第2章 第4話 ☆極…動き出す ☆彡
原案・テーマ:Arisa
storyteller:Hikari
さて…今日か…
極は、ベッドから降りるとフラッとベランダへと出た。
まだ太陽が顔出していない東の水平線へと視線を向ける。
地平線をぼやかすビル群のシルエットを眺めつつ伸びをする。
この高台にあるマンションに住んで40年。いまでは古風なデザインがうけてグローバルな住民が多く住んでいる。まぁ、そのおかげでのんびりと暮らせる家賃収入を得ているのだが、何が功を奏するのかは分かったものではない。ただ、生きていくには色々と課題が生まれる頃合のようだ。
極は、公式には65歳ということになる。戸籍もそれである。
問題は今後だ。電子化が進むにつれて、戸籍を用意するのが難しくなる——一応そういわれている。
便利さと引き換えに…か。
それにしても…何故、きらりの頼みを受けたのだろう。
あの後からタイミングが合わずにきらりには会えていない。
何を思い詰めていたのか。それが気にかかる。
それを気にしてか、板長が知っていることを話してくれた。
きらり自身は、集客には興味が無かった。というよりもそもそもする気は無かった。
面倒になれば、別の病院で働いても良いと思っていた。
この病院で働きたい、と就職したわけでは無い。看護師として誰かを支えたい。誰かの助けになりたいと思っていた。そういう意味では、看護師として携われることに大変ながらもやりがいを感じていた。
ただ世界規模で起きた感染症の対応に、国が補助を決めた途端に露骨な勧誘が始まった。
医療生協病院の組合員と呼ばれる人たちが、感染症のワクチン接種を積極的に呼びかけ始めた。
最初は純粋な気持ちもあったのかもしれない。
ただ見ていると金儲けにしか見えなくなってくる。
きらりたちのように患者に対応する看護師にとっては特にそういう風にしか映らなかった。
病院は、感染症対応の補助金で、赤字を埋めはじめていたのかもしれない。
まるでワクチン接種が経営の一部になっている。直接、予防接種に関わる看護師の間ではそんな話が…囁かれるよりも、飲みの席の愚痴になっていた。
何が予防なのかわからない。
ただ配られたチケットを他の病院ではなくここでしろと声を掛けていく。
結果、作業のようにワクチンをうっていく。
そのワクチンのもたらす結果を考えもせずに、それが必要と言わんばかりに集め…。
組合員たちは近所の商店街や高齢者施設に足を運び、「あなたの命を守るために」と声をかけてまわっていく。その音頭をとっている禿爺がいる。患者のためではなく、病院のためと嘯きながら。
その内に組合員たちからも疑問が漏れ始める。ワクチン接種した人の中に感染者が出たのがきっかけで。
たしかに善意があったのかもしれない。でも、それが回りまわって病院の収益になると知ってしまえば、
全てが営業に感じられる。
なにせ組合員の多くは、出資金を出し、無償で声掛けをするボランティアなのだから。
現場の看護師は、今日も吐く人の背中をさすり、不安な目をした高齢者に寄り添い、何時間も防護服で汗まみれになりながら動き続ける。その現場にいる自分にしかわからないことが、疑問が確かに生まれた。
ナースステーションで交わされる囁きもそれのきっかけかもしれない。
直接患者に触れ合うものの気持ちを蔑ろにしている行為が腹立たしい。
病院の全てが儲かるわけでは無い事は解っている。
医療生協という地域で求められ、根差し、組合に支えられる病院であればなおのことだ。
赤字になれば補助が出る。それも、知っていた。
それを悪いとは思わない。必要な対処なのだと思ってきた。
国の政策に反対を唱える一方で――自分たちが得をすることだけは率先して乗る矛盾。
脱税まがいの抜け道にも……。何よりも所得申告しない下劣さが目に付いてしまう。
何かが、大切な何かが、少しずつ壊れていく気がしていた。
そんな空気のなかで、現場の声はどんどん小さくなっていく。
「患者に寄り添う医療」って何だっけ?
きらりは、ときどきそんなふうに思ってしまう自分に、うんざりする。
そしてそれを決定的にしたのは、亡くなった方のお通夜の席だった。
ただ焼香だけと同僚といけたのは火葬が終わってからだった。
その人の家は他人のものになっていた。そこは、高齢者の方が数名で住むグループホームになっていた。
そのおかげで焼香ができたのだが…身内の人たちの悲痛な叫びがこぼれていた。
住む人にも働く人にも関係がないことだ。
でも、そこは騙し取られたとしか思えない。そう涙ぐまれた。
その悔しさを、カウンターに大粒の涙を一杯に零しながら、きらりは何日も飲んでいた。
それを見て、たまらずに板長が事情を訊いた。
妹のように大切にしている女性に訊くのは少し気が引けた、と苦笑しながら話してくれた。
相談されたわけでもない。ほっておいても問題はない。
それでも訊いてしまうのは、そこにある家族のような情のせいかもしれない。
そこで初めて知る葛藤。
その表情にやるせない怒りを滲ませていた。
そんな板長を極はうらやましく思う。自分たちのような存在は恋には疎い。
恋しても、いつか訪れる別れはどうすることもできない。
相手が覚える違和感はどうしようもない。どうあがいたところで見かけ35歳は変わらない。
45に見えるようだが…。
変わるのは体格くらいか…と一人突っ込みを入れながら、極は猪口を傾けた。
客の帰ってしまった店内で、片付けを終え、カウンターを挟んで冷酒をさしあう。
「病院が営業を看護師に振るというのもな」
「まぁ、そういう奴らもいる…ということだろう」
極は、猪口の中に映る自分の顔を見て苦笑いをした。
相変わらず、変化のない顔だ。
もう少し、恵比寿のように、大黒の…は、いいか。
愛想よく出来たら…。
少し間を開けて、板長が寂しげに笑みをこぼした。
「南野さんが妖怪でも化け物でもいいや」
「……おいおい」
「どうせ正体を聞いたところで答えてくれないんだろう?」
「そんなに、違和感あるかね」
南野は苦笑した。わかっている。調子に乗って恋をしまくって時代、何度も言われた。
共に過ごす恋人に、突っ込まれることもあった。
年齢のかさみに合わせて、ひげを蓄えるようにした。
一応、戸籍上に子供が間もなく35歳になる。それと入れ替われば、いままでと何も変わらない。
たぶん…。
きらりは、健診を受ける人を集めてくるようにいわれた。
日々、圧力をかけるように、ミーティングに現れては事務長がホワイトボードをバンバン!と叩きながら言っているらしい。ノルマではないといいながら、成果を読み上げて…。その結果、辞めていくナースもいる。そのしわ寄せは全く考えていない。
顧客の獲得に繋げていくために…腐った行動だと感じたようだ。
板長は「他人事じゃないですよね」とつぶやいた。
独居老人。資産持ち。そして、人当たりが良い。
独居老人以外は、板長もあっている。離婚歴ありの持ち家所有子供なしで。
極は、顔は怖い系だが、思量深い性格だと思う。
板長は「手伝ってやって欲しい。知らない顔で」と頭を下げた。
誰かに頼られたいわけでは無い。
誰かを助けたいわけでもない。
でも、それは自らというだけだ。
紛れもない悪意がそこにあるのなら、それを祓うのも悪くはない。
「よし!」
朝の日課にしている空への挨拶を極は行った。
何となく始めた六方拝。
四神に対する声掛け…大地と空にも挨拶をしてからシャワーを浴びる。
季節に関係なく、水は心地好い。
濡れた体をふきながらベランダに出ると、黒い粒子のような粒が漂っていた。
…連れてきちまったか…それとも誘ってしまったか…
ため息をついた瞬間、スマホが震えた。
《本日10時、健診受付でお待ちしています―Kirari》
と入れると次話への明確な “時計合わせ” になる。
基本的に 週1更新の のんびり進んでいきます。
ご意見、ご要望あればうれしいです。
アイデアは随時…物語に加えていければと考えています。
※誤字脱字の報告・?の連絡ありがとうございます。
慌て者につきご容赦いただけるとゆっくりですが成長していきます。