十一話 初共闘
翌日、頂川にも昨日起きたことの詳細を伝え、引き続き男を捜索することとなった。
「連続殺人犯らしき奴の特徴も教えてもらったし、探して回るか!」
頂川が気合を入れる。
「そうだな。早いところ見つけ出そう。これ以上殺人なんて起こさせたくない……!」
――俺達の決意とは裏腹にあの男の足取りは掴めないまま五日が経過してしまった。その間にも被害者は増えている。被害の合計は七件。被害者は十五人にまで増えていた。また、凶器は全て異なるという情報もあった――。
◇◇◇
六日目。
夕方、人通りの少ない路地を頂川と歩いていると守護センサーが反応した。
「近くに参加者がいるみたいだ。頂川注意しながら行こう……」
光葵は頂川に注意を促す。
反応のある方向へ歩いていく。
大通りに出た所で〝奴〟に出会った。正確には〝奴ら〟だ。
「やっと出逢えたね! 逢えて嬉しいよ!」
爽やかな笑顔と共に透き通る声が聞こえる。
その声を聞き〝異常な嫌悪感〟を感じる。
「あれ? 君は嬉しくないのかな? きっと僕のことを探してくれてるものだと思ってたよ」
まるで恋愛漫画にでも出てくるような台詞をさらっと吐き出す。
「ああ、俺も嬉しいよ……。嬉し過ぎて反吐が出そうだぜ」
光葵は怒りで顔を引きつらせる。
「あはは! 随分なご挨拶だね」
「おい、日下部。こいつお前が言ってた……」
頂川の顔に緊張が走る。
「そうだ。連続殺人犯……かもしれない奴だ……」
急に隣にいた、中肉中背の四十代程の男が話し出す。
「連続殺人犯? 漆原君それってどういうこと?」
焦って脂汗をかいている。
「何のことだろうね? 最近ニュースで話題だから、警戒心が高いだけなんじゃないかな? 気にしないでいいと思うよ平田さん」
まるで嘘は一切言っていないという口振りだ。
「だよね。びっくりしたよ……」
漆原の言葉を聞き、平田は安堵した様子を見せる。
――守護センサーは〝二人分〟の悪魔サイドを感知している。つまり、目の前にいる〝お人好し〟と顔に書いてある平田という男も悪魔サイドの参加者ということだ……。
「お前も俺のこと探してたんだよな? この前の報復ってとこか?」
光葵は睨みを利かせ尋ねる。
「いやいや、そんな怖い言い方しないでよ。あくまで代理戦争のために戦うだけだよ。まあ、戦わないといけないルールだから、どのみちではあるけどね……」
軽薄な物言いだ……。
「本当は二対一で戦いたかったんだけどね……」
漆原は頂川の方を見る。
「残念だったな。こっちも二人だぜ」
頂川はギラついた目で答える。
「じゃあ、平田さん『作戦通り』にいこう!」
「オーケー。《氷魔法――氷の矢》……!」
平田は手を前にかざし《氷魔法》で創出した矢を複数飛ばしてくる。
それらを光葵と頂川は躱す。
その隙を狙い、漆原が〝サプレッサー付の自動拳銃〟で撃ってくる。
――前に手榴弾を使っていたから、もしかしたらと思って頂川にも共有しておいたが、マジで〝そんなもん〟まで持ってやがるのか……!
銃撃モーションから予測し、何とかプロテクトで防ぐ。
いくら目視で、ある程度予測できたとしても、防ぎ切れるかどうか怪しいな……。
「頂川! 《身体強化》で能力上げとけ! 拳銃で攻められたら厄介だ!」
「おう! もうやってんぜ! それに……俺は迅いぜ! 《雷魔法――雷纏》……!」
頂川の身体中から雷が迸る。
身体能力を引き上げた頂川がジグザグに漆原へ迫る。
「平田さん! 守って!」
即座に、漆原が平田に向け声を出す。
「分かってます。《氷魔法――氷槍》!」
手を上げる動きと共に、氷の槍が複数地面から創出され行く手を阻む。
「チッ! うぜぇおっさんだな」
頂川は舌打ちをしながら平田を見据える。
「なっ! まだおっさんじゃありません」
平田は〝円盤型の氷のカッター〟も飛ばしてくる。
頂川は雷を纏った手で叩き壊していく。
「意外と脆いんだな。このままぶち抜いてやるぜ」
「……頂川! 氷は厚みを変えやすい。油断するな」と影慈から聞いた意見を、そのまま伝える。
「おう!」
頂川は突っ込んでいく。光葵も続く――そして二人で一気に距離を詰めていく。
「うわ~! ヤバい!」漆原の声が聞こえる……。
ん? 何だこの違和感は……?
