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恋せぬ神々…福、きたらず?! ~神さまだって恋したいんです!  作者: 麒麟
第1章 ☆彡 南に輝く星あれば~
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☆事件ですが…なにか?☆彡

原案・テーマ:Azusa

香澄は一気にまくしたてたせいか、美音のグラスを手に一気に喉を潤した。

その忘却無人さに天罰を下そうかと美音は考え、「まてまて」と自分をたしなめる。

それにしても修羅は遅い。電話を掛けに行った島も戻ってこない。

そもそも話を聞き終わったので、することがなくて困っている。

とりあえず、読みかけの小説の続きを読もうか、と考えて香澄の方を見る。

聞くんじゃなかった…それが素直な感想になった。


◇◆◇◇◇◇◇

新旧入り乱れる建物群の下町の中でぽつんと浮かぶように建つ喫茶店あいらんど――

その暖簾をくぐろうと、一人の男が立ち止まる。

「おかしいな……甘味処って聞いたんだけどな」

ボソッとため息を吐きながらふと考える。口の中には完全にみつ豆モード、と。

丸い腹と、ほんのりと陽気さをまとった大柄なその男は、ためらいながらも扉を開けた。

カランコロン――ドアの鈴が鳴った瞬間、珈琲豆を挽く低い音が重なる。

(ここ、甘味処じゃ……ない…)

再確認するように息を吸い込んでみる。漂ってきたのは、あんこの匂いではなく、深煎りの珈琲の香り。

(絶対に…間違いだな…)

ただ雰囲気は良い。一本檜のカウンターに、ゆとりのあるテーブルは一のボックス席。

完全にログハウス仕立て…甘味処の和の様相は、外観も含めて存在していない。

さて…どこの席に座ろうか。

窓際のテーブル席も捨てたものではない。視線の高さからは、外の通りを見上げる感じになるようだ。

時間帯的に……良い目の保養ができそうだ。

真ん中の島は論外として、カウンターの席。店主と語らいながらバーボンでも飲むのも悪くない。

って、L字に曲がった角の席に目を引く美人が座っている。

その美貌に目を向けて、大黒南斗(おおぐろなんと)は固まった。

いたのだ。

――彼女が。

長い髪を耳にかけ、カップを持ち上げるその仕草。

どこか遠い過去に置き去りにしてきた“あの人”が、そこにいる。

……置き去りにされたのは自分かもしれない…それは兎も角…

南斗は、まるで点滴でも見たように身体をひるがえした。戸口に向かって、回れ右と。

できれば気付かれないように去りたい。


…あれは…

美音は店内を物色している壮年の男性に目を止めた。

彼を見るといつも思うことがある。ライザ☆プのCMに使えばいいのに。

正直なところ、イケメンではないがワイルド系のいい男だと思う。

ただ――世間的に知られている姿とは随分とずれがある。

つるつるの頭に満面の笑み。米俵を背負って、打ち出の小槌を片手に、どーんとあぐらをかく…いわば『

和風サンタ』的イメージが主流なのに。何よりもお腹のお肉…だけではないか。

美音は苦笑を浮かべた。

しばらく会わないうちにいろいろと風貌に変化があるらしい。

パンパンの身体はどこに行ったんだ。まぁある意味パンパンだが…筋肉で。

福耳に目がスケベ目になる笑い方。愛嬌全開の金運アップの置物の頃っていつ見られたのだろう。

ほぼ球体のようなフォルムが、ビルドアップしたイケ爺に変身。

知っているものが見れば面影があるとはいえるが――確か、大黒南斗と名乗っていた。

威厳というものはどこに忘れてきたのだろうか。

髪はふわっと寝ぐせ混じり、サイドを刈り上げたヘアスタイル。

ピアスで耳たぶを軽くジャラつかせ、福耳は……見る影もない。

顔も満面の笑みではなく気取っている。が、口元のほころびはエロ爺健在のようだ。

極めつけは、ちょっと「間違って店に入ってきた」ような気まずそうな表情。

何をしているんだろう…この爺は…


美音は、ため息をこぼした。

「どうしたんですか?」

香澄が明らかに困っているだろう美音に声をかけた。

「…ん? …あ、知り合いみたい」

美音は、香澄の存在を思い出したように苦笑する。

現実逃避。いつまでたっても修羅は現れないし、島は戻ってこない。

電話がそんなに長引いたら商売が……まじめに働いている店には見えない、か…。

「どの人ですか?」

「ん?…あ、あれ」

美音は、視線で南斗を示した。

「水…いりますね」

「えっ?」

「大丈夫です。私、手伝います」

「…えっ」


…気付かれないように…

南斗は静かに後ずさりする。ボックス席を分けるように置かれている観葉植物の陰に隠れるように。

正直なところ、無防備に近付くのは危険だ。

唯一の武器である打ち出の小槌は駅のロッカーに預けてきてしまった。

そもそも、地上の、人間界で使う必要があると考えるわけがない。

はっきりと言って、素手でも大概の相手には負けない自信はある。


「こんにちは」

いつの間にかトレーに水の入ったグラスをもって香澄が南斗の前に立っていた。

「えっ……あ、はい…こんにちは…」

おずおずと挨拶を返す。

ホントどこに威厳を忘れてきたのだろう。

まぁ、俵や大袋を持ってきていなのは褒められるが…って、本当に俵の傍にいるイメージだ。

(まったく、いつ見てもこの爺は……)

