第2章 第1話 ☆南野は極める?☆彡
原案・テーマ:Arisa
storyteller:Hikari
ターミナル駅から各駅停車でふた駅目。
派手な広告が並ぶ改札を抜けて、商店街を十分も歩けば、街は表情を変える。
駅前のギラついていたネオンが遠くなり、白熱灯のぬくもりに置き換わっていく。
すれ違う人の歩幅も、心なしかゆっくりに見える、と不思議な感覚に陥る。
通いなれた道を元気に闊歩しながら路地を曲がると、のれんの影に提灯の明かりがぼんやり浮かぶ。
『和創ダイニング・桜桃香』って女将の娘の名前らしい。
名は派手だが、外観は妙に落ち着いていて、そのギャップがまた南野極のお気に入りだった。
だいたい老舗割烹の流れをくむこの店、大衆風にと板長が言ったことをきっかけにリニューアルした。
といっても店名だけ。
昔ながらの客も訪れる知る人ぞ知る老舗だが、流行病の流れもあって客層はがらりと変わっている。
一枚板の10隻足らずのカウンター。和座敷は4人掛けが2ボックス。奥座敷もひとつある。
南野にすればどうでもよい情報だ。カウンターの袋小路、ふたつだけ並ぶ椅子の壁際にしか座らない。
独りでふらりと来るせいか、板長も女将もいつの間にかそこを案内するようになった。
もちろん、最初の頃から好んで座っていたのが原因であるのは間違いがない。
この店に通って20年か。ってリニューアルしてすぐからだ。
当時は、常連の風当たりも強く足が遠のいていたが、結局は戻ってきている。
おかげで年齢不詳の南野は面倒な目にも合っている。
何せ45歳設定できていたのが、見かけ、髭が増えた以外は何も変わっていない。
「いらっしゃいませ~、あれ?またお一人ですか?」
給仕係の――胡桃沢きらりが笑顔とともにおちゃらけた声を掛けてくれる。
カラコンに睫毛バサバサ、ピンク系のメイクが夜でも映える。
どこか夜の蝶っぽい風情がありつつ、接客は妙に素朴で、愛嬌たっぷり。
「きらり、今日もまぶしいなぁ……目が、っていうか心がやられそうだよ」
「は~いはい、それ、今月3回目のセクハラね?お通し持ってくる間に反省しといてくださ~い」
はぐらかすようで、実はあたたかい。
この掛け合いが好きでついつい今日も暖簾をくぐってしまうのだった。
「いらっしゃい…お変わりなさ過ぎて心配になりますよ」
と板長がカウンター越しに声を掛けてくれる。
彼の笑顔も人を引き寄せている。
「そうかい?」
「髭でごまかしていますけど、全く年取りませんよね」
(それはしかたあるまい。西暦並みに生きているのだから…)
極は、頬をポリポリとかきながら苦笑で応えた。
◇◇◆◇◇◇◇
「今日は何をいただこうかな…」
極は、板長に苦笑しながら答えた。
「お好みによりますが、『鯛のあら』などいかがですか?」
神という生き物は便利にできている部分がある。
必要な年齢で身体の老化を止めることができる。
ただし、できるのは一度だけだ。選択を間違えれば、色々と問題が生まれる。
神もまた永遠の命を持っている生き物ではない。
肉体には休息というオーバーホールが要る。
時の中で劣化した部分を回復させる間、魂は、その肉体に留まることができない。
その間、身体はその世界で休息をとり、魂は別の世界で別の経験を積む。おおむね人間界で休息することが多いのだが…何よりも神に限らない。ほかの世界の命もこの世界に来ている。
そのサイクルを繰り返すことで、神は長い時間を生きている。ただそれだけに過ぎない。
何度、繰り返そうとも、何万回、繰り返そうとも死なないわけではない。
本来の肉体が消滅、涅槃を迎えると消えてしまう。魂はさらに高位の世界に行くとき、その魂が刻んだ刻の、記憶の多くは消えていく。ただ、肉体に宿る魄がそれぞれの世界で、その空気の中に残っていく。
