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prologue

原案・テーマ:Arisa

多くの人が行き交う首都。

新宿駅前の人波に揉まれるのは、もはや趣味の領域かもしれない。

陸橋の上から、車と人の動きを眺めながら、彼女は軽くウエーブのかかった髪をかき上げた。

通りすがる誰もがふと足を止めて振り返る。

何かの撮影? モデル?――という疑問が浮かび上がっているのだろう。それほど画になる。

わずかなざわめきと、よそ見した人たちがぶつかる音が混ざる中、彼女は溜息をひとつ。

人というのは…いつの世もうつろいの中に…

くるりと身を返し、ハイヒールの音を響かせながら、駅とは反対方向へと歩き出す。

都庁を横目に大通りを抜け、喧騒の裏側に広がる、古びた路地へと入っていく。

ふた筋、み筋と内側へ潜るたび、喧噪は薄れ、代わりに淡く湿った空気が満ちていく。

コンクリートの肌に囲まれた都市の谷間、ぽつんと現れる一軒の喫茶店。《あいらんど》。

表の暖簾は色褪せ、珈琲の香りが静かに通りへ漏れ出している。

外観こそ甘味処だが、出てくる珈琲は本物でパンケーキがおいしことで知られている。


沙羅洲美音(さらすみお)は、「こんにちは」と声をかけて店へと入る。

長い一本檜のカウンター席の一番奥、から二番目に座るのが定位置だ。

その席に座って本を読むのが、何となくの日課になっている。

そんな静かな日課は唐突に破られたりするものだ。

例えば、ばん!とこんな感じで扉が勢いよく開かれ、憤慨した顔の少女が飛び込んでくる。

そして叫ぶわけだ。

「あなたが真神?」

勢いで礼儀などあったものではない。

……言いながら、声が少し震えていた。強く見せようとしているのが、痛いほど伝わってきた。

美音は静かに本を閉じ、首だけを少し傾けて少女を見た。

しばしの沈黙――。

こういう騒がしさは求めていないのだが…と、美音は溜息をつきながら顔を上げた。

もちろん真神ではない。

真神とは、この喫茶店で時々手伝いをする男のことだ。

名前を修羅という。親は何を考えてそのような名をつけたのだろうか。

一度聞いてみたい気がするが、もう現世にはいないらしい。

「違うの?」

目に一杯涙をため、いまにも掴みかかってきそうな勢いで美音に聞く。噛みつかれそうだ。

「とりあえず、落ち着きませんか?」

マスターである島譲が声をかけた。譲るという名前からは想像つかないほど強面。どちらかといえば奪う方がイメージにぴったりのような気がする。まぁ、繊細で優しいのだが…。

「あなたは黙っていて!」

ぴしゃりとその女性は島に叫ぶように言った。

怖いもの知らずとは…と思っていたら少し顔が青醒めている。

それでも怯まずに美音を睨みつける。

島は、美音にジェスチャーで電話をしてくると伝える。電話の相手は修羅だろう。


「それで…何?」

美音はぶっきらぼうに言う。顔が整っているとこれはこれで冷たくて怖い。

「助けてほしいの」

「えっ…?」

とても助けを求めているようには見えない。でも心の悲鳴は聞こえてきそうな勢いだ。

ほかの客にも迷惑だろうし、仕方がないと美音は体を彼女の方へと向けた。

(しまった…)

広い店内には数えるほどしか客がいない。

これで商売が成り立つとしたら、珈琲一杯どれだけとっているのだろう。

いや、それではなく、別に気遣う必要はなかった。

乗り掛かった舟というのだろう。こういうことを。つくづく船に乗り込む人生のようだ。


彼女の名前は、濱邉香澄(はまべかすみ)。ことのあらましは、祖父が一生懸命作ってきた社会福祉法人が乗っ取られたという。施設を利用する人たちのためにと資材をなげうって支えてきたものを、信用していた人たちに騙されたという。祖父はそれが、信じた心をいとも簡単に裏切られたことが原因で倒れた。

香澄が病院に駆けつけたとき「くやしい」と漏らしたのを聞いたことが、本当に悔しい。

ただ詐欺は立証が難しい。それなら、天罰を下してほしい、というものだ。

さて…修羅はどうするのだろう。

美音は、思案顔でカップを口元へと運んだ。

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