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恋せぬ神々…福、きたらず?! ~神さまだって恋したいんです!  作者: 麒麟
第1章 ☆彡 南に輝く星あれば~
3/18

☆涙は…返らず…☆彡

原案・テーマ:Arisa

「あっ…」

香澄は固まった。

完全に忘れていた。

「後で聞きに来ますね」と水を渡してそれきりだった。

美音が「ん?」という表情で振り返っていた。

そして、察して苦笑いを浮かべながら、元居た席にあんみつを置いた。

香澄もキョロキョロと辺りを見回してから、それに続いた。ちょこんと隣の席に置いた。

そのあんみつの横に修羅が紅茶をそっと添える。

そこに添えられる笑みは温かい。不思議な人だ。中性的な印象を与える人だ。

「駄目ですよ。修羅。怒られますよ」

美音は、苦笑をしながら自分の席に着いた。

何も考えずに、雰囲気で相手の懐に飛び込んでくる。

中性的な印象が警戒心を和らげてしまうのは相手の問題とはいえ気は使ってほしい。

…無理か。


ときを少し巻き戻して――

「へぇ、豆もびっくりするんだ……」

香澄が素直に感心したように呟くと、修羅はにっと笑った。

「そう。だから甘くするタイミングが肝なんだよ」

香澄を見たのは一瞬だけ。すぐに視線は鍋へと戻る。ツンな対応。

「丁寧に段階を踏んで、優しく馴染ませる…なんか、人生にも似てるよね」

「……うわ、ちょっと名言っぽいこと言った?」

美音が茶化すと、修羅は少し照れくさそうに鼻先を搔いた。

大人な分だけに照れくささが際立つ。

「言ったね~…でも……」

香澄も言いながら、ふと自分の胸に手を置いた。

思い出すのはさっきの早口な語り――勢いに任せて、美音に思いの丈をぶつけてしまったこと。


思い出すとどうしても重い気持ちになる。

どれほど楽しい時間があっても、そこに在る悔しさは消えてくれない。

人は簡単に裏切る。甘い言葉で近付き、騙すことを平然とする。

ソイツは、地域コープ病院の理事をしている。「懇願されて仕方なしにしてやっている」と口にする。

同じ医療生協の病院で理事を務める人がその人の能力を高く評価しているらしい。

古参の言葉にそれを信じる素直さが魅力ではあるが、それを裏切ることを平然とするやつもいる。

香澄なりに調べてみたが、医療生協を立ち上げるには、実はけっこうハードルが高い。

『住民のための医療』を掲げるだけあって、まず必要なのは地域の仲間。

一定数の出資者=組合員を集めないといけないし、しかもその数が少なくない。

さらに、診療所を開設するには医師や看護師などの体制を整える必要がある。

建物や設備の基準もあるから、家賃だけじゃ済まない出費がどんと来る。

国や自治体への申請書類も山盛りで『地域のために』という熱意だけでは乗り越えられない場面も多い。

ざっくり言うと、『思い』と『仕組み』と『お金』と『人』の四拍子が揃う必要がある。

そうして、ようやくスタートラインに立てる感じ。

病院だから地域に歓迎されると思われそうだが、実際はそうではない。経ってからも反対がある。

この地域コープ病院も同じだ。前身であった病院は地域から移動する必要が生まれた。

労働者と経営者の対立もあり、地域労組が仲持ちをする事態にまで発展したらしい。

その頃の対立軸は、当たり前だが移動時には一新される。

そして、それも過去の遺物になる。

その時の大変さを語る前に金儲けだけを考える人で埋め尽くされていくとき…様々な問題が発生する。

すこし以前にコロナという流行病があった。

世界規模での感染症は、様々な変化を世界へともたらした。

例外なく、この国にも様々な影と闇を落とした。

その闇のひとつが補助金や助成金の類になる。

詐欺として扱われる行為も頻発していた。

芝山壽夫もその片棒を担いでいた。本人はそのつもりもないのだろう。

当たり前のように成果として語っている。

それが働く人たちにとってどれほど無礼なのかも考えられずに、政権批判する割には、その制度に乗って補助金や助成金を取る。批判をするのならその制度に乗らなければいいのにと思ってしまう。

