第5話 才能 side:クレベス
我は、ガバナンス公爵家の元で生まれた。
貴族の世界は、とても厳しい。貴族のなかでも公爵家の娘であれば尚更だ。
小さい頃から作法なんて学ばないといけないし、勉学や剣も公爵家の娘として、兄と比べられることもあった。
そんな貴族社会でも、両親は一人娘の我を心底可愛がってくれた。
欲しい物はくれたし、やりたい事はやらせてくれる。公爵として、周りからも支持されされ、尊敬される存在。
そんな両親が、我にとって誇りであり、我が最初に目指した目標だった。
そして、時が経ち。我が14歳になると、我は教会に連れていかれた。
両親も兄も我自身も期待していた。両親のような人間を目指し、女の身体ながら、剣の才能を持つ兄と、剣で対等に戦えたのだから。
しかし、現実はそう甘くはなかった。
『クレベス・ガバナンス様には、才能が宿っていません』司教がそう告げた時の両親の顔は、今でも夢に出てくる。
あの時から、両親の我に対する目の光は、曇ってしまった。
我は自分を傷つけた。才能が無いのなら、剣の振るうはずだった腕も切り落とそうと。
もはや、この命すら必要ない。全ての希望を無くし、刃を首に当てた。しかし、それを止めたのが兄の『レイ』だった。
『お父様もお母様も、お前の才能しか見ていないだけだ。お前が、誰よりも頑張っていたのは、俺が1番よく知っている』
『あと一年。15歳になれば、1人で自由に生きられる。私は、新たな夢を目指し、幸せになったクレベスの姿を見たいよ』
そう言って、我の手から剣を外すと、我を抱き締め頭を優しく撫でた。
ただ、我は兄の言葉に、何の感銘も受けなかった。涙一つ出なかった。我は、兄の兄の本当の気持ちを知っていたから。
教会で『才能が無い』と告げられた時。
我は見ていたんだ。絶望する両親の後ろで、我の姿を見て、兄が笑顔を浮かべる姿を。
兄の立場からすると、我の存在は邪魔なだけだった。もしも、我が才能を持っていれば、女だろうと、次期公爵に選ばれる可能性は高い。もし、兄が次期公爵になったとしても、勉学に長けていて、剣の才能を持っている我と比べられるのは、必然だ。
我が自殺すれば、たとえ才能なしの娘であろうと、ガバナンス公爵家の印象は悪くなる。だから、兄は我を死なせたくなかった。
正確には、|ガバナンスの名を持つ間は、死なせたくなかった。
『あと一年。15歳になれば、1人で自由に生きられる』
こんな、取手つけたような言葉で、我の自殺を止め。一年後に、ガバナンス公爵家から追放する。
『私は、新たな夢を目指し、幸せになったクレベスの姿を見たいよ』
この言葉の真意も……ガバナンスの名が無くなれば、ただの平民と同じ扱いになる。その後は、私に関係ないから、生きるも死ぬも自由にしろ。
兄の策略は、全て気づいていた。それでも我は、兄の言葉通りに動いた。今更何をしても無駄だと分かっていたから。
自殺を止め、一年後。そこからは、我が思い描いた通りに事は動いた。
我は、ガバナンスの名を無くし、剣と少量の金。三日分の食料と飲み水を渡されて、追放された。
そこからは、記憶に残るようなことは、何も無かった。強いて言えば、死に場所を探しまわっていたぐらいだろう。結局は、あんなに嫌いだった兄の言葉に動かされて、夢を追い求めて死ぬことは出来なかった。
子供の頃の、純粋に剣が好きだったから振っていたあの時とは、何もかも違う。
そうして、何十年何百年経ったのだろうか。何故我が、まだ生きているのかも分からない。
今日もまた、いつも通りのつまらない毎日になるはずだった。
あの日のことは、今でも鮮明に覚えている。我の人生が、『花開いた』あの雨の日を。