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エピローグ

 再びトイレから出たおれを待っていたのは、警察の事情聴取だった。

 犯人は連行され、警察署で事情聴取が行われるようだったが、おれと夜子さんはとりあえずここで構わないらしい。後日呼ばれることがあるかもしれないということではあったが、そのとき既にこの世にいなかったのなら申し訳ない。

 事情聴取といえば、もう一人。ここの店長さんがいた。なんでも、店の狭い事務所に一人隠れていたとのことだ。おれはともかく、夜子さんの窮地に何をと思ったが、警察を呼んでくれたのはこの人らしい。隠れていたのが功を奏した、ということか。

 その後に出てきてもよかった気がしないでもないが、自分の身の安全が第一なのは仕方ないか。あるいは、人数が増えたことで強盗犯が自棄になる可能性を考慮しての行動、とでも思っておくとしよう。


 滅多に見ない一時閉店したコンビニで、警察から事情聴取。最期に貴重な体験をしたものだな。いや、それをいうなら強盗事件の方か。



 事情聴取は終わったものの、警察はまだ何か作業をしていた。

 おれはもう帰ってもいいと言われたのだが、夜子さんや店長さんと話をしていた。


 夜子さんの明るい声が響く。


「いやぁー、でもびっくりしたよね。まさかお客さんが本気でトイレに行きたかったなんてさ。てっきり警察に連絡しようとしているか、時間稼ぎをしているのかと」


百鬼(なきり)さん、さんじゃなくて様」


 店長さんが夜子さんに呼び方を注意する。別におれはどうでもいいのだが。


「時間稼ぎも何も、警察にもう連絡がいっているなんて知りませんでしたよ。夜子さんは知っていたんですか?」


「店長がしてくれてると思ったのもあるけど、一応アタシもセキュリティ会社への連絡ボタンは押していたからね。セキュリティ会社から警察に連絡がいくはずだから、どちらにしてもいつかは来るかな程度には思ってた。てか、なんでアタシの名前知ってんの?」


 しまった。強盗との会話でさえ店員さんで通してきたのに、緊張の糸が解けたのか、つい夜子さんと呼んでしまった。


「そ、それは同僚の方がそう呼んでいるのを聞いたことがあって」


「ふーん。ま、別にいいけどぉ」


「おいおい。お客様の前で、下の名前で呼んでいる人がいるのかい? 後で誰か教えてね。注意しとかないと」


 店長さんは、どこまでも店長のようだ。


「時間稼ぎといえば、夜子さんレジからお金出すのにもたついてましたよね。あれ、おれは頭が真っ白になって方法が頭からすっ飛んだと思っていましたけど、ひょっとして時間稼ぎだったんですか?」


「あぁー、あれ」


 夜子さんがばつの悪そうな顔で店長さんの方を見た。そして、ためらいがちに口を開く。


「てんちょおおっ、後で中のお金を一度の処理で全部出す方法をもう一回教えてくださいいぃ」


 おれも店長さんもその発言に呆気に取られてしまった。方法を知らないだけだったのか。いや、忘れてしまっていたのか。


「それは構わないけど。忘れたのなら少しずつ出したらよかっただろう。そっちは日頃やっていたんだからできたよね?」


「それやるよりも、思い出して全部出てくるやつやった方が早いと思ったんですよぉ」


 まさか、中々お金が出てこないことにそんな裏側があったなんて。一応、抜群の時間稼ぎになって結果オーライではあったのかもしれないが。

 それにしても。


「よく、店長さんを呼びに行こうとしませんでしたね?」


 今度は店長さんがばつの悪そうな顔をする。一応、出てこなかったのを気にしているのかもしれない。


「や、だって強盗が把握していない人が一人くらいいた方がいいかと思ったし。こっそり電話してくれてたらありがたいし。実際してたし」


 店長さんがうんうんとでも言わんばかりに頷いている。その顔は自信に満ち溢れている。


「いや、ナイス判断だったよ、百鬼(なきり)さん」


 電話の後も隠れ続けた店長さん(あなた)の判断はナイスだったのか分からないが、これは言わないでおこう。


「でも、その後はよくなかった」


 なのに店長さん、そんなあなたが夜子さんのその後の判断を注意するのか。


「強盗を煽っちゃ駄目だよ。君に何かあったらどうするつもりだったんだい? お金で済むなら渡して、命を優先してって言っていただろう?」


 やはりそういうマニュアルはあったか。店長さんの本気で心配していたような顔と声からすると、店長さん本人もそういう考えなのだろう。


「じゃあ、店長はうんこの処理をしてくれたんですか?」


 あれ、これは。


「それは、君がしてくれ」


「ほらぁ。じゃあ、あそこでキレるしかなかったじゃないですかぁ。刃物より爆