美音はグラスの水を回しながら、ため息をついた。

あまり知られていないが、意外にも米を喜ぶタイプではない。

五穀豊穣の祈りのために備えられる米俵。お酒や野菜…貰い過ぎというよりも好みの問題。

誰が備えてくれたのか…白いもちもちした物に包まれた赤茶色の……あれ…

「……あれ、なんて言ったっけ」

美音は、カウンターにもたれながら呟いた。

グラスの水を手に持ったまま、口元に指を添えて考え込む。

「何が知りたい?」

バックヤードから欠伸をしながら、青年が眠そうに顔を覗かせて呟く。

「あ…修羅くん」

「ん?」

「島さんが連絡しに……」

「……? ぁっああ」

真神修羅は、ポケットに入れていたスマホを取り出して操作をする。

……どうやら、電源が入らないようだ。充電されていなければ何の役にも立たない。

「それで…?」

「ああ~小豆。そう、乾いた小豆をザルにあけて、優しく洗って……。最初の水は沸いたらすぐ捨てる。えぐみを取るための儀式。二度やればなお良し。それから、やわらかくなるまでコトコト。指先でつまんで、ふにゃってなるくらいまでしてから……砂糖を三回くらいに分けて入れるやつ」

「何かができそうだね」と修羅は苦笑する。優しい笑顔だ。

「何かわかる?」

「たぶん…」

「何?」

「せっかっくだから続きは?」

「えっ…砂糖をいっぺんに入れると豆がびっくりして固くなるんだよね。塩をちょびっと。忘れがちだけど、あれが無いと味が決まらない。火を止めるタイミングは『まだ緩いかも』ってくらいがちょうどいいのよね。冷めたらもっちり固まるやつ」

「珈琲でも飲む?」

修羅は、エプロンを腰に巻きながら、美音に尋ねた。


相変わらず掴みどころのない男だ。

島が入れる珈琲も絶品だが、彼の…真神修羅が淹れる珈琲が絶品だった。

ただ手順も何もあったものではない。その日の気分で工程が変わる。

それなのに美味しい珈琲が出てくる。時々、紅茶を出されることもあるけれど…。

「それで? あ、小豆ならあるよ。作ってみる?」

冷蔵庫を覗いて修羅が微笑みかけた。島と違っていい男だ。

「って、作りません!」

美音は立ちあがって叫ぶ。

少ないとはいえ店内の客が目を向け注目を集めてしまった。

修羅は、笑いをこらえるようにカウンターの中で流しに手をついて肩を震わせていた。

それでも声が漏れる。くっくっくっと。

やられた…

恥ずかしさと悔しさが交錯する。

周りから飛んでくる視線が痛い。

それなのに、何もなかったような顔で肩を震わせている。完全にツボにはまっている。

まるで悪戯好きの猫がちょこんと座って様子をうかがうような、そういう“間”で笑う。

「……もう、なんなのよ、ほんとに」

美音は目を閉じて、大きく息を吐いた。

自分が叫ぶたびに、何か負けている気がしてならない。

「それはね、仕方ないんだよ……思い出って、味や匂いと一緒に来るから」

「えっ…真面目に言う?」

「……俺はいつでもまじめですよ」

驚いたように目を見開いて修羅は言う。

柔らかくぬくもりのある笑いながら珈琲を淹れ始めた。

手元は相変わらず適当。計量スプーンなど使わない。

フィルターの上に、香ばしい豆が小山を作り、そこにまっすぐ細くお湯が注がれる。

湯気の中で香りが立ち昇ると、美音の心も少しだけ緩んだ。


香澄が水のグラスをテーブルに置いてから静かに座った。

話の流れを壊さないように、ただ寄り添うようにそこに…。

「味覚って記憶の引き出しか……」

「甘いのと、しょっぱいのと?」修羅が言う。

「……苦いやつも、ちょっとね」

修羅は、クスリと笑みをこぼし、おもむろに鍋の用意を始めた。

「ほんとに、作らないからね……!」

美音が念を押すように言いながらも、言い終わる前から、何となく流れは決まっていた。

気がつけば、小豆をザルにあける音がする。

何かを察したように、スマホを捜査して香澄がレシピを読み上げはじめた。


「水に浸す時間が短いと、渋切りで失敗するんですよ」

「へえ、なんか理科の実験みたい」

「たしかに。あ、火加減、弱めで」

「香澄ちゃんだっけ?……タイマーお願い」

「はいは~い」

たぶん誰も、本気でお汁粉を作るつもりなんてなかった。

けれど、それぞれの手が自然に動き出して、出来上がる頃には、湯気と一緒に笑い声がこぼれていた。

喫茶店の営業はどうなっているのだろう、とふと香澄は思う。

しれっとこの騒ぎに混ざれている。いや、混ぜられたのかもしれない。

不思議な感じがここにはあった。お客さんが少ないとはいえ、バックヤードキッチンで…。

少しの間、嫌な事を忘れられている…そんな気持ちが温もりと共に拡がっていった。


「で、結局作ってるじゃん……」

自分で小豆を練りながら、美音が苦笑した。

「言ったよね、私、作らないって」

「作らないって言ってた人の、あんこが一番きれいだよ」

修羅はカウンターの方へと戻りながら微笑んだ。

その自然と浮かぶ笑いが曲者だと美音は思う。

「うるさいっ!」

でもまあ――

こういうの、悪くないかもなって、少しだけ思った。


美音たちが店内に戻ると、行き場をなくし、トレーを持ったまま観葉植物の陰に隠れている南斗の姿が目に入った。

そういえば、香澄はさっきの注文、どうしたんだっけ?

まあ、いいか。——この際なので、美音はスルーすることにした。

誰かの好物らしい、つやつやとしたあんこの味見をしながら振り返る。

その瞬間、背後から。

「あっ……」

静かに、しかしはっきりと漏れた香澄の声に、美音の指先がぴたりと止まった。

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