二話 死か生の契約
気がつけば、十字架が無作為に並び、光に包まれた神聖でもあり、ただ、何も無いような砂漠にいた。
そこには三つの影があった。一つは片翼の天使。もう二つは光葵と影慈だ。
片翼の天使が話し始める。
「単刀直入に言う。君達は死にかけている」
淡々とした声だ。
急な話でかつ、見たこともない景色の中で〝天使のような者〟に話しかけられている……。
状況が分からない。影慈の手を掴んで、その後地面に……。
「状況が分からず混乱するのも無理はない。まずは私の話を聞いてくれないか?」
片翼の天使は静かに提案する。
光葵と影慈は頷く。
「私は天使族のメフィという。君達はつい先程ビルから飛び降りて〝半分〟死んでいる。なぜなら、君達が同時に地面に激突した直後に私が『契約の間』に連れてきたからだ。契約の間では時間軸が君達の生きていた空間とは異なる。そのため、まだ死なずにいる。会話ができるのは魂のみを連れて来ているからだ」
影慈が口を開く。
「時間軸が異なるならあまり長くいると、僕達は死ぬということですか?」
「その通り。だから、あまり悠長には話していられない。君達をなぜ契約の間に連れてきたかというと、地球のマナバランスを取る管理者たる存在『バロンス』を決める為の『星の代理戦争』をすることが決まったからだ」
メフィはそのまま話し続ける。
「ちなみにマナというのは、『あらゆる物質、非物質に宿るエネルギー』のことだ。星の代理戦争では人間に代理で戦ってもらうことになる。その為の契約者を探していたという訳だ」
「えーと、つまりその星の代理戦争っていうのに参加する代わりに、契約することで俺達は死なずに済む……ってことですか?」
光葵は話が突飛過ぎ、よく分からないながらも質問する。
「そうだ。だがそれも半分正解といったところだ。君達はすでに半分死んでいる状態だ。だから契約しても生きられるのは一人。突然だが、人間を構成する要素は何か分かるか?」
「肉体と魂ですか?」
影慈が答える。
「うむ。それと心だ。人間は『肉体、心、魂』で構成されている。そのうち君達の肉体は半分死んでいる。心と魂はまだ死んではいないがな。しかし、心と魂だけでは生きることはできない。器となる肉体が必要だからだ。そして契約をする際に『肉体、心、魂に干渉』することが許されている」
「……ということは、半分死んでいる肉体を持つ僕達の肉体を一つに合わせて、そこに心と魂を入れるということですか?」
影慈は天使の提案を理解したような口調だ。
「なかなか頭が回るな。そういうことだ。肉体は器であり重要なものだ。心と魂も半分ずつ入れるような形で安定させる。ただし、肉体を君達のどちらをベースにするかは決めなくてはならない。主となる肉体が決まっていないと安定しない確率が上がるからだ。どうする?」
「どうすると言われてもな……。生き返ったとしても代理戦争に出ないといけないんだろ。影慈はどう思う?」
急な話でかつ、自分の一存では決められないと判断し影慈を見る。
「僕は……正直死にたかった。でも、みっちゃんを巻き込んで死にたくはないんだ。星の代理戦争っていうのはやっぱり命懸けでするものなんですよね? どんな戦いになるんですか?」
「まずは星の代理戦争の説明をしよう。代理戦争は『天使族対悪魔族』で行われる。バロンスをどちらの種族が担うかを懸けた戦いだ。契約者は『十人』ずつ選ばれる。契約を持ち掛けた人間にその天使や悪魔の『固有魔法』や『基礎魔法』を使い戦ってもらう」
「魔法で戦うのか……」
光葵はとんでもないことに巻き込まれている実感が湧いてくる。
「そうだ。また、契約した天使や悪魔は『守護天使』『守護悪魔』と呼ばれる」
「守護天使は何となくイメージできるけど、守護悪魔もいるのか……」
「……説明を続けるぞ。『種族間の勝利条件』は天使サイドか悪魔サイドの全滅。バロンスは勝ち残った者の中から、『最後の審判』で『一名』選定される。審査内容は最後の審判時にバロンスにより決められる」
メフィは光葵と影慈の顔を見る。理解が追い付いているか確認しているようだ。
「また、『バロンスとなるのは守護天使、悪魔』だ。『契約した人間』には地球のマナ管理の補佐や、地球のマナバランスを整える役割を担ってもらう。その為に、今生きている世界の一次元上の存在となり、超常的な力が与えられる。言わば、『世界を変えられる程の力を得る』ことになるだろう」
「地球を……世界を変えられる力……。すごい……」
影慈は圧倒されているようだ。
「敵への勝利条件も伝える。殺害もしくは降伏させることにより勝敗は決する。契約破棄や譲渡もできない。敵に降伏すると代理戦争時の記憶、魔法等の情報も全て消える。」
「敵を降伏させるにはどうすればいいんだ?」
光葵は気になった部分をすぐに尋ねる。
「敵に力の差を分からせる、そして『心から降伏する』と言わせることが必要になる。ただし、一度の戦闘もなく降伏することは許されていない。代理戦争の意味がなくなるからな」
「厳しいですね……。でも代理戦争となると降伏する人ばかりでは結果が偏りますもんね……」
影慈が呟く。
「大体の説明はこんなものだ。どうする? 私と契約してもう一度生きなおすか、それともこのまま死ぬか」
冷淡な声が響く。
数秒の静寂の後――。
「みっちゃん。君さえよければこの契約を受けたいと思う。君を巻き込んで死んでしまったことを僕は後悔している。もちろん主となる肉体はみっちゃんで良い」
「影慈……それは俺のために生きなおしたいってことか? もしそうなら、俺は……」
影慈は言葉を遮るように話し出す。
「みっちゃんがビルに来てくれた時、なんで今来たんだって思ったのと同時に嬉しかったんだ。僕のことを大切に思ってくれる人はいなかった。そんな中、君は僕を追いかけて、ましてや命を懸けて助けようとしてくれた。どれだけ嬉しかったか……。あの時来てくれたことは僕にとっての『運命』だったんじゃないかと思ってる」
「……なんだよそれ。まるで、影慈が死ぬことが既に決まっていて、俺がそこに居合わせたのが『運命』みたいじゃねぇか……。もしそうなら、俺はこの世界を……運命を許せない」
「みっちゃんは優しいね。でもそんな不条理があるのがこの世界だよ。僕だって普通に生きてみたかった。でもそれはできない」
影慈はそう言い、儚げに微笑む。
「……分かった。影慈……じゃあもう一度生きなおそう。この世界は楽しいこともあるんだって知ろう。代理戦争に参加するって条件はあるけど、それでもいい……俺と一緒にもう一度生きなおしてくれ!」
思わず泣きそうになりながら声を張り上げる。
「みっちゃん……ありがとう。僕のことを大切に思ってくれて。僕のことを見てくれて……」
メフィが問う。
「では、どうする? 契約するか……?」
「……ああ、契約してくれ!」光葵が叫ぶ。
「契約する……」影慈は伏し目がちに呟く。
「契約成立だ。これからよろしく頼む……」
メフィは静かに口角を上げる。