☆大黒…沸騰する!☆彡
原案・テーマ:Arisa
storyteller:Hikari
修羅は、言っておくべきことはいいましたよ。と言わんばかりにふ~っと息を吐いた。
少しの沈黙の時間が訪れる。
香澄は、修羅をじっと見たまま思案していた。
意識していなくても、どこかで意識ているのだろうか。
正直、煎餅一枚で相手を信用できるほど心は素直ではない。それだけは自覚している。
それでも、心の奥で何かがざわついていた。
「結局、話すかどうかを決めるのは…」
香澄がぽつりとこぼす。
修羅はその言葉を受け取るように、静かに告げた。
「うん。君自身だよ」
修羅は静かに告げるように言葉を送り出した。
「もしかして……話すことが、もう決まってるってこと?」
修羅は冷めきった珈琲を一口含み、目線を合わせる。
「決まっているかどうかは、君の中にしか答えは……でもね……」
ほんの少し言葉を間を置いてから、続ける。
「人は、『話したい』って思うときより、『聞いてほしい』って思ったときに…」
修羅は言葉を区切った。
自分に向けられている視線の一つ一つ確認するように相手を見ていく。
誰もが不安を抱えている。自分が発した言葉が相手の何かを変える可能性があるのだから当たり前だ。
美音は、たまたま居合わせて話を聞くことになった。
南斗は、巻き込まれてきているから、この際、おいておくとして。
香澄は、自分で気付くべきことがある。
「思ったときに…?」
「……誰かを探し始めるのかもしれないね」
香澄の表情が、わずかに揺れた。
香澄のなかにある名もつかない感情が、少しだけ形をとりはじめている。
でも、まだ言葉にはならない。
修羅はそれ以上は言わず、静かに椅子の背に体を預けた。
最後に決めるのは、あくまでもその人自身、自分で決めるべきだと優しいまなざしを添えて言っている。
これだけは、誰にも譲れない真実だった。
沈黙のなかで、香澄はほんの少しだけ、息を吸い込んだ。
自分の中で燻っていたものが、うっすらと言葉になりはじめる感覚。
それは、煙のように曖昧で、でも確かに熱を持っていた。
ふと、視線の端に映った南斗が、不安げにこちらを見ていた。
じっと見つめ返すと、彼は目を逸らさず、まっすぐに受け止めようとしていた。
……この子は、ただ知りたいだけ……なんだ。
ふと、南斗は修羅の言葉の中からそう感じ取っていた。
修羅が気軽に話そうとした言葉を止めたのは、香澄が気付くべき事柄があるからだった。
その答えは、修羅が持っているわけでも、南斗が持っているわけでもない。
聞くのが怖い。それが当たり前なのだろう。
誰かの人生に、気軽に踏み込んでいいわけではない。
そのことを美音は言ってくれていた。お気楽な遊びではない…と。
南斗は、短くため息を、静かに、周りに気付かれないようにこぼした。
彼女が、香澄が求めているのは、何かの正解が欲しいんじゃない。
自分の中に起きている「わからない気持ち」を整理したいだけ。
もしかしたら…誰かの言葉で触れてみたいだけなのかもしれない。
「……聞いてくれる?」
香澄は口を開いた。
それは、思ったよりもずっと落ち着いた声だった。
「力になれると良いんだけど…」
南斗は微笑んでみた。
「ありがとう…」
香澄は、まっすぐに南斗の瞳を見た。
南斗が小さく息をのんだのが分かった。
「さっきのその人が…」と言って香澄は修羅の方を見た。名前を知らない。
修羅は、苦笑して、手で「続けて」と示した。
「…整理がついていなかっただけかもしれないけど…」
言葉を区切って、香澄は一度だけ目を閉じた。
それから、まっすぐに南斗を見つめた。
「それでも…いいかな? ちゃんと」
一瞬、南斗の瞳に驚きと、安堵と、わずかな覚悟が混ざった光が宿った。
「ありがとう……香澄さん」
その一言は、香澄のなかで何かがほどけるような、柔らかい余韻を残した。
