第2章 第8話 ☆南に輝くは十字星だった?☆彡
原案・テーマ:Arisa
storyteller:Hikari
病院の廊下は、驚くほど静かだった。
極のドタバタでギリギリになったが…ただまったりしてしまったということは忘れることにして…勤務時間ギリギリに制服に着替えてタイムカードをチェックしてナースステーションに飛び込むという騒ぎを披露したせいだろうか。昼下がりの陽射しが、ナースステーションの窓からゆっくりと床を撫でているのを眺めてまったりとしてしまう。
「きらり、朝礼始まるよ」
「あ…りがとう」
「どういたしまして…って何をぼ~としているの」
同僚のまなみに促されて、きらりは婦長のほうをようやく見る。
正直な話、その姿にイラついてしまう。
いや、彼女が悪いわけではない。それでも、その手先にしか見えなくなっている自分の度量が少ないのだ。それについては理解している。ただ理解だけでは、どうすることもできないのが問題…であると認識はしている。
彼女もまた上に言われて組合員を募っている。
組合員ではない人の健診を取り入れ、積極的に勧誘していく。
組合員になれば、得が一杯あると伝えていく。
得よりは徳を積む行為のほうが大事なような気がするのは自分でも偏見があると思う。
それでも…
相変わらず、組合員の勧誘の成功事例を口にしている。
まるで自分が集めたかのような顔をして発表をしていく。
その中にきらりの名前も含まれていた。
「きらり?」
「知り合いがね…健診を受ける先を探していたからね」
「あんたはそういうのにしないと思っていたよ」
「しないよ。今回の人で最後」
「言うね」
まなみは肩をすくめて笑った。
きらりとは高校時代からの腐れ縁だ。勉強などしません!な雰囲気でクラスの中心的な存在はどこで勉強をしているのか、優等生枠の成績を維持していた。体育祭に、文化祭に、学校行事の数々を全力で楽しむだけではなく、勝敗にこだわる性格かつ有言実行な親友に巻き込まれたせいで、なんだかんだ波乱万丈な青春を過ごしてきた。
そもそも看護師になったのだって、発端はとんでもない冗談だった。
「ナース服とエッチがしたい」と真顔で言う彼の欲望丸出しの発言を愚痴ったら、「同じナース服でエッチするなら、本物がいいよね」と返された。
やりたいことが決まっていないのなら…といつの間にか進路が決まった。
きらりは頑張れば…頑張らなくても合格圏内だけど…とやんわりと「やめよう」と言ったのに、翌日『学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話』と参考書をもってHRで宣言した。それも、別に看護師になるならその大学じゃなくても…という大学の名前を挙げて。
「じゃ、合格しよっか。看護大」
それからは勉強漬け。受かったときのきらりのドヤ顔は、今でも忘れられない。
――そして、いまここ。
気がつけば、白衣を着て、病棟を走り回っている。
本物になったいまも、あの冗談を思い出すたび、笑えて仕方がない。
「何よ」
「いや、ちょっと思い出しただけ。見かけギャルが…白衣の天使」
「ピンクだけどね」
「……それはいろいろと勘違いが生まれそうだけど」
まなみは苦笑した。
就職が決まった夜、彼氏ともども、ホテルの一室に押し込まれた。頑張ったお祝いと。
確かに頑張った。でも、本当にナース服でエッチする必要はないと思うが…
余談だが、勉強に当然突き合わされた彼は歯科医になった。理数進学コースに合格していたとはいえ、高校三年生から選ぶ進路ではないが、以外にも為せば成ることのほうが多いのかもしれない。
——何か考えているでしょ?」
周りに聞こえないトーンでまなみは、きらりに囁いた。
きらりは、何も言わずに口角をあげただけだった。
「ちょっと、様子見てくるね。この後は、仕事目白押しだから」
「私が行こうか?」
「偵察でしょ?」
「……わかる?」
「お願いしようかな」
「えっ…っちょ、ちょっと!」
扉がバンッと開いて、まなみが病室から飛び出してきた。
廊下に響き渡るほどの勢いで、白衣の裾がふわりと舞う。
「おかえり。どうだった、じーちゃん」
きらりが軽く手を振って迎えると、まなみは口をパクパクさせて、指を震わせた。
「き、きらりっ……あんた、あの人……」
「ん? どうしたの、急に」
まなみは目を潤ませながら、病室を指さした。
「モニター! モニター止まってる! ピーッて鳴ってる! 数字、ゼロ! ゼロって!」
「え……まさか!」
きらりが病室に駆け込むと――
ベッドの上で、極が両手を胸の上に組み、目を閉じてじっと寝ていた。
モニターは確かに「0」を示し、ピーという音を断続的に鳴らしている。
「……じーちゃん!!」
きらりが慌てて駆け寄り、極の両肩をガッとつかんだ。
その瞬間、極がパチッと目を開けた。
「お。演技力、いまのどうだった?」
「……は?」
きらりが絶句する中、極はごそごそとポケットから何かを取り出す。