咄嗟に下に目を遣る。するとそこには、手榴弾を運ぶ泥人形が三体いた。
マズい……! プロテクトを展開して頂川も包み込む。
――爆音が響く――。
「ありゃ~直撃だね。どうなったかな?」
漆原の軽い声が聞こえる。
「悪ぃ、日下部……」
頂川がやや小さな声を出す。
「大丈夫だ。あいつらの戦い方はなんとなく分かってきたな……」
広範囲にプロテクトを張ったため無傷とはいかないが、大きなダメージにはならなかった。
「お! 防いだか」
漆原はどことなく楽しげな声だ。
「お前の声は耳障りなんだ。それも含めてお前の戦闘スキルって奴なのかもしれないけどな」
光葵は怒りをそのまま吐き出す。
「日下部……俺すげぇ戦いにくいんだけどさ……なんとかできねぇか?」
「そうだよな頂川、ちょっと相談してみるわ」――。
(影慈、主人格交代して頂川のサポートできるか? 俺と頂川は近接戦が得意で相性が悪い)
(オーケー、みっちゃん。僕もあいつらの戦い方は何となく分かったし、やってみるよ)
――〝主人格交代〟瞳が琥珀色から陰のある黒へと変わる。
「金髪君、僕が君のサポートをするよ。だから、思い切って戦って! その代わり、トリッキーな攻撃が多いと思うから十分気を付けて」
一瞬、頂川がぽかんとする。
「おう! キャラチェンな! いいと思うぜ!」
頂川は親指を立てる。
「じゃあ、改めて行くぜ日下部! 《雷魔法――雷槍》……!」
頂川は雷で作った槍を投げつけながら、突っ込む。
平田が分厚い氷壁で防ぐ。雷槍との接触時に轟音が響く。
「ひっ……」
平田が怯えた声を上げる。
「隙あり」
漆原が拳銃で頂川を撃とうとする。
その前に影慈は《炎の弾丸》を放つ。
「危なっ!」
漆原が躱す。
「君の攻撃は僕が全て墜とす」
影慈の瞳は漆原を捉えている。
平田の前には目をギラつかせた頂川がいる。
「さあ、ヤリ合おうぜ!」
ガタガタと震えながらも、平田は魔法を出す構えを取る。
「遅ぇよ!」
氷魔法が発動する前に平田の顔に、頂川の雷を纏った拳がめり込む。
平田はそのまま奥の壁にぶつかり、壁にヒビを入れている。
「平田さん……!」
漆原が焦った声を出す。
「君の相手は僕だよ《合成魔法》《火炎魔法×風魔法――炎刃》!」
炎に風の速力を乗せた影慈の一撃が漆原を襲う。
「ハァァアアア!」
漆原は全力と思われるプロテクト魔法で防ごうとする。
しかし、影慈が集中して練り上げた炎刃はプロテクト魔法を打ち破り、漆原の両腕から上半身にかけて炎の刃を刻み込む。
呻き声とも何とも聞き取れない声が大通りに響き渡る。
十秒ほど経ち「ハァハァ……」と漆原の荒い息遣いが聞こえる。
その後、思わぬ大声が聞こえる。
「平田ァァアアア! まだくたばってねェだろ! もうすぐだ……もうすぐで『溜め』が終わる。なんとか食い止めろォォオオ!」
大声に気を取られていた影慈と頂川だったが、すぐに平田の方へ目を移す。
平田は頭から血を流しながらも〝その目は死んでいなかった〟――。
「ついにですか……。最後の力で食い止めます。あなたの最強の魔法を見せてください……」
〝何かまだある〟そう判断した影慈達は漆原へ攻撃を仕掛ける。
しかし、氷壁で阻まれる。
「邪魔だおっさん!」
頂川の雷撃が平田に直撃する。
しかし、平田は動きを止めず影慈の方へ氷弾を放つ。
影慈はプロテクト魔法で氷弾を弾く。
そしてあることに気づく。嘘だろ――。
平田の足元の土が盛り上がっていることに。そして中身が時限式の爆弾であることに――。
「金髪君、すぐプロテクト! おっちゃんもできるならプロテクト張って!」
影慈が言い終わると同時に爆弾が爆発する。
凄まじい衝撃が発生する――。
◇◇◇
どれくらいの時間が経ったのかも分からない。
だが、自分が生きていることは何とか分かった。身体中に痛みを感じたからだ。
「大丈夫か? 日下部のおかげで助かった。あの野郎、爆弾仕掛けてやがったのか。しかも、仲間の足元に……」
頂川は信じられない気持ちと怒りを混じらせた声だ。
「うん…………。あ、そうだおっちゃんは……?」
すると、平田の唸り声が聞こえてくる。
よかった生きてる……。
「おい、おっさん。あいつ仲間じゃなかったのか?」
頂川が倒れている、平田に問いかける。
約十秒後。
「……ぐ、うぅぅ。漆原君は……最初から……このつもりで……?」