修羅は、ふっと柔らかな笑みを残して、バックヤードへと消えていった。
…わ~…任せて行ったよね…
美音は苦笑しながらその背を目で追った。
「あとは任せたよ」とでも言いたげな、優しい空気だけを残して。
「全部が正しいわけじゃないのよ。お爺ちゃんから聞いた話だから――」
香澄は湯呑を両手で包むようにして、じっと見つめた。
かすかに手が震えていたけれど、それが怒りなのか、悔しさなのか、あるいは別の感情なのか。
美音には判断がつかなかった。ただ、苦しさだけが漏れて伝わってくる。
「社会福祉法人ってさ、なんだか"いいことしてます"感があるでしょ?」
明るくそえられた笑顔が南斗の胸に突き刺さった。
「でも設立って、実はそんなにきれいな話じゃないんだって…」
何から話すのがいいのか迷い迷い、香澄は言葉をこぼしていく。
「…思ってるより面倒くさいし、クセも強い、3Kらしいし」
美音が目を丸くするのを見て、香澄はぷっと笑った。
いまさらだけど死語のような言葉『3K』。きつい・汚い・危険は社会福祉の現場でもよくつかわれている。最近では、感謝・希望・感動と使われることも増え、ジェネレーションギャップも生まれている。
美音の落ち着いた様子からすれば、悪い意味でつかわれていた時代だろう。
「最初に必要になるのは、土地建物。資本金みたいな“基本財産”ってやつなんだって。でも借金じゃダメ。国は『自前で用意してね、寄付とかで』って建前を押しつけてくるらしいけど……ちゃんと抜け道あって…これらが不正の温床になるみたい」
香澄は、お茶を口に運んだ。
修羅のせいで頭が余計に混乱している気がする。
それなのに、順序だてて話せていることが腹立たしく思えてしまう。
「それだけ揃えて、ようやく『やっていいよ』って許可が出るんだけど…」
「…途中で悪いんだけど、めちゃくちゃ簡単に法人格得られた?」
南斗が素朴に呟いた。
「ふふ。いろいろと割愛しているから」
香澄は楽しそうに笑った。実際、大変だということはわかっていても、その実務量は半端なく多い。何度も役所にって調整を必要とする。政令指定都市もしくは都道府県の首長の許可を得たら、厚労省での確認を得て認可される。
「真面目にするほどに、ばかを見るよね」
香澄はクスッと笑った。元気に走り回っていたな…そういえば、と。
「でも、認可が取れたら、そこに群がるハイエナもいる。乗っ取てしまうえばいいんだから」
香澄の目に殺気の光が顔を出す。
ギュッと握りしめた拳を、美音は手でそっと包み込んだ。
彼女になるのは怒りでも何でもないようだ。口惜しさ。その一言に尽きそうだ。
「作るのが大変なら…あとは騙せばいい…ということね」
美音は、香澄を、背からそっと抱きしめた。
そのぬくもりに、香澄の緊張が解けたように涙がこぼれた。
静かに零れ落ちた雫は、抱きしめる美音の手に、手の甲に落ちて弾けた、
それを素直に美しいと南斗は感じていた。
事情のすべてを聞く必要がない。そう直感が告げている。
「南斗…」
美音の呟きに香澄は南斗を見た。
誰だろう。初めてあった人が、人目もはばからず、とめどめもなく涙を流している。
イケオジなのに、ちょっと汚いのが笑える。でも嬉しかった。
「真実って、誰かの犠牲の上にだけあるのかな――」
香澄がぽつりと呟いたその言葉に、誰もすぐには答えられなかった。
「絶対に…絶対にそんなことはない」
その力強い言い方に、香澄はぷっと噴き出した。
南斗がキョロキョロと周りを見ると、南斗の声に視線を向けていた人たちまでも笑い出した。
基本的に 火曜日更新ののんびり進んでいきます。
今回はつまり気味になっているの臨時掲載です。
ご意見、ご要望あればうれしいです。
アイデアは随時…物語に加えていければと考えています。
※誤字脱字の報告・?の連絡ありがとうございます。
慌て者につきご容赦いただけるとゆっくりですが成長していきます。