第2章 第6話 ☆追憶…極めます…☆彡
原案・テーマ:Arisa
storyteller:Hikari
時々、自分という存在が分からなくなる。
長く生きているせいもあるが、関わる人によって、思いがけず揺らいでしまう。
正直なところ、結婚もした。
よくわからないままに、そこに愛があったのかは定かではない。
そもそも『愛』という言葉が届く前だった気がする。
遠い昔の話だが、そこに、感情があったのだと思う。信じたい。
もちろん、それは寿老人に限った話じゃない。
多くの『迷い神(迷子)』たちが、人の生き方に巻き込まれてきた。
その中には子を成した神もいる。
ギリシアの神々などは、その極みだろう。
愛に溺れ、化け、追われ、逃げ、時には…命を与えてしまう。
余談だが、いまだにやっている気がする。誰にもばれないとはいえ…。
そんなことを考えるのは、きらりのお尻を目が追いかけているせいかもしれない。
(好き…か…嫌いではない…けど……何しているんだろうワシ)
あの頃、どうだったのだろう。
「あれ、何考えてる?」
思いがけず近くから声がして、振り返ると見覚えのない顔がある。
「おい…」
「あっ…大黒!」
声を出しかけた瞬間、口をふさがれた。
「うううっ!」
「…すまん」
南斗は苦笑しながら手を離した。
そして知らない顔をして、背後の席に座った。まるで他人のように。他人だが…。
「で?」
「ん?」
「何考えているとは?」
「ああ。極は、女のケツを追う以外は何も考えていないのか?」
「……いや、酒のことも考えておる」
「マジで女好きだよな」
南斗は口角が自然と上がりそうになるのを頬をプルプルとさせながら堪えた。
「そんなことより、この病院、年寄りには危険そうだぞ」
「! 知っておる」
静かに極は答えた。
詳しく聞かなくても、ここの何かを知りたいのだろう。
稀薄そうな雰囲気と粗暴な外見からは信じられないほど繊細なのが大黒という男だ。
「後、その話し方、気持ち悪い」
「何気に酷いよね、南斗は…だからもてないんだ」
「………ははは」
女好きか…そもそも、好きって何だろう。考えないことを考えると熱が出そうだ。
ただ習慣として
極は天井を見上げた。ため息が漏れてしまう。
そういえば似ているよな。顔は似ていないのに…ふと思ってしまう似ているかも…と。
南の村に立ち寄ったのは、風の匂いが夏から秋に変わる頃だった。
その村で出会った少女――カーラ。
極は、病に伏した祖父の代わりに薬を探していた彼女に、訊ねられて水の在処を教えた。
訊いてみたはいいもののけげんな表情をしているのは来ている服装のせいかもしれない。
異国情緒あふれる服に身を包む極は、なんとなく羽振りのよさそうな商人に見えた。
ただ問題があるとすれば、お付き者はいない。
だから声をかけたともいえるが、なんとなく変に感じてしまう。
「あなたは……星みたいな人ですね」
日焼けした頬を赤く染めて、彼女はそう言った。
「星?」
つぶやきながら極みは人差し指で空を指さした。
拳を突き上げる形になると格好はいいのかもしれないが、体躯的に滑稽になってしまう。
ということで、お道化るように微笑んだ。
水場まで少し話をしながら向かい、極は、見てきた世界の話をした。
極みにとってどうと琴のない普通の話だが、生まれてその地を離れない人にすれば壮大な話だったかもしれない。まだ旅というものは目的に合わせた命がけの時代だった。
水を汲み、カーラの家へと向かった。
なんとなく、桶の一つを極は持った。
その配慮は、珍しいやさしさでもあった。
誰かが誰かの荷を持つとき、そこには力関係が発生する。
だから、男は、女に荷を持たせることがあっても荷を持つことはない。
男尊女卑という時代。まだ宝船に乗る前の時代だった。
それは、異端として、情けない男として扱われる時代ともいえた。
だが、強気者が弱きものを助けるのが、極の当たり前だった。
一応、その地区の風習には従うとしてきているが、カーラとの時間はいつの間にか極を素にしてくれた。
優しさも、弱さも、否定される中で、極は一柱に憧れを抱いていた。
そんな話を少しだけカーラにしてしまった。絵空事のような話を。
カーラの父が眠ったのを確認し、極が帰ろうとしたときに、カーラは訊ねた。
「その憧れの人の話を」と。
つまらないかもしれないよ、と前を置きをしたうえで極は話をすることにした。
理由はわからない。ということにして…。
ただその場を離れるのが惜しい気がしていただけで、理由は見つけられていないせいだが。
――その昔、宇宙を生み出した存在がいる。
その神は、12の宇宙と基軸になる宇宙を作りだした。
それぞれに自分の分身をおいて、その宇宙を管理させた。
