放射――赤》……」伊欲が静かに呟く。
直後、後頭部から身体が叩き潰される衝撃が貫崎を襲う。
悪鬼による金棒の振り下ろしだ。
「倉知さんよぉ。ナイスタイミングだぜ。今ので死んじまったか?」伊欲は貫崎を見下ろす。
「いえいえ~。伊欲さんが隙を作ってくれたからだよ!」倉知はひょうきんに答える。
「……勝手に殺すな……。俺はまだピンピンしてるぜ……!」貫崎はゆらりと立ち上がる。
「頑丈だね! でも頭から血はダラダラ出てるし、立ってるのもやっとでしょ?」倉知が煽るように高音で声を上げる。
「『派手頭』お前の石ころは炸裂させるだけじゃなく、手に持つことで『前方』に指向性を持って放出できるのか……」ついさっき受けた攻撃の分析を話す。
「へ~、案外冷静なんだな。もっと本能で戦うタイプと思ってたぜ。それか、頭から血が抜けて上手く思考できるようになったか?」
伊欲は小馬鹿にした口調だが、目は鋭く貫崎を捉えている。
「さて、おしゃべりもこの辺にしよっか。止めを刺せば終わりだ。伊欲さん、どっちが先でも恨みっこなしですよ」倉知はひょうきんだが、確実な殺意を込めた声を出す。
「おいおい……。もう皮算用かよ。いつ俺が負けると決まった……?」
貫崎の右手に持っている紫の毒の色がやや黄緑を混ぜたような色に変色し、ガス状になっていく……。
「倉知、すぐ殺すぞ……!」
伊欲は魔石を複数高速投擲し、悪鬼は魔石の炸裂に構わず金棒で止めの一撃を狙う。
「一秒遅ぇ……!」
貫崎はガスを鼻と口から一気に吸い込む。
身体中に血管が浮き出る。まるで血が躍ってるみてぇだ。
先程とは比較にならない速度のスプリントで〝複数の魔石〟を突っ切る。そのまま爆風を背に受けながら、凄まじい速度で伊欲の前に飛び出る。
「おら、躱してみろよ……!」毒を纏った強烈な殴打を鳩尾に入れる。伊欲の口から鮮血が噴き出る。
そこへ、後ろから悪鬼が金棒を振り下ろす――。
「本命はお前なんだよ……!」血走った目の獣と化した貫崎は、即座にプロテクトを右腕に纏い、金棒を外に弾くようにスイングする……! 悪鬼の全力の振り下ろしを超える力で弾き返され、金棒は弧を描き宙を舞う。
――今の貫崎は毒で自分を極限状態に追い込み、リミッターを外すことで規格外に力を引き上げていた。肉体への尋常ではない負荷と引き換えに――。
そして、毒を纏った連続での打撃が悪鬼の顔面を襲う。最後に顎をフックでぶち抜かれ、悪鬼は意識を失い倒れ、そのまま灰のようにパラパラと消えた……。
「ひぃぃい!」恐怖で倉知が叫ぶ。
「止めて、もう戦えないよ……」既にひょうきんさは無く、涙ながらに訴える。
「そっちから仕掛けておいてそりゃねぇだろ? 俺は今すげぇ楽しいぜ?」貫崎は無慈悲に倉知の心臓に毒をぶち込む。
「……次はお前だな」貫崎は次の〝ターゲット〟へと目を向ける。
「クハハ……お前もう限界だろ? 身体中の血管がはち切れそうだぜ?」伊欲は血を吐きつつ言葉を吐く。
「フンッ! お前こそ毒で死にそうじゃねぇか……」赤く染まった瞳で獲物を捕捉する。
「クハ……。命懸けでいきたいところだが、お前今『倉知の《召喚魔法》』も使えるようになってるだろ……? 流石に勝算低いぜ。離脱する」伊欲は魔石を大量に両手に持つ。
「待てよ……! 逃げる気か?」獣の如く低いスプリント体勢を取る。
「続きは今度だ! 貫崎!」
伊欲は魔石を複数同時に炸裂させ、煙幕のように使用する。
「クソがッ! 待ちやがれ!」
伊欲の方に突っ込むも足元で何かが引っ掛かる。何だ? 〝薄桜色のプロテクトフィールド〟が二つ展開されている。
「あの派手頭、石ころでプロテクトも展開できるのか……。しかも『時間差で罠』として使うか。だがまだ……」と言うと同時に、口から血が大量に吐き出る……。
「《毒魔法――解毒》……」少しずつ毒が身体から消えていく。
「チッ。時間切れか……。次は仕留める……!」貫崎は荒々しい気持ちを心に刻み込む。