その世界に残った記憶のかけらが、細胞を通じて、新たな神を生み出すこともある。
同じ名前の神が世界のいたるところにいる理由の一つはそんなところかもしれない。
ただ、この男の場合は違う。何の気なしに、気まぐれで乗った宝船。その舵取りをしていた頃、少し若くて、茶目っ気があって、やんちゃだったために、本来の神々の住まう世界に戻れなくなっただけだ。同乗していた六柱ともども…。
最近思い出すことも減った恵比寿の顔が浮かんだせいだろうか、そんなことを思うのは。
そういえば、いまはどこで何をしているのか気になる。
いつの間にか散り散りになった面々の顔を思い出しながら。
――極は小さく頷きいた。
「いいな。それに合う酒も頼めるか?」
「かしこまりました」
板長は静かに頭を下げた。
入れ替わるようにきらりがつきだしを持ってきた。
「機嫌いいの?」
「機嫌は…悪いことがないな」
「…そうなんだ」
「まぁ、俺的にだけど。何か機嫌が悪くなることでも?」
一瞬だけ、混ざった寂しそうな表情を見逃さすに訊ねてしまった。
うっかりとしていた。人と関わっても深くは関わらない。それが矜持だったのに。
そして、辨財天との約束だった。
神たるもの人に平等であれ。転生で訪れている世界ではないのだから、と釘を刺されている。
「えっ…と」
さすがに、きらりも一瞬固まった。
他人のことには我関せずの男のその質問に。どきどきとする。
盆を抱えたまま、きらりのまつ毛が小さく震えた。
夜の蝶のような派手なカラコンが、ほんの一瞬だけ影を落とす。
(しまった。踏み込み過ぎた……か)
極は掌で髭を撫で、ごまかすように微笑した。
きらりはすぐに笑顔を作り直し、頭を下げる。
「お飲み物、すぐお持ちしますね」
踵を返す背中に、かすかな戸惑いと覚悟が混ざっている。
…注文、聞いてなかったよな?
動揺の色が濃く出すぎているきらりの背を見送り、板長へと視線を向けた。
その視線に気づくというよりは、見ていたのだろう。小さく板長が頷いた。
きっとほかの客は気づいていないだろう。自分たちの話で。
きらりがすぐに戻れないのを知ってか板長が日本酒をグラスに入れて出してくれた。
「お供えで」
「…何もいいことないだろうに」と極みは苦笑する。
この店に来るのもそろそろ潮時かもしれない。人は老い消えていくのだから。
極は、グラスを取り上げ、静かに自分の影を覗き込んだ。
南野極は45。髭だけ増やし、二十年同じ顔のまま。変化の術とかそういう便利なものがあればいいのに。
残念なことに、35歳で設定したつもりの顔は、日本では45歳くらいのようだ。
当時、年齢あてみたいなことをした結果の平均によればだが…
(35…そう言っておくべきだったかな…あれほど人の懐に深入りしないと決めていたのに――
…ま、いいさ。福の行方を追うには、縁を結ぶのも仕事…ということで納得してくれるかな)
酒が喉を落ちた瞬間、ほんのりとした苦味が胸に滲んだ。
普段はスルーしていたことを、なぜ気に留めたのだろう。
極みバックヤードでぱたぱたと何かをしているきらりを眺めながら見間違いではないことを受け入れた。
彼女の周りをうろつく黒い球体。通常は見えないものだろう。あれは、悪魔と呼ばれる塊。
いくつか集えば悪魔になるだろう。その…闇の欠片だった。
誰が放ったのかも知らない。けれど、確かにそれは、闇のかけらだった。
平和な時間が続くと……。
さて…次の夜風は、何を運んで来るだろう。
投稿基準のため、少しラッシュで上げます。苦笑。
ご意見、ご要望あればうれしいです。
アイデアは随時…物語に加えていければと考えています。
※誤字脱字の報告・?の連絡ありがとうございます。
慌て者につきご容赦いただけるとゆっくりですが成長していきます。