十四話 獣のような男
頂川と環、三人でチームを組んでから五日が経った。修行は順調だ。
そして、連続殺人事件も漆原との戦闘以降起こっていない。このまま何も起こらなければいい……そう願う。
光葵はいつもの修行場所に向かう。その途中で守護センサーが反応した。どっちサイドの参加者だ? もしくは頂川達か……?
近づいてくる――そこに見えたのは、スキンヘッドで身長が二メートルはあると思われる、獣のような危険な雰囲気を纏う男だった。年齢は三十歳程だろうか。思わず圧倒される。
「おいお前……天使サイドだろ?」一言その男が話しかけてくる。
「お、おう。そうだ。あんたは一人か?」男は天使サイドだと守護センサーが知覚させる。
「そうだ。まあ、そもそも誰かと組むつもりもないけどな」男は淡々と答える。
「え? 組むつもりがないのか? 代理戦争は複数人が戦うものだ。チームを組んで戦う方が勝率はかなり上がると思うけど」光葵は思わず不思議そうな声で尋ねる。
「フンッ! 雑魚が増えても戦いにくくなるだけだ……」
「たしかにあんた強そうだもんな」
直感的に感じる。この人は仲間にしておく方がいい。
「聞きたいんだけど、雑魚じゃなかったらチーム組んでくれるのか?」
「……俺の足を引っ張らない奴だったらな……」獣のような眼光が鋭く光る。
「この辺りは人通りが少ない。もう少し広い所に移動して、一度手合わせしてくれないか?」
「……構わないが、手加減はしないぜ」
人の滅多に来ない広場にて。
「じゃあ、ヤラせてもらう。勝利条件はどうする?」光葵が尋ねる。
「勝利条件なんてもんはない……俺を満足させられるかどうか。それだけだ」
「そうか、分かりやすくて助かるよ」
あくまで、自分の方が格上って感じだな……。
「《身体強化×プロテクトフィジカル》……」
まずは、相手の出方を見るために身体全体にプロテクトを纏わせて戦う。この男はどんな魔法を使うんだ……?
「……来ないならこちらから行くぞ。《身体強化》」男は短く言葉にする。
見ているだけで分かる。とんでもない身体能力と闘争心を持っている……。
男が突撃してくる。凄まじい敏捷性だ。でも、ここはあえて引かない……!
男のワンツーを躱す。一撃もらうだけでも致命傷になりそうだ。そのくらいの気迫がある。
「躱してばかりでは勝負にならんぞ」
男のパンチからの組み立てで廻し蹴り、膝蹴りが放たれる。
光葵はパンチと廻し蹴りは防御しつつ、膝蹴りは躱す。そして、肘打ちを脇腹に打ち込む。
「ガッ! 武術経験者か?」
男は一瞬唸り声を上げるも、すぐに息を整える。
「空手をしている」短く返す。
「そうか……分かった。ここからは固有魔法も使いながら戦わせてもらう」
男の両手から不気味な〝紫の泥状〟の何かが溢れてくる。滴り落ちる紫の泥はアスファルトを溶かしている。
「やけに不気味な魔法だな。毒魔法か?」
「そうだ。《毒魔法》だ。触れるとそれなりにダメージが出るぞ」ドスの利いた返答がある。
〝それなり〟と口では言っているが、明らかに危険な物だと身体が警鐘を鳴らす。
「こちらも固有魔法を使わせてもらう」そう言い互いにじりじりと距離を詰める。
光葵が先手を打ち、氷の矢を放つ。それを男は躱し、毒の泥を光葵目掛けて〝広範囲〟に振り撒く。
光葵は毒の泥が当たらない位置に下がる。地面が溶ける音が聞こえてくる。あんなもん当たればプロテクト魔法も溶かしそうだな……。
(みっちゃん。氷魔法主体で戦う方が相性いいと思う。氷を纏うこととかできそう?)影慈の声が聞こえてくる。
(プロテクト魔法みたいに身体全体は難しいが、部分的ならできそうだ。やってみる!)
