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恋せぬ神々…福、きたらず?! ~神さまだって恋したいんです!  作者: 麒麟
第2章 ☆彡 南に極める星あれば~
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第2章 第7話 ☆健診…健康は極めていますが…☆彡

原案・テーマ:Arisa

storyteller:Hikari

「南野さん…そろそろだよ」

きらりは、天井を見上げている極を見て息をのんだ。

泣いているようにも見えた。

でも、涙は流れていない。

「……なあ、きらり。この世界って、結構ズルくできてるんじゃなかろうか」

「そうかも…でも、ずるさだけでは…」

きらりは、極に手を差し伸べた。

それを取ろうとして、触れる寸前で極は手を止める。

「セクハラとか言わん?」

ニヤリと笑う。

「! 惜しかったな。クソ爺なのに」

きらりもニヤリと笑った。

「まぁ、冗談はさておき、役者するんでしょ」

「そうだな」

極はきらりの手をさっと握った。

「握るまでいる?」

「えっ?」

「載せるだけ」

「あ…」


南斗は二人の背を見送りながら苦笑した。

どうやらこちらも詐欺事件らしい。

医療生協理事が起こす詐欺事件か。話題は困らないものか。

マスコミの関係者に知り合いいないかな…そういえば。

それにしても…綺麗にやりかえているね。

金かかっているというか…

ほんと助成金で儲けました。

患者は断ればいい…これ地でいっているんだろうな。

南斗はため息をこぼした。


健診専用カウンターで簡単な説明を受けた後、極は、健診用の紙を片手にふらりと歩いていく。

きらりは見送ってから、看護師長に呼び止められてついて行くように指示された。

「(ホント…役者だわ)…待ってよ…最初は心電図?」

「そのようだな」

極は、ニヤッと笑って見せた。いつの間にか足取りがしっかりとしている。

ここまでくると、このおじさんが詐欺師に見えてくる。よくドラマで見る黒幕?

「よからぬことを考えている気がするんだけど…きらり」

「そ…んなわけないでしょ」

きらりは、ガッと極の腕を掴んで笑った。他に誤魔化す方法が見つからない。

利用している。そのことは承知の上で協力してくれている。そのために…。

変なことにならないといいのだけど…と考えてからきらりは極の顔を見た。

極の年齢からすると、家族はどうしたのだろう。

さらりと一人暮らしと教えてくれたが、板長もオーナーもそれ以上には触れたことがない。

古からの常連であることを考えれば、何かがあったことを知っているからかもしれないが…少なくとも、きらりの知る範囲では聞いているところを見たことはなかった。そういう意味でも不思議な人だ。

「ねぇ、家族のことを訊くのは…」

「残念なことにいない」

「昔から?」

「ああ」

短く答えて、極は少し申し訳ない気持ちになる。

家族はいない。南野極の子供はいない。もっと以前、宝船に乗る前から…。

その頃に子供を宿した女性はいた。ただ、その後は知らない。いや正確には、子供を宿したと知ったのは旅立った後だった。十数年か、何十年か、刻がすぎ、その街に戻ったときには、彼女の孫と名乗る男性に会っただけだった。彼女と過ごした時間は決して短くない。その中で、彼女が自分に伝える機会は幾らでもあったはずだ。

彼女が抱いたのは、違和感だったのだろう。そんなに努力しても変えることができないのは見かけだ。

見えようは変えることができる。幻惑的な術は持ち合わせていても、それは実際に姿を変えられるわけではない。選択した歳のまま、姿が維持されるのは永年生きる身としてはありがたくても…他種族と生きるには…寂しい現実があった。

別れる前に…伝える機会はいくらでもあったのに…

彼女はそれを選択しなかった。怖かったのかもしれない。いつまでも変わらないままの極が。

子供の存在、それを教えてくれなかったに荒れた時期があった。そういえば…。

その頃は…いまにして思えば、ただの乱暴者、荒れ狂う鬼神。そんな時代もあった。

ただの女々しい存在だった。

昔々の思い出に取りつかれ、自分に正直になってもらえなかった現実が受け入れることができなかった。

ギリシアの神々のようにもう少し気楽に恋を楽しめる性格だったのなら…

そんな自暴自棄を変えたのはひとつの出会いだ。

昔馴染みに頼まれて衛兵として駆り出された。それが宝船に同乗した毘沙門だ。

須弥山というところにある城の城壁はは4つの門があり、その一つを守護せし闘神、毘沙門。当時は多聞天とも呼ばれていた。というか、この戦いの後、多聞天の位を弟子に譲り、隠匿したわけだが…元気にやっているのだろうか。

それはそれとして、その城に攻め込んだ軍勢との交戦のときにその出会いはあった。

単騎で山間の道なき道を駆け上がり、待ち構える軍勢など無き如く戦い抜けてくる男だった。

その流麗なる動きに目を奪われた。

美しさを追求したかのような動きは舞で魅せるようでもあった。

それが、その若者、三千大世界に覇をもたらせる悪しき鬼神との出会いだった。

当然のように拳を交えた。

死にたくて、立ちはだかったのに、瞬殺される如く…一瞬の交錯の中でいつの間にか大地に背をつけていた。その若造に面倒くさそうに「自殺の手助けをするつもりはない」と寂しそうに言われた。