その時点で気付くべきだったのかもしれない。

こいつは詐欺師だ…と。


「大丈夫?」

美音は香澄の顔を覗き込んだ。

少し顔色が青い。

「あ…はい」

気丈だと思う。言葉の一つ一つを丁寧に返していく。

周りを必死に観ようとしている感がすこし痛々しい。

流れが悪くて、まだ修羅には話せていない。

…というよりも、自分で何とかしてあげたくなってきている。

私がすれば…助けてくれるだろうか…修羅は…。

美音は、鍋を温かいまなざしで見守る修羅を見た。

この人に助けないという選択肢はないだろう。そんな気持ちになる。

「でも…?」

修羅は呟くように香澄に続きを促した。

「あ…、確かにそうかも。急に甘くされても、人だって…頭も態度も……固くなる…?」

「それは、気のせいかもね」

「えっ……?」

「丁寧に真摯に接して誤るようなことはないよ。」

「………」

「だとすれば、最初から、その豆も…その人も、最初からフェイクだったんだよ」

修羅がその時に零した笑みは寂しそうだった。

「さて、と出来上がりだ」

修羅は二ッと笑った。


「どうぞ」

修羅は、美音の前に新しいコーヒーを置いた。

さっき美音のために入れられた珈琲はカウンターの内側に戻され、修羅が飲んでいる。

それにしても…

ふと視線の先に南斗の姿が目に入る。

観葉植物の陰からチラリとこちらを伺う姿は、どう見ても挙動不審。

「……あの人、何してるんですか?」

香澄が小声で美音に問う。

「うーん、自己防衛? 見られたくなかったんじゃない? 私とかに」

「?……知り合いなんですよね?」

「うん、まあ……昔の顔馴染みみたいなもの」

美音はどこか遠くを見るように言う。

その横顔には、わずかに懐かしさと、少しの呆れが混じっている。

「でも、あんなに筋肉質でオシャレなおじさんいるんですね」

「えっ……? ホントに?」

美音は、南斗の方を一瞬見て、香澄を見直した。

見方を変えれば、あの爺も格好良い方になるのか。本当の年齢を聞いたら…やっぱり驚くだろう。

「イケオジ…レオンとかにモデルで出ていても驚かないですよ」

「………」

そういえば、メンズ雑誌を眺めるのが趣味だった。

「仁王様みたいですよね」

「ん~…まぁ…なるほど…見えなくは、ないか……」

美音は苦笑をした。よりによって別の仏の名前があがる。結構シャイな部分もあったはずだけど…。

「そうかな? ありがとう…」

「えっ?」

美音と香澄が声の方をみると、ほぼ真後ろに南斗が意を決したような顔で立っている。

音もなく近付くあたりはどこの忍び?と聞きたくなる。この体躯で俊敏とは…。

一歩間違えれば痴漢!と振り向きざまに頬を平手打ちされてもおかしくない距離だ。

「……あの、ん!…お久しぶりです」

…この爺さま、私の名前を忘れているな……まぁ変なことを言うよりはましだけど。

南斗の声は微妙に震えていた。

「…出てきたのね」

美音はため息をついたあと、ほんの少しだけ口元をほころばせる。

「いやぁ~、まぁ、その…ねぇ?」

「久しぶり、大黒南斗さん。ていうか、なんでそんなに隠れてたの?」

「…だって…こういうとき、どう声かけていいかわからなくて…」

「福の神なら、堂々としてなさいっての」

修羅がくくっと笑い、香澄もつられて微笑む。

(えっ…?)

香澄は南斗の顔を二度見した。そんなわけない。と否定する。

それに神さまであったとしても…福よりは……

「まぁ…入ってきた瞬間に間違いだって顔してたしね」

「…完全に甘味処だと思ってたんだ…みつ豆モードだったし」

「そのみつ豆モードのまま、珈琲飲んでいけば?」

「……そうするじゃなくて、俺にも…」

「相変わらず? …あんこ好きだね」

南斗は、香澄の横の席にグラスを置き、修羅を見てハッとする。

後退りをして、戻ってきたばかりの島とぶつかり「すみま…」と言いかけて、またハッとする。

「ど、何処かでお会いしましたっけ?」

南斗は修羅に尋ねた。

「初対面ですね」

即答での返し。それに間違いない。と言わんばかりの流れだ。

「あっ……なるほど」

『?』をいくつか頭の上に浮かべ、何度もうなずきながら、南斗は、香澄の隣の席に座った。

ようやく空いている席に…多少強引だが……

ふ~と大きく息を、静かに、長く吐き出してから天井を仰ぎ見た。

見てから気持ちを落ち着け、美音の方をちらりと見る。

少しの緊張がある。かつての仲間…いまも敵ではないけれど…

かつて置き去りにした時間の、その続きを――一杯の珈琲とともに、少しだけ取り戻せる気がした。

何も考えずに楽しく過ごした時間が思い出される。

グラスの水の中で氷が静かに鳴った。

「良かったね、思い出して」

不意に修羅が美音に声をかけた。

「えっ?…あ!、あんこ」

「……あんこ、ですか?」

南斗が、申し訳なさそうに頬をかいていた。

「俺、結構好きなんです。あんこ」

美音は一瞬目を丸くし、そして……ようやく笑みを浮かべた。

「修羅くん、こちらにもサービスしてあげて」

「もちろん」

修羅はあんみつの準備を始め、後ろを通る島に「甘味処じゃないけど」と苦笑されていた。


香澄は、賑やかな輪の真ん中で流れていく話に耳を傾けていた。

他愛もない話が流れている。別に話する必要など無いような話が絡んでいく。

その中心にあるのは小豆の話だ。

どこの小豆がお勧めだの、煮詰め方は…変な人たちだ。でも、不思議な人たち。

この穏やかな空気感に安心する。誰かを憎んでいるのが莫迦らしくさえ思えた。

香澄は、カップを両手で抱えるように持ち口へと運んだ。

「あ、食べる?」

南斗は、ショルダー帆布バッグから、覗いている煎餅の小袋を取りカウンターへと置いた。

香澄は苦笑いしながら、そのひとつを手に取り「ありがとうございます」とぺこりと頭を下げた。

その温もりに…なぜか涙がこぼれた。

基本的に木曜日更新ののんびり進んでいきます。

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