十三話 孤独な戦い
夜の公園にて、一対二の戦いが今にも始まりそうになっていた。
一人なのは真面目なサラリーマン風の男――結城常選だ。
結城に二人の男女が話しかけている。
金髪にピンクメッシュの入った派手な女。そして、ブラッドオレンジのオールバック、鷹のように鋭い眼光を持つ背の高い三十代後半の男だ。
「天使サイドだね? 悪いけど二対一でヤラせてもらうから」
女の言葉には殺意を感じる。
「クハハ。香阪さんよ、そんなはっきり言ってやるなよ。ビビッて逃げ出したらどうすんだ?」
男はふざけて言ってるのではなく、シンプルにそう思っている口振りだ。
「伊欲さん。あんたの方がビビらせてるように聞こえるけど?」
「ははは。随分な言われようですね。必ずしも人数差が勝敗に影響するとは限りませんよ?」
結城はメガネを人差し指で上げながら、冷静な声色で返答する。
「キャハハハ! あんた勝つ自信あるって感じ? まあ、ヤリ合えばすぐ分かることだけど」
そう言い《貫通魔法》が撃ち込まれる。
結城は《風魔法》で身体を浮かせ高速移動で躱す。
「へ~! 速いね」
香阪は更に連射で貫通魔法を撃ち込んでくる。
「おいおい、俺も混ぜろよ」
伊欲は突っ込んでくる。
伊欲は近接戦タイプなのか……? だがどちらにせよ、この〝弾幕〟を何とかするのが先だ。まず潰すべきは香阪だ。高速移動しながら風の刃を香阪に無数に放つ。
「ハッ! そんなちゃちな攻撃じゃあたしの貫通魔法は止められないよ!」
貫通魔法を三連で撃ち込まれ風の刃は霧散してしまう。
「だからよ、俺も混ぜろって!」
伊欲が何かを投げつけてくる。
赤や青、黄などのキラキラと輝く石が複数飛んでくる。綺麗だ……だが危険な気配を感じる。
すぐにプロテクトを張る。次の瞬間、輝く石は〝炸裂〟し衝撃と共に結城を吹き飛ばした。
「がはっ……! 不思議な魔法を使うんだな……憶測に過ぎないが、『魔法を溜めておける石を作る』固有魔法か……?」
結城は口調が荒れていくのを自分でも感じる。
「お、もう分析し始めてるのか。でも言わねぇよ。言っちまうとこっちが不利だろ?」
「しゃべってる暇あると思ってんの?」
香阪の貫通魔法がさらに複数放たれる。
長期戦は不利だ、早めに片を付ける。二人を近くに誘導し広範囲の〝竜巻〟で同時にダメージを与えてやる。
「私も余裕がある訳ではない……。だが、負ける気もない……!」
結城は高速移動で貫通魔法を躱しつつ、伊欲に向かって風の刃と風の弾丸を撃ち込む。
「危ねぇなぁ!」
伊欲は魔法の石を投げて爆破で相殺し、自分のもとに来た風の弾丸は躱す。
ちっ、爆破で風の弾丸の速度が落ちたか……。だが位置取りは狙い通り。
「《風魔法――トルネード》! ハァァアアア!」
結城の叫びと共に大きな竜巻が発生する。
伊欲と香阪は巻き込まれていく。これで両者にダメージを与えたら計画通りだ……!