いま、極がいる宇宙が第何宇宙になるのかはわからないが、12の宇宙は並行世界であり、同じ人が存在しているとされている。この並行世界は、接触するわずかな時間だけ行き来ができるとされている。が、『戻る』は時間的に成立しないことが多く、一度渡れば…。次の世界へ行くこともできる。ただ一つのタブーが存在している。自分と出会ってしまったら死ぬというものだ。
そのタブーが存在しないのが、機軸の宇宙。そこは神々が生まれる宇宙だった。
神は生まれ、ほかの12の宇宙へと旅立ち、世界を守るための礎となっていくために。
そんな機軸の宇宙で起きたのが、原種の滅びだった。
なるべくして起きたそれは、12の宇宙にある世界でも神の不在へとつながった。
そんな宇宙にも希望は存在する。事件の発端に関わらなかった幼き有翼の創造神たち。
とはいえ、どこにでもご都合主義は存在する。そこにある悲劇にも気づかずに。
幼き命に頼ったために起きたのは、繁栄と引き換える神の消失だった。
最後に残った真神、慈愛の創造神アイ、再生の創造神シユウ、再構の創造神ラウは仲良く育った。
ラウがアイを好くまでは。そこに生まれた悲劇はだれも予想していなかった。
大切に守り一緒に育ってきたアイの記憶を封じ、別世界へと隠した。
シユウを殺すまでの時間稼ぎのつもりで。
ラウにとって、シユウはとるに足らない弟だった。そこにはラウの誤算があった。
シユウは、ラウが首謀者と知らないままに、アイを探す旅に出た。
その旅の中でシユウはいくつも奇跡を起こす。
その旅は何千年も続き、そだは愛ゆえに起きた悲劇だったとようやく気付く。
それぞれの想いが、幾つもの歪を生みだした事件。
愛のために、人は傷つき、だれかを傷つける。
そこにある優しさが弱さだというのならば、その弱さを失わないとシユウはラウに語らった。
シユウの旅の終焉はまだ訪れていない。
愛ゆえに、愛する人を捜し求める。魂の行きついた世界を求めて…——
そんな創造神がいるのなら、俺も、誰かにやさしくできる存在でありたい。
極はそう言って笑った。
カーラは途中から涙して聞いていた。
旅の途中で、怒りに我を見失ったシユウは地獄へと落ちてしまう。
シユウのことを思い出した愛は躊躇することなくその実を地獄へと投げ出し、七つの地獄階層をめぐる最階層で変貌をしたシユウに巡り合う。それは悪魔王サタンと呼ばれる姿でもあった。
そこからシユウの魂を救い出したアイもシユウもどこに行ったのかはわからない。
優しさが起こした悲劇と紡いだ愛にカーラは無理矢理笑って見せた。
「そんな愛をはぐくみたいですね」
「そうかな…俺は怖いよ」
「…あなたのくれた優しさは…ただの偽善ですか?」
「……いや、君にしたくなっただけだ」
「だったら」
「俺と結婚でもしてくれるのか?」
「……はい」
「お、おい」
「二言はないですよね?」
「それは…」
「一緒にいて育てる愛があってもいいじゃないですか」
極は迷った。
神として、この地に長く留まるべきではない。だが、あまりにまっすぐな願いに、思わず頷いた。
極は神殿へと足を向けた。一応、この地の護り神に挨拶に、と。
そして、村に戻った。村を離れていたのは一泊だけなのに…。
結婚のために近くの村で買った極みのベッドを運ぶ荷車に乗って帰る途中だったらしい。
野盗に襲われ、その荷車ごと谷に落ちて命を落とした。
極は、病の祖父を看取り、遺品を整理するまでその地にのこった。
カーラが別れ際に言った「手を繋いで街を歩きたいね」という言葉だけが残った。
カーラの身柄は戻らなかった。
村人も一緒に探してくれたが…
何もできなかった。神であろうと、人であろうと。無力な時は訪れる。
「……なぜ、連れてってやれなかった」
カノープスの星が、雲間からひときわ強く輝いていた。
「なぁ、神も仏も、どこにいやがる? オレは……あいつの願いひとつ叶えられなかったぞ」
大粒の涙が、大地を濡らしていく。そこに行けでも生み出すかのような勢いで。
その声が、誰に届いたかはわからない。
だが、その夜から極の心に皺が増えた。
そして、いままた――誰かの願いに応えようとしている自分に、ふと気づく。
「……あいつに似てるよ、きらり……あいつと同じくらい、まっすぐすぎて……危うい」
そう、思いながら。
星に戻れない老神は、今日も地にたち、カーラが行くと言っていた空の星を見上げる。
基本的に 火曜日更新の のんびり進んでいきます。
1週飛んでしまったのが…力不足で悔しいです。
ご意見、ご要望あればうれしいです。
アイデアは随時…物語に加えていければと考えています。
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