一話 スベテの始まり……
今作のリメイクを執筆しています(完結済です)
「【Another】星の代理戦争~Twin Survive~」という名前です。
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よろしければ、リメイクの方が最新版となっていますので、そちらをご覧くださいませ。
――月明りが嫌味なほど、白い夜のこと。
日下部光葵の目の前で、夜月影慈はビルの屋上から飛び降りようとしていた。
「なんで今……?」
光葵は震える声で影慈に尋ねる。
「……みっちゃん。君にこんなことを言うのは決して許されないことだと思う。なんで今、自殺しようと思ったかというと、みっちゃん……君と出会ってしまったからなんだ……」
あの日、光葵の選択が違えば、影慈は死を選ばずに済んだのだろうか――。
◇◇◇
「お兄ちゃんもうすぐ着くよ」
少女の声が聞こえる。
「ふあぁ」
光葵は呑気なあくびをしながら目を覚ます。
「お兄ちゃんは電車に乗るとすぐ寝るよね!」
小柄で黒髪のツインテール、琥珀色で目の大きな少女――妹の若菜が笑いかける。
「すまんな、また転勤が決まってしまって。折角慣れたクラスの子達とも離れ離れになってしまっただろう?」
真面目そうに父が話しかける。
「全然大丈夫だよお父さん。友達はまた作ればいいし。それに洲台市は小学三年生の時まで暮らしてた街だから、知り合いの子に会えるの楽しみにしてるくらい!」
若菜は笑顔で答える。
「若菜はいい子ね~」
母が嬉しそうに笑う。
◇◇◇
光葵は高校二年生、若菜は中学三年生になる。
父の転勤がちょうど四月に合わせたものだったため、クラス替えが行われたタイミングでの入学だ。
「お兄ちゃん、途中まで道同じだし一緒に行こう!」
若菜に話しかけられる。
「そうだな。初登校で緊張するし、話しながら一緒に行こうか」
光葵は笑顔で答える。
「行ってきます!」
二人で元気よく家を出た。
光葵のクラスに着く。
「今日から転校生が来てます。日下部君前に来て自己紹介してくれる?」と先生に呼ばれる。
「日下部光葵といいます。小さい頃から空手をしてます! みんなと仲良くなりたいと思ってるので、よろしくお願いします!」
拍手が起こる。歓迎されているようで嬉しい。
オリエンテーションがあり、授業が始まる。
そして、あっという間に休み時間となった。
誰かに話しかけたいな、そう思っていると、赤い髪が非常に目立つ女子が近づいてきた。
「光葵! 久しぶり!」
正直面食らった。こんな派手な女子の知り合いはいないぞ。
赤い髪というだけでも派手だが、目鼻立ちが整っており髪に負けないくらい華やかな印象だ。
「え~と、どちら様ですかね?」
少し申し訳なさそうに聞いてみる。
「え~、忘れるなんて酷いよ! 南城朱音だよ!」
明るい返答がある。
「ん? 朱音? あの小学校一緒だった?」
驚いた顔のままで聞き返す。
「そうそう。その朱音だよ!」
朱音はケラケラと笑う。
「髪色どうしたんだ? 昔は黒色じゃなかったか?」
「染めたわけじゃないよ。自然となってたんだよ!」
朱音から真面目そうな顔で返答がある。
「嘘つけ!」
すぐに、ツッコミを入れる。
◇◇◇
授業は滞りなく終わり、朱音と一緒に帰ることとなった。
「そういえば、自己紹介の時に言ってたけど空手続けてるんだね。帯何色になったの?」
朱音が身を乗り出し、興味深げに尋ねる。
「実は、少し前に黒帯に上がったんだ。系列の道場が洲台市にあるから空手は続ける予定!」
「すごい! 昔から頑張ってたもんね。かっこいいじゃん」
朱音も嬉しそうに微笑む。
「じゃあ、私こっちだから」
朱音が声を出し、そこで別れた。
「少し街をうろついて帰るか……」
歩き回っていると、だんだんと人通りの少ない道に出た。
「そろそろ帰るか……」そう呟いた直後、「金用意しろつっただろ!」という怒号が聞こえた。
見てみると、路地裏で一人の同年代の少年相手に、四人の不良が絡んでいた。
「おい! 何やってんだ!」
光葵は咄嗟に叫ぶ。
不良達は同時にこちらを向く。
「あ? なんだテメェ。文句でもあんのか?」
不良のリーダーらしき男が威圧してくる。
「文句以前の問題だよ。一人相手に四人で金せびるとかダサ過ぎだろ……」
「……このアホなヒーロー気取りボコれ」
光葵は、指示されて近づいてくる、一人の不良のパンチを躱しつつ、顔面を打ち抜く。
不良達もそんな展開になるとは思っていなかったのか、驚いた様子が伝わってくる。
そのまま一気に走り込み、不良のリーダーらしき男に勢いを殺さないままの前蹴りを入れる。