竜巻が止む。しかし、そこには二人の姿があった。
「痛っいわね……!」
香阪は貫通魔法で威力を殺したのか、身体中に傷こそ負っているがまだ戦える様子だ。元々、露出の多い服装だったこともあり、服が所々はだけて艶めかしい印象を受ける。
「やるなぁ。『プロテクト石』四つも使っちまったぜ」
伊欲は香阪よりも傷は少なそうだ。
「はは……防いだか。だが私は選ばれた者だ! あなた達程度すぐに倒して次の舞台へ行く!」
「キャハハハ! おっさん、何かキャラ変わってるじゃん。痛々しい中年はさっさと退場して……!」
香阪は笑みを浮かべながらも殺意の宿る瞳で言葉を放つ。
刹那――伊欲の素早い投擲で後ろと上の動線、香阪の貫通魔法で左右の動線を塞がれる。
「直線に動線を絞り、魔法の出力勝負に持ち込むか。面白い、来い!」
結城はマナを溜める。
一気に香阪が貫通魔法を撃ち込みながら突っ込んでくる――。
「高出力の魔法で迎え撃ってやる……! 《風魔法――圧縮空気砲》……!」
公園に爆音が複数回響く……。
そして、目の前には狂気に駆られた目をする香阪がいた。
「やるなぁ……! だがまだ……!」
すると、結城の戦う意志を嘲笑うように予想外のことが起きた。
香阪を押し退けて伊欲が躍り込んだのだ。
そして、結城の左胸に拳を突き立てた。
――爆ぜる音……炎が結城の目の前を舞う。そのまま意識は暗転する。
ドサッ! 結城の身体が地面に墜ちる。
――身体や衣服、飛び散った血液等が灰のようになり最後は存在そのものが消えていった。正確には〝マナレベルまで分解〟されて世界の、地球のマナの輪廻へと還っていった――。
「おい、あんた! どういうつもりだ?」
怒りで顔を引きつらせて香阪は詰め寄る。
「あ? 敵を倒しただけだよ」
伊欲は当たり前のことを言っているだけという物言いだ。
「違ぇよ! なんであたしを押し退けて止めを刺したんだって聞いてんだよ! あたしが殺せるタイミングだっただろ!」
今にも伊欲を殺しかねない程の気迫だ。
「あ~、だからだよ。お前に殺されたらコイツの魔法奪えなかっただろ? 俺はコイツの魔法が欲しかった。だからお前を押し退けて殺した。なんか悪いか?」
「……あんた、周りのこと何にも考えないタイプか?」
香阪は怒りつつも、やや唖然とし尋ねる。
「クハハ! お前も同種だとは思うけどな……」
――少し間を置き、伊欲は言葉を紡ぐ。
「俺は欲深いんだよ……! 欲しいと思ったものは何が何でも手に入れる。人間なら誰もが持つ感情だと思うけどなぁ。その強弱があるだけでよ」
伊欲は両手を広げ、自身の思想を率直に語る。
「キャハハ! まあ、そこには同意できる。あんた強欲なんだな……ただ、あたしの獲物目の前で掻っ攫われたのには腹が立つ」
香阪は蛇のように睨みを利かせる。
「まあ、そうだわな。俺は構わないぜ。今手に入った《風魔法》の試し撃ちもしてぇしな!」
数秒の静寂が流れる。
「はぁ……まあ悪魔サイド同士で争ってもメリット無いしね。今回はあんたにしてやられたと思っておくよ。そん代わり、二度とあんたとは組まない。あと今度ムカつくことしたら、殺すから」
嘘一つ混じっていないストレートな言葉だ。
「クハハッ! オーケー。肝に銘じておくよ」
そう言い、伊欲は去っていく……。
「伊欲渇斗今回のことは忘れない……」
一人公園に残った香阪は唇を噛む。
そのまま香阪は家路につこうとしていた。すると、守護センサーが反応する――。
伊欲が戻ってきやがったのか……? いやその可能性は低いか。だとしたら……。
数十秒後、不思議な組み合わせの二人に出会う。
一人は十歳にもなっていない程の少女。もう一人は見るからに〝侍〟だ。
「あんた達は悪魔サイドみたいだね。それにしても変な二人組だね」
香阪が興味深げに聞く。
「お姉ちゃん、変って何が?」
少女は純朴な顔で尋ねる。
「可愛いお嬢ちゃんとお侍さんのコンビだからだよ」
香阪は屈んで少女と目を合わせる。
「えへへ、ありがとう。お姉ちゃんボロボロだけど大丈夫?」
少女が心配そうな顔をする。
「あ~、さっきまで戦ってたからね」
香阪は少し考える……そして言葉に出す。
「もしよければ、あたしもチームに入れてくんない? 一人で戦うのは心細いしさ」
「う~ん。『シノさん』はどう思う?」
少女は迷った様子で〝侍〟の方を見る。
「俺は構わない。仲間は多い方が勝率も上がるだろう」
侍は、美鈴に目を合わせ、静かに返答する。
「シノさんがいいなら美鈴もいいよ!」
明るい声が上がる。
「よかった。じゃあ、三人でチームを組もう。あたしは香阪麗巳。お嬢ちゃんは?」
「美鈴は、小鳥遊美鈴だよ。で、こっちの人が志之崎刀護さん!」
なぜか、志之崎の紹介まで行う。
「志之崎だから、『シノさん』なのか。よろしく、シノさん!」
香阪が明るめの声を出す。
「……よろしく頼む」
志之崎は何か言いたげな顔をしつつもそれ以上何も言わなかった――。