十九話 可憐な少女の誘い
その頃、美鈴と志之崎は一緒に逃げ延びていた。
「香阪さん死んじゃったのかな……?」美鈴は照りつける太陽を見上げながら呟く。
「守護センサーだけでは分からないが、あの性格では降伏してないかもしれんな」
「そっか……」太陽の光を反射してかキラキラと美鈴の瞳が輝いている。
「……美鈴は戦いが不安か?」志之崎は静かに尋ねる。
「戦いは怖い……けど、負けるつもりはないよ」幼いながらも芯のある目で答える。
志之崎はその様子を見て、安心感と共に〝護るべき存在〟なのではないか。そう感じた。
「美鈴、これからも一緒に行動するか?」
「うん、美鈴はそのつもりだよ」当たり前のことを答えている口調だ。
「……美鈴は平日に小学校に行っているだろう。学校内では戦闘が起こる可能性は低いと思う。ただ、登下校や土日など行動をしている間は危険度が上がると思う」
「そうかもしれないね」美鈴は志之崎の方に身体ごと、くるりと向き直る。
「俺は普段旅館に泊まってるんだ。洲台市に来たのも旅の途中で寄ったようなものだからな。今までは転々と旅館を変えていたのだが、一つの場所にいるようにするよ。もし合流したい時はそこに来てくれればいい。まあ、メッセージで連絡してくれてもいいがな」
「そうだったんだね……。ねえ、シノさん。シノさんさえよければ、うちで暮らさない?」
美鈴の問いに思わず立ち止まる。
「一緒にいれる時間を増やしたいとは思ったが、美鈴の家に厄介になる訳には……」
話している途中で美鈴が話し始める。
「大丈夫だよ! お家にはメイドのアンナさんがいるだけだし! お部屋もたくさん空いてるよ!」明るい声で話す。
「……聞いていいことか分からないが、家族はいないのか?」志之崎は遠慮気味に質問する。
「……そうなんだ……パパとママは二年前に死んじゃって。今はアンナさんと二人で暮らしてるの」美鈴は悲しげな表情を浮かべ呟く。
「そうだったんだな……すまない、無礼なことを聞いた」
「ううん、いいよ。で、どうする? 一緒に暮らす? 美鈴はシノさんが一緒の方がいいな!」年相応にくしゃっと笑う。
「……そうだな。一緒にいれる時間を増やそうと思えば、それがいいかもしれないな」
「やったぁ! じゃあ、早速お家行こう! アンナさんにも紹介したいし」
美鈴はそう言いながら志之崎の背中を押して進んでいく。
「美鈴、旅館に服を取りに戻りたい。あと、美鈴の服も綺麗にしておくべきだろう」
「そうだね。服の汚れ取れるかな……?」美鈴は自分の服を見回す。
そんな話をしながら、旅館に寄って服を整えた後、美鈴の家へ向かう――。
美鈴家へ到着する。庭があり白地の壁面が美しく家自体も大きい。一言で表すなら豪邸だ。
「ただいま! アンナさん!」美鈴は元気よく玄関に入っていく。
「お邪魔します……」志之崎は少し緊張しながら後に続く。
「お帰りなさいませ。美鈴さん」金髪碧眼の真面目そうな女性が出迎えてくれる。メイド服を着ており、年は二十代前半に見える。
「アンナさん! この人、志之崎刀護さん! 美鈴はシノさんって呼んでるんだ! 仲良くなったから、一緒に暮らしたいんだけどいい?」まるで、仔犬を拾ってきた子どものようだ。
「ええっ! 一緒に暮らしたいのですか……?」
「うん!」美鈴は元気よく答える。
「ええっと……、この方とはどういうご関係でしょうか?」アンナは困惑気味に尋ねる。
「う~ん、友達! すごくいい人だよ!」美鈴は相変わらずのテンションで返す。
「そうですか……。玄関先でのお話というのも失礼ですし、客間へご案内致します」
「すみません。お邪魔します」志之崎は案内に従う。
「美鈴さんは、お部屋でお寛ぎくださいませ。私はこの方と少しお話させて頂きたいです」
「分かった! お部屋にいるね!」美鈴はトテトテと二階へ上がっていく。
「それでは改めまして、アンナと申します。美鈴様のメイドをさせて頂いております」
「志之崎刀護です。今は武者修行の途中で洲台市に寄っています」
「武者修行ですか! 見た目もそうですけど、お侍さんみたいですね」純粋に驚いた様子だ。
「家が志之崎流剣術の宗家なのです。免許皆伝したことを機に旅に出ています」
「そうなのですね。申し上げにくいのですが、美鈴様とはどういったご関係でしょうか?」
「美鈴さんも言っていたように友人です。と言っても、年も離れていますし、年上の知り合いと言った方がしっくりくるかもしれません」できる限り冷静に返答する。
「そうですか。ちなみに、今回なぜこの家で暮らすということになったのでしょうか?」
「……美鈴さんと知り合った際に、旅をしており旅館を転々としている話をしたんです。その時に『ぜひ、一緒に過ごしたい』と言われまして。最初は断ったのですが、最終的に今のように同行させてもらったのです」我ながら、苦しい言い訳をしている気分だ。
「なるほど……。美鈴様の生い立ちは聞かれましたか?」
「……二年前に両親が死んだ、と聞いています」
「そこまで話していらっしゃるのですね。美鈴様にとって非常に大きな出来事ですから……」
「……」志之崎は思わず黙り込む。
「美鈴様は九歳……。まだ小さな子どもです。今でこそ明るく振る舞っておられますが、ご両親が亡くなって一年程は心が無くなったように塞ぎ込んでいました。今でも信頼できる人でないと寄り付くことはありません。そんな美鈴様があなたと暮らしたいと望むのであれば、私としては叶えてあげたいと思っています。あなたの実際のお気持ちはどうなのですか?」
「美鈴さんと過ごすことは楽しいです。それに護りたいとも思ってます」思わず言葉になる。
「護る……ですか?」アンナは驚いて目を丸くする。
「彼女はどこか不安定で儚いところがあります。そんな彼女を護りたいのです」
「ふふふ。そんな風に美鈴様のことを想ってくださっていたのですね。分かりました。こちらこそ、これからよろしくお願い致します」
アンナは安心したような声で丁寧にお辞儀をする。
――こうして、志之崎の居候生活が始まるのだった。