平田は未だに自分の身に起こったことが信じられていないようだ。
「…………君達、僕も一緒にプロテクトで守ってくれたよね……? 最初信じられなかったけど、君達の顔を見てたら何となく分かったよ。ぐぅ……多分僕はもう死ぬ。君達どちらかに『降伏』するよ。どっちがいいかな?」
平田は死を悟ったような顔で影慈達を見上げる。
「おい、おっさんまだ諦めんのは早いぜ」
頂川がニヤリと笑みを浮かべる。
「えっ?」
平田がきょとんとした顔をする。
「こっちには回復のプロがいるんだよ。なあ、治せそうか?」
頂川は、影慈の方に顔を向ける。
「もう……プロとかじゃないよ。でも、今すぐ《回復魔法》を使えば助かるかもしれない。とりあえず回復します」
影慈は魔法の準備を始める。
「いやいや、でもそんなことして、もし僕が攻撃とかしたら……」
「おっさんの顔見てたらそんな奴じゃねぇって分かるよ。それに、俺らまだ動けるしな」
「あはは、君達みたいな子と組みたかったよ……。申し訳ないけど、回復お願いできる?」
「大丈夫です。もう準備してます」
そう言い、平田、頂川、影慈の順に回復していく。
「平田さん、漆原って人のこと分かる範囲でいいんで教えてもらえませんか?」
影慈は丁寧な口調で尋ねる。
「君達は彼を探してたみたいだもんね。名前は漆原怜。真面目そうな子に見えて気を許してたけど、演技だったみたいだね。あ、ごめんね。知ってることはそれくらいだなぁ」
「そうですか。分かりました。ありがとうございます」
影慈は軽く頭を下げる。
「いえいえ、こちらこそ回復ありがとう。……で、どちらに降伏すればいいかな? 僕は全力で戦ったうえで負けを認めているし、多分降伏も通ると思うけど」
平田は真面目な表情だ。
「日下部のおかげで助かったようなもんだ。『固有魔法の奪取権』はお前が持つべきだ」
頂川は真っ直ぐに影慈を見る。
「……金髪君がそう言ってくれるなら。平田さん……」
「ああ。日下部君、君に降伏するよ」――。
◇◇◇
その瞬間、意識が……いや、肉体、心、魂が〝別の次元〟に飛んで行ったような感覚になる。
目の前に広がるのは〝宇宙のような所〟。
そして、選択肢が用意されている。倒した相手の持っている固有魔法の種類だ。
平田は誰も倒していないから固有魔法の選択肢は一つしかなかった。
《氷魔法》を選びたい、そう念じると光に包み込まれ、〝元いた世界〟に戻ってきた。
◇◇◇
「日下部、もう終わったのか? 一秒も経ってないけど」
驚いた様子で頂川が顔を覗き込む。
「あ、そうなんだ。固有魔法を選ぶ場所は、時間軸が今いる世界とは違うのかもね」
影慈は推測込みで返答する。
「う~ん? 何か難しいこと言ってるな……」
頂川は頭を捻る。
「あはは、説明するのも難しいようなことだから気にしないで」
影慈は微笑みかける。
そういえば、〝あの場所〟から戻ってきてから〝マナの知覚度〟が上がってる気がする。
なんというか、自分の中を巡るエネルギーや、その辺にある石ころからもエネルギーの存在を知覚できてるような……そんな感覚がある。
そして、潜在マナの一部が解放されているようだ。顕在マナの総量が上がっている。
「痛た……ん? なんで僕こんな所で寝てるんだ……」
平田がむくりと起き上がる。
影慈は平田が代理戦争を降りたから〝記憶やマナなどに関する情報〟が消えたのだと気づく。
「ついさっきあなたを見つけたんですよ。道端で寝てると危ないですよ」
影慈は優しく声をかける。
「そうだったんだね。すみません。というか、僕服ボロボロですね。君達もだけど大丈夫?」
平田は自分の服と影慈達の服を見る。
「僕らはさっき喧嘩してたもので……ははは。もう夜ですしお互い帰った方がいいですね」
「そうですね。そうします」
そう言い、平田は帰っていった。
「僕らも帰ろうか」
頂川の方に顔を向ける。
「おう。でもあのゲス野郎、仲間を囮に爆撃して自分は逃げるとか漢のすることじゃねぇな」
頂川は怒りを顔に出す。
「そうだね。同感だよ……」
影慈の放った魔法はかなりのマナを込めたものだった。
実際、漆原は両腕と上半身の前面に相当な熱傷を負っていた……。
仮に回復魔法が使えないなら、少なくとも数週間はまともに動けないだろう。
これで連続殺人が止まってくれればいいんだけど――。