第6話 ラベリ side:クレベス
「ギルドにバレれば、懲戒処分だな」
ギルドからの依頼を済ませた後、村までの帰り道で嵐のような豪雨に遭ってしまった。
我の長年の勘──というものだったが、雨が降り頻る森の中から『何か』を感じたのだが、その勘は当たったようで魔物の住む森に赤子が捨てられていたのだ。
「我の選択は、間違っていないといいが……」
あのまま捨ておいたら、赤子は死んでいただろう。見て見ぬ振りなど、我には出来なかった。
「あぁぅ……」
「目が覚めたようだな」
ポカンっとしている赤子を見て、少し笑みが溢れる。赤子はまだ、目の前の出来事が理解できてないようだ。
「あぁぅ、あぅ……」
赤子は何かを訴えかけるように、唸り声をあげている。
ガバナンス家を飛び出してからというものの、まともに人と触れてこなかった事がここに来て響いてくるとは思わず、我は赤子にすらまともに話せそうにない……
だが、この赤子が我に伝えたいことは分かる。
「お腹が空いたのか?」
ミナから、ギルドの受付で無駄に聞かされてきた自慢話。
『赤ちゃんって、すーぐにお腹空くから大変なんですよ〜?』
『どうでもいいな』
『クレベスさんもそろそろ相手を見つけてみたら、分かると思いますよ〜?』
『余計なお世話だ!!』
ミナ。お前と出会ってから、初めて感謝しよう。確かに、お前の無駄話が役に立った。
「少しの間、待っていてくれ」
どうせミサは暇だろうし、母乳を恵んでもらいに行こう。ついでに、赤子について色々聞きたいこともあるしな……
この子を1人にしておく訳にはいかないので、なるべく早く帰ろう。
「ただいま戻った!」
ミサには案の定弄られたが、こちらが恵んでもらう側なので気持ちは抑えたつもりだ。
赤子についてアレコレを教えて貰った後、傷のできないぐらいに絞めたが、いつもより気持ちは抑えたはずだ。
すぐに母乳を与えると、あっという間に飲んでしまった。やはり、思っていたことは当たっていたようだな。
先程作り方を教えてもらったお粥だが、こちらは少し手こずってしまった。
『まぁコレも経験だ』と、この歳になってお粥もまともに作れない自分から現実逃避する。
さて、問題はここからだ……
この子をどうするかなのだが──
ミサからは『もう養子にしちゃえば良いんじゃないですか? どうせ、男作らないでしょうし……』と一言余計なアドバイスを貰った。養子にすれば、ギルドから違反を取られることもない……
「その、だな。我はお前を養子にしようと思う……」
赤子に聞くなんてバカなことだ──『子は親を選べない』とよく言われるように、この子が大きくなったら我を本物の親だと思うのだろうか。
この子をギルドから問いただされない為に養子する、なんて事はしたくない。
「お前が大きくなった頃には、我のことを本物の母親だと思っておるだろう」
「だから、今は許してほしい。いつか、必ず言わないといけないのは、分かっているからな。我の決心がついた時に、我と血が繋がっていないことを話そうと思う。だから、今だけは我を許してくれ」
今の我が出来る誠心誠意の言葉だ。
この子が大きくなった時、我と同じように家を出て行ってしまうのか。我と同じようには歩んで欲しくないのが本音だ。
だが家を出たいなら、無理に止めることも出来ない。母様も父様も、こんな気持ちだっただろうか……
なんて、暗い話ばっかりではダメだ! こんなでは、育てる資格なんてない。この子を寝かせたら朝まで、精神統一をしよう。
とりあえず、何か──
「そうだなぁ……まずは、お前の名前を決めないとな」
言ってしまったぁぁぁ……。
まだ、何も決めていないのに
なにか、なにか良い名前を──
「ら、ラベリ? って言うのはどうだ?」
何か物から取った訳ではないし、かと言って人の名前から取った訳でもない。
最初に、頭の中に浮かんだ名前を気づいたら口に出していた。
「あぁぁぅ!」
なんだかテンションが上がっている。これは、気に入ってくれたのかもな。
「良かった……!」
笑うラベリの姿と、名前を気に入ってくれた安堵でまた思わず笑みが溢れてしまう。こんなに笑顔を溢れるのは、いつぶりだろうな。
「眠いのか?」
本当は眠かったのかもしれないな。
眠気を抑えてまで、我の話を聞いてくれるとは、なんて出来た優しい子だろうか……
「今日からは、同じ部屋で寝るから安心しろ。知り合いからも、夜にいきなり泣き出したりするらしいしな」
ミサによると、赤子は夜泣きが1番大変らしいからな。
ラベリはもう眠ってしまっていて、寝顔から顔がとても整っているのが分かる。
「見ているだけで癒されるなぁ」
これから子供用の服とかも買わなきゃいけないし、ご飯もちゃんと作れるようになって、屋敷で放ったらかしにしてる物も片付けないとな……しばらくは、怪我も出来ないしギルドの依頼も休むか。
「色々やる事がたくさんあるな」
これから忙しくなるだろうが、ラベリの為と思えば、何の苦も感じない。
「我の時間を全てラベリに費やしたい。これが、母性なのだろうか」
未来の話は、未来の我に委ねる。
今は──それで良い。