その男は数メートル奥へと吹っ飛ぶ。
「まだやるか?」
光葵は短く問いかける。
数秒の静寂の後。
「い、いえ。もうやらないです……」
不良の一人が答える。
「俺はお前らみたいな奴らが大嫌いだ。今みたいなことは二度とするなよ。もししていることが分かればこの程度じゃ済ませない」
刃のように言葉を刺す。
「あんた大丈夫か?」
光葵は顔を腫らした少年に問いかける。
「大丈夫です……。ありがとうございます」
伏し目がちに返答がある。
顔を見た途端に、不思議と懐かしさが込み上げてくる。
特徴的なクルクルとした黒髪の天然パーマで、少し陰のある瞳。
「もしかしてだけど、夜月影慈?」
少年はきょとんとした後。
「え? みっちゃん?」
驚きと嬉しさの混じった顔をする。
「お~! やっぱり影慈だ。久しぶり! 実はつい最近、洲台市に帰ってきてたんだ!」
影慈はパッと顔が明るくなったかと思うと、すぐに暗い顔をする。
「いやぁ、でもなんか、すごく恥ずかしいところを見られたな……」
「そんなことない。というか、あいつらが完全に悪い! こんなことよくあるのか?」
「いや、あいつら以外は大丈夫だよ。ありがとね……」
小さな声が返ってくる。
「分かった。もし何かあったら言ってくれよ。一緒に途中まで帰ろう」
そう言って光葵は、昔話や家族と変わりなくにぎやかに過ごしていることなどを話す。
影慈からはあまり話はなく、時折笑いながら聞いてくれた。
◇◇◇
次の日も若菜と一緒に途中まで登校した。
若菜は「幼馴染の子が中学にいて、早速カフェに行っておしゃべりしてきた」と楽しそうに話していた。
この日は、それ以降特に何もなかった。
昨日に影慈が絡まれていた路地裏も見に行ったが誰もいなかった。
◇◇◇
五日後。
光葵はルーティンの夜のランニングに行っていた。
すると思いもよらぬ光景が目に映る。
月明りに照らされた、影慈のような人影がふらふらと廃ビルに入っていったのだ。
つい気になり、後をつける。
気が付くと屋上まで上がっていた。とりあえず、様子を伺う。
すると、その人影は屋上のフェンスを乗り越え今にも飛び降りそうになっていた……。
「待ってくれ!」
光葵は叫ぶ。
人影は驚いてすぐに振り返る。
そこで分かる……。やはり人影の正体は影慈だと……。
「何してるんだ、影慈! 危ないぞ」
光葵は、焦って身体を震わせながらも、なんとか声を振り絞る。
「みっちゃんか。はは……なんで今会っちゃうかなぁ」
影慈は、諦めとも呆れとも取れる反応をする。
「どうしてそんなことをしてるんだ? 話してくれるだけでいい。聞かせてくれ」
懇願するように伝える。
「それ以上は近づかないで!」
影慈が叫ぶ。
静寂の後。
「……僕も誰かに聞いて欲しかったことだから、みっちゃんが聞いてくれるなら聞いてもらおうかな……」
影慈がこちらを見据える瞳に光はなかった。
「僕の家、みっちゃんが知ってる頃とは全然違うんだ。お母さんが事故で死んじゃって、お父さんはおかしくなっていった。だんだん酒に依存するようになった……。そして、僕に暴言や暴力を振るうようになったんだ」
そう言い、服をめくると数メートル離れていても分かるくらい酷い青あざが複数見えた。
影慈の瞳が月明りを反射しゆらゆらと輝いている。
「酷い目に何度も遭ってきた。何とか死なずに、生きてこられたんだけどね……」
ここで言葉が唐突に途切れる。
光葵も涙を浮かべながら黙って待つ。
「なんで今……?」
光葵は震える声で影慈に尋ねる。
「…………みっちゃん。君にこんなことを言うのは決して許されないことだと思う。なんで今、自殺しようと思ったかというと、みっちゃん……君と出会ってしまったからなんだ……」
「なっ、なんで……」
思わぬ返答に思考がフリーズする。
「前にさ、不良に目をつけられて酷い目に遭ったって言ったよね。僕は何とかしたかった。でもずっとできなかった。そんな時にみっちゃんが帰ってきて、あっさりと不良達から僕を解放してくれた。感謝と同時に『とてつもない無力感』に襲われたんだ……」
影慈は一呼吸置いて言葉を紡ぐ。
「絶対にみっちゃんは悪くない。でも僕の心を折るには十分だった……。それにやっぱり人の家庭のこと聞いてると、自分の家庭が異常で理不尽な目に遭ってることもすぐ分かってしまう……。ありがとう。こんな僕の話を聞いてくれて……」
そのまま影慈はフェンスから手を離し落ちていく――。
瞬間、光葵は今まで出したこともない雄叫びを上げながら走り込む。
間に合ってくれ。その一心で飛び込む。
しかし、無情にも影慈の手を握れたのは、重力による加速で、身体が飛んでいきそうになる感覚と共にであった――。