「《氷魔法――アイスグローブ》……!」自分の魔法だからか、冷たさはさほど感じない。
「行くぞ!」光葵は再度詰め寄る。ただし、毒を防ぐために氷魔法を主に使いながらだ。
飛んでくる毒に対して、氷壁を創出したり、氷弾を撃ち込み相殺する。
「フンッ! やるな……」男は最短距離で俺の位置に来るために氷壁を一瞬で溶かす。
毒の強度も変えられるのか。にしてもすごい溶解力だな。近づかれ過ぎると危険だ。手を上げる動作と共に地面から複数の氷の槍を創出する。
「色んな芸当ができるんだなぁ!」そう言いながら、男は構わず槍を蹴散らし向かってくる。
右腕の振りが見える。また毒を振り撒く気か……そう思った直後、男は左手に溜めていた毒を〝霧状〟にして噴射してきた。
思わぬ攻撃に防御が遅れる……。まずい、毒を吸ってしまった。目、鼻、喉が焼けるように痛い。右手の毒の攻撃までもらうと致命的だ……。
氷壁で自分を囲むか……? いや、その壁をも溶かして攻撃してくるだろう。だったら――。
緊急回避――自分の足元から氷柱を三メートル高速で創出する。結果、カタパルトのように打ち上げられる。この数秒の時間が欲しかった……。
「今度は大道芸か? 下りて来た所を狩ってやるよ……!」男の声だけが聞こえる。
狩れるもんなら狩ってみろ……! 空中にいる間、目に手を当て急速で《回復魔法》による目の治療を進める。相手はおそらく目が見えないと思っている。その隙を衝く。
――回復完了。男の挙動が確認できる。右手で俺の顔を狙っている。あいつ殺す気か……?
だが関係ない。光葵は身を捻じり男の右手を躱し、後頭部にアイスグローブによる体重を乗せた一撃を叩き込む。
男が数メートル吹き飛ぶ。光葵は受け身をとり、何とか着地し男を見る。
気絶しているのではないかと思っていたが、ゆらりと立ち上がっているのが目に入る。
「お前……強いな。強ぇ奴は好きだぜ……」男はゆらゆらとこちらに近づいてくる。
「まだやるのか?」真っ直ぐな声で伝える。
「いや、十分お前の強さは分かった。チームを組もうぜ……」
相変わらず獲物を見る獣のような目だ。だが、少し友好的になっている様子が伺える。
「おう! 俺もあんたと組めれば心強い」
――ふと思い出す。「今、別で二人の参加者と組んでるんだ。そこに加わる形になるけどよかったか?」
「あ? 聞いてねぇぞ! ……まあいい。そいつらはどんな奴らなんだ?」
「説明してもいいんだけど、近くにいると思うから今から紹介してもいいか?」
「……分かった。直に見た方が早いだろうしな」
――そして、いつもの修行場所に向かう。既に頂川と環は修行をしていた。
「ごめん、今日は色々あって、修行来るの遅くなった。実は仲間が一人増えそうなんだ」
「おう! 日下部。その人か?」頂川が見上げながら話す。
「こんにちは! 日下部さんともう一人の方!」環は今日も明るい挨拶をする。
「コイツらだな。お前が言ってた仲間ってのは」男は相変わらず、獣のような威圧感だ。
不意に頂川が大きな声を出す。「あれ? あんたテニス日本代表だった貫崎狼牙さんじゃない?」
「……そうだ」貫崎はどこか面倒くさそうな返答をする。
「え~! すげぇな! 本物だぜ!」頂川はテンションが上がっている。
「貫崎さんっていう名前だったんだな。俺は日下部光葵です」
正直、テニス日本代表だった人とは思ってなかったので驚いている。ただ、貫崎の反応からして〝有名人〟のような接し方をされるのは嫌なんだろうと思い淡々と済ませた。
「私は環繁葉です!」環も同様の考えから、短く挨拶をしたようだ。
「俺は頂川剛一だ! 貫崎さん、よろしくお願いします!」頂川は興奮を抑えきれていない。
「……日下部、コイツらは強いのか?」獣のような目が俺を捉える。
「強いですよ。それぞれに得意分野があるので、全員戦闘が強いという訳じゃないけど」
「そうか……」貫崎は頂川と環を値踏みするように見る……。「まあいい。俺も組もう」
「そっか! よかった! これからよろしくお願いします」光葵は胸を撫で下ろす。
「だが、俺が組むに値しないと思った時点で抜けるからな」脅しではなく、実際に行動に移すということが目から伝わってくる。
「分かった。そうならないことを信じます」光葵は貫崎に笑顔を向ける。「あと、今から修行しようと思ってるんだけど、貫崎さんもどう?」
「俺がそういうのに参加する柄と思うか……?」やや苛立った口調で返答がある。
「柄とかじゃなくて、お互いの戦い方を知る為にも必要と思う」真っ直ぐ目を見つめる。
「フンッ! まあいい。戦い方が分かってなくて足引っ張られるのも御免だしな」
「はは。理由はともかく一緒に修行できるのは助かる!」
その日から三日間貫崎も交えて修行を行った――。