誰もが、命を賭して戦う場において、愚かしいことをしたと感じた瞬間だった。

カーラの面影を彼女に求めたわけではない。

ただ傍にいてくれた彼女と流れのままに情を交わした。

自暴自棄というのなら、その時はそうだったのだろう。莫迦げたことに死にたくて堪らなかった。

頑丈な体を恨んでいた。いや、違う。頑丈ではなく、死ぬことのない魂に、恨み言があった。

その自覚はある。

どこかで、起きたことの全てを誰かのせいにしていたのかもしれない。

死ぬことが叶うのなら、それは、その運命だったのだと自分に言い聞かせることができた。

教えてくれなかったのは…いつかあの世とやらで再開できたのなら教えてくれるだろうか。


「大丈夫?」

「ああ…走馬灯がみえただ…ここは…?」

極は、心電図を図っている間に意識を失っていた。本当に。ただの寝不足で。

「空いていた個室」

「そっか、まぁ、じゃあ問題はないか」

「そう? ならいいか…っていいわけないじゃん。ホント、大丈夫?」

きらりの必死の顔に極は、ぷっと噴き出して笑った。

「昔の思い出っていうやつだ」

そう言った極の声は、ベッドの上でぼんやりと浮かんでいた。

「じーちゃん、ちゃんと寝てよ。あのあと、倒れたんだから」

「寝とるわい……寝かされとるんじゃ……」

「わかってるよ。でも、心臓のモニターと点滴のチューブ外しちゃダメ」

極は口を尖らせたまま、病室の天井をにらんでいた。

心電図モニターが、ぴっ、ぴっ、と規則正しく音を刻む。

先ほど、不整脈で廊下にへたりこんだ彼は、強制入院となった。

困ったことにその十数分の記憶がない。

「で…検査、追加で明日もあるって。しかも精神的ストレスチェックも」

「……ワシ、狂っとるとでも言うんか……」

「言ってないけど、幻覚、見てたって騒いだらそりゃねえ」

「幻覚? ホント? ん?」

「南野さん大丈夫? 何があったの?」

「ん~記憶が抜けてる?」

「私に聞かれても」

「まぁ、それはそれでいいか」

「…何を見たの?」

「カーラ…」

「……じーちゃん」

きらりの声が少しだけ変わる。

それが本気の心配だと分かる程度に、優しかった。

どうやら精神的に不安定ななってしまった扱いのようだった。


ピロン、と通知音がなり、きらりがスマホを見ると、そこには「芦屋南署 捜査係」との表示が。

「えっ、また……?」

きらりは思わず立ち上がった。

「どうした?」

「少し話を聞いてくるね」

「おう、気をつけてな」

極をきらりの背を見送りため息をついた。

何をされたのだろう。その疑問だけがあった。

心電図をとるのに使う時間は数十秒のことだ。寝転んでいる時間から数えたとしても1分程度。

その中で眠りに落ちる。周りが心配するほど?なかなかきな臭さを感じる。

まぁ、それはそれとして、懐かしい顔だった。

若い頃、気の迷いで……まあ、ほんの遊び相手だったのかもしれない。

自分が真摯に向き合っていなかったから、本当に必要とされるべき出来事に自分は蚊帳の外だったのだろう。女は、いや、母は強いとはよく言ったものだ。

それでも極は、じっと天井を見つめながら思った。

「……あれが幻だったとしても、見てよかった」


小さく呟いたその言葉を、きらりは病室の入り口できいてしまった。

聞いてはいけないような呟きは南野極という男の見せていない影にも感じられた。

誰もが生きてきた時間の中で様々な思いを抱きながら生きていく。

誰もがその時間の中で命を大切に思っている。

その大切な思い出を踏みにじるように人を騙すやつがいる。

適当な言葉で近づき、騙した後はゴミのように捨てていく。

この病院の理事という肩書を与えたのは誰だろうか。その肩書が多くの被害を広げていくのかもしれない。その被害の先にある幾つもの思いを踏みにじり、私欲のために使い、私腹を凝らしていく。それを立証することが困難だからこそ、そこに平然と胡坐をかくことができる。

人を騙すことが平気なものたちが暗躍するのも仕方がないのかもしれない。

気を付けるべきは、コープ病院理事。建設会社社長。経営コンサルタント。

それだけは伝えておこう。大丈夫とは思うけど。

きらりは「何か言った?」と笑顔を添えて極に近づいた。


「ん? いや、ちょっと昔の夢をな」

「変な夢?」

「変でもない。ただ、懐かしかった…」

冗談みたいに言ったその声は、どこか悲しみを湛えていた。

きらりは、それ以上聞かずにただ座り直した。

「ただ嬉しかった…そして、幸せだったよ」

室内は静かだった。

心電図のリズムだけが、確かに生の証として続いていた。

それがまた、どこか不安を増幅させるリズムのようにも聞こえた。

「――ねぇ、じーちゃん」

「ん?」

「よかったね……誰かに、夢を見せられたんじゃないかなって思った」

「……そうかもしれんのう」

極は、ぽつりと答えた。

本当にそうかもしれない。

あの一瞬の間に、あれだけの記憶を引っ張り出されるなんて――普通じゃない。

「もし、そうなら……その『誰か』に、ワシは借りを作ったのかもしれん」

「……?」

きらりが怪訝な顔をすると、極はふっと笑って、目を閉じた。

「夢の中で、ほんの少しだけ、謝れた気がした」

――それだけでも、今回は収穫だった。

惜しむなくは、ひと時の伴侶の名を呼ばなかったことだ。

異国の血を引いていた彼女は、迦羅といった。何代か前の親がその地にたどり着き、現地で命を育んできた繋がりがそこにあった。それが命の連鎖だとしたら…。

極はこぼれた言葉に照れくさいものを感じた。

「許してくれた?」

「…許さんだろう」

「えっ?」

「こんな奴だぞ、俺…あ、ワシ」

「…確かに」

「お、おい、納得するなよな、きらり」

でも。

自分が見たものが夢ではなく、誰かの干渉だったとしたら?

それはもう、ただの懐かしさでは済まない話だ。

きらりの背後で振動したスマホの通知音が、またひとつ、現実を呼び戻していた。


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