「ほら、これ。ビーッて鳴るやつ、Bluetoothのスピーカー仕込んでさ」
「何やってんの!? 心電図止めたの!? 本物の!? っていうか」
明らかに不機嫌さをまき散らしながらきらりは極を睨んだ。
「どっから持ってきたの、これ!?」
「このくらいしないと、リアクション薄いし…違う人が来るのは想定外だけどいい顔しとったぞ〜」
「もう、信じらんない!」
きらりが怒るより早く、まなみが後ろからドンッと突っ込んできた。
「バッカじゃないの!? 本気で泣くとこだったんだから!」
「ほっほっほっ、命の大切さを考えさせるいい機会だったじゃろ?」
「お説教、30分コースだからね」
「……お、お手柔らかに頼むわ」
「じゃあ、私は1時間ね」とまなみが凄んだ。
「すまん」
『いまお電話よろしいでしょうか』
日勤を終えて、病院が見える道路向かいのベンチに座りながらきらりは電話に出た。
……捜査係、って言ってたよね
きらりはスマホの画面をちらりと見て、空を見上げた。
「ダメと言ってもしつこくかけてくるんでしょう」
きらりはうんざりしながら答えた。
最初はいたずらだと思っていた。でも、しつこすぎるやり取りにいささか辟易としていた。
そもそも、警察が相手にしてくれない事案の対応をしているのに、警察の用事を突き付けてくるというのはどういうことだろう。で、丁重に断っているのにしつこく食らいついてくる。どういう神経をしているのだろうか。
『まぁ、そうですね。私も仕事なので』
断りたい。気分的に間違いなく断りたい。どんなに譲歩しても相手にしたくない。
そんな風に感じてしまう声のトーンだった。
何を言っても無駄なのだろう。それだけは理解できる。
「それで」
『お忙しいところ、失礼します。芦屋南署、詐欺事件捜査係の者です』
「名乗らないんだ…」
『あ、失礼いたしました。私、刑事課知能犯係髙田と申します』
…やっぱり相手にしたくないと感じてしまう。
相手には悪気はないのだろう。不快に思わせるような話し方もしていないつもりなのだろう。
でも、気持ち悪い。生理的にというよりは、言うことを聞かせようとする威圧感が。
そして、違和感に気づいた。
名乗るのが妙に遅い。わざとか? それとも、こっちの出方を探っているのか…。
「知能犯係?……って、ああ、詐欺とかの担当でしたっけ」
口の端を上げて、カマをかけてみる。
「階級とか、司法警察員とかって…名乗る義務ないんでしたっけ?」
『おっと、詳しいねぇ? お嬢さん、どこでそんな言葉覚えたの?』
軽くあしらうような声音が、地味にイラつく。完全に“舐めてかかってる”声だった。
『まぁ、お上品なお嬢さんには関係ない話だけどさ』
言葉を区切り、わざと癇に障るようにしているようだ。
『困ってるんだよな。ちょっとだけ、お話をね――』
「すみません。今日はお話できませんので。失礼します」
『ちょっと! 話くらい聞けよ。こっちだって、お前のために――』
怒声交じりの声があたりに響いた。
通行人が「大丈夫?」というような顔で覗き込みながら通り過ぎていく。
一人くらい足を止めても良さそうだが…あの怒鳴り声に巻き込まれたい人もすくないだろう。
スマホを膝においたまま、きらりはため息をついた。
しばらくスピーカーにして騒がせておく。
警察をなめるな!
女のくせに!
ただで済むと思うな!
髙田は電話の向こうで肩で息をしているだろう。
ゼイゼイという音が混じり始めていた。
「あ、終わりました? 芦屋南署刑事課知能犯係髙田さん」
『ふざけているのか? こんなことをしてただで済むと思うなよ』
「頼みがある割には、横柄ですよね、これが警察のやり方ですか?」
『なにぃ!』
「暴力的で高圧的、女なら上から言えば言うことを聞くとでも?」
『このあまぁぁぁぁああ!』
「あ、わかっていると思いますけど、録音してありますから」
『…何か誤解があるようだが』
周りの視線の中にスマホが混ざっているのをみてきらりは苦笑した。
トラブルが好きな人はどこにでもいる。
「中継もされているようですよ。芦屋南署刑事課知能犯係髙田さん」
『そんなことをしてただで済むと思っているのか』
「私はにもしていません。肖像権も何も音声だけですし、脅しているのはあなたでしょ」
『てめぇぇえええ!』
きらりは、「穏やかに話せるようになったら、電話ください」と返事を待たずに電話を切った。
きっとまた、すぐにかけてくるだろう。と思いながら。
基本的に 水曜日更新の のんびり進んでいきます。
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アイデアは随時…物語に加えていければと考えています。
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慌て者につきご容赦いただけるとゆっくりですが成長していきます。