第2章 第3話 ☆なんの…検証…?☆彡
原案・テーマ:Arisa
storyteller:Hikari
きらりは極を見送ってから、店の壁に凭れるようにしてため息をついた。
もしかしたら、極は自分の目的を理解しているかもしれない。
そうだと嬉しいとは思う。でも変に情報を与えると、おちゃらけて全てを台無しにしそうで怖い。
もしくは、怒りに任せて何もかも壊してしまいそうで怖い。
どちらにしても怖くて言えない。
それなのに頼れるのは南野極との付き合いの長さにあるのかもしれない。
適当でいて温かい。多少というか、結構、セクハラ親父だけど。
少し足をふらつかせるように歩いていく姿。
飲んだ酒の量からはお酒に弱いのかな?と思わせるけど…たぶん酔っていない。
「良かったね」
板長が顔を出し声を掛けてくれる。彼もまた健診に行ってくれる。
目的は同じだった。極との違うのは、事情を説明していることだった。
きらりの担当患者の一人松沼が大部屋から個室へと移った。
金銭的な面では問題ないのだが、本人の性格的なところで大部屋を好んでいた。
同室の方と問題を起こすこともなく仲良く、賑やか過ぎて、よく看護師長に注意されていた。
それでも、笑いの絶えないその部屋は、不思議と元気に成っていく人が多かった。
逸話ではないが、緊急で入院してきた独居高齢者の方が明るく元気に成って退院していたことがある。
隣接のデイサービスに通う人で、大袈裟に言えば日々元気がなくなっていく感じがあった。
きらりは、デイサービスの手伝いもしていたことから担当ケアマネージャーとも面識があった。
ケアマネージャーは介護が必要な人の暮らしを支えるために、サービスを調整する専門職だ。
高齢者が日常生活を送るうえで必要なサービスを選定し健康で豊かな生活を送れるようにサポートしている。デイサービスの利用もその一環だった。独りにしない。そんなことを大切にしている。
それでも、様々な要因で一人に、そして独りになっていくのは珍しくもない。
彼女はその典型だったのかもしれない。傍に頼るべき身内もなく、訪れてくれる人もいない。楽しく過ごせる仲間も減っていく。年齢なりにそれは仕方がないのかもしれない。
そんな彼女は、生活上の怪我で入院をした。生活習慣の見直しも一緒に行われ元気に退院していく。
デイサービスに訪れるついでに病室に顔を出し、賑やかに過ごしていくのは、彼女の楽しみとなった。
それを牽引したのは、松沼だった。本人は違うというが、それは間違いがないというのがナースステーションの見解だった。
そんな松沼が個室へと移った。
大部屋を使わないといけない人の入院という名目だったが、松沼の移動に合わせて、その部屋の面々は別の部屋に移されていた。病棟から注意を促す笑い声は消えた。
奇しくも松沼は独居高齢者。資産を持ち、身内とされる人たちは遠くにいて連絡をしてくることもない。
事務長が言っていた条件にぴったりだった。
そしてケアマネも変わり、松沼自身も体調を崩し始めた。
そして、看護師たちの中ではひとつの推測が生まれた。噂程度に飲み屋で話す程度にとどめられて。
桜桃香でその話が出たことで板長は他人事ではないと話を聞いてくれた。
看護師は簡単に言えば引く手数多の職種だ。別にひとつの病院にこだわる必要もない。
苛酷な仕事にしがみ付く必要もないのに、そこに居るには、それぞれが胸の内に秘める思いだった。
「ごめんね、巻き込んで」
「いや、俺はいいけど」
「でも、どうして…南野さん?」
「ん~何となく。不思議な人なんだよな…常連の中で一番の古株。老け顔で、いまは一番若いかもな」
板長は苦笑交じりに言った。
「そうなの?」
「それはさておき、今日はまだ続くよ」
板長は、「仕事仕事~っ」と促して店の中へと戻っていった。
極にお酒を一杯驕ると何故か店には客が増える。
板長はカウンターに戻ると注文を処理しながら、ふと極との出会いを思いだした。
最初に店に現れたのは、リニューアルをしてすぐだった。
それまでの割烹料亭の顧客は潮が引くように引いた。
リニューアルと言っても改装したわけでもなく、料理の質を落とすわけでもない。
ただ誰もが気軽に入れるようにと、コース料理的なものを止め、予約も数を限定するようにして、一見を受け入れる土壌をつくることにしただけだ。それなりに使ってくださった顧客にすると、店の品位が、と揶揄する人もいたが、結局、多くの客は戻ってきてくれた。
商用で使うよりも家族で楽しみに使ってくれることが増えていた。
そのきっかけになったのが極だと思うようになったのは最近だった。
気付いたのは、きらりの一言だった。「南野さんが来る日って忙しいですよね」と。
年のころは三十代半ば、黒いジャケットにスラックス。
無地のシャツの襟をきっちりと立てていて、どこか几帳面そうな印象を受けた。
名を尋ねると「南野極」と返され、戸惑ったのを覚えている。まるでふざけているような名前だった。でも、極は、真摯だった。
正直、反社ポイ雰囲気をもっていたので…悪いことをしたと思ったのはひと月もしてからだった。
…というくらいに雰囲気は、あまり良い客ではなかった。
ただ、店では騒ぐこともなく、誰かと話すこともなく、一人でふらりと表れて、静かに飲んで帰るだけ。
それこそ最初の頃は、イカの塩辛や漬物などしかたのまない。
日本酒を楽しむためだけの時間、そんな感じの客だった。
ただ静かに酒を飲み、つまみをつつき、一定の時間が来ると席を立つ。
他の客にとっては、空気のような存在だ。
店を任せられている身として、極が飲む様子を、ひっそりと観察していた。
基本、日本酒から始まり、日本酒に終わる。
季節のものを好んで食べ、阿多rしい銘柄の日本酒が来ればそれを注文する。
銘柄にこだわりがなく、冷で飲むのを好んでいる。夏でも冬でも。
何かの拍子に、旬のものを進めたら「お願いします」と言われた。
何が出されても、決して文句を言わない。
食べ残すこともなく…サンマが頭だけしか残っていなかったのは驚いたが…。
いや、それ以上に驚いたのは、極の指の使い方だった。
箸を持つ手も、盃を運ぶ動作も、恐ろしいほど無駄がない。
そのくせ、たまに妙な間がある。ちょうど、耳を澄ませるような、何かを待っているような──。
それがなんとなく気にかかっていた。
少しずつ話すようになっても謎だけが多い。
週に2~3度顔を出していた極が不意に顔を出さなくなる。丁度、客足が増えた時期だった。
数年ぶりに現れて顔を出した極は髭面だった。
ちょっと旅に出ていて…と言っていた。
それ以降は週1度は顔を見せてくれている。
何となく福の神になっていた。
少し静かな感じ…痩せている恵比寿神のような気がして。
極は、ふらりと桜坂を歩いていた。
桜の季節はすぎたその場所は少し寂しい感じがある。が、それが好きだった。
人が集まる雰囲気も好きだが、人が去った後の雰囲気も好きだった。
極には、憧れている人がいる。
手の届かない高根の花だ。
沙羅洲美音というアーティストだ。と言ってもプロというわけでもなさそうだ。
偶然、上野公園で舞っている動画をみただけだ。
軽やかなステップと激しい踊り、そこにある爽やかな笑顔に魅了された。
探してみれば色々な動画が上がっている。
自分から上げているものはないようだが、小さなライブハウスで謳っている声にも魅了された。
応援したくても神出鬼没のそのアーティストともなれば追いかけるのもままならないものだ。
このご時世にSNSの活用がされていないことが…。
彼女のオリジナル曲の歌詞をふと思い返す。
――迷ったのなら立ち止まってみて
何も考えずに進むのが勇気ではない
正しい結果を齎してくれるわけでもない
行動の責任は常に自分にうまれる
そのことを胸にいだいて足を踏み出していて
それだけで後悔はうまれなくる
あなたの進む道を信じている――
健診を受けているのは色々と考えて元気…健康の証明にしている。
神たる肉体が病魔に侵されることはほぼあり得ない。
だから何処で健診を受けても問題はない。
ただ、きらりの表情が少し思い詰めていたのが気にかかる。
それがいまの自分の迷いになる。
せめて、美音が歌っていたこの場所で宣言しよう。
きらりに協力することに、矜持に反することに…。
そして、きらりが自ら選んで進んでいく道に、幸多からんことを…願おう。
ご意見、ご要望あればうれしいです。
アイデアは随時…物語に加えていければと考えています。
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慌て者につきご容赦いただけるとゆっくりですが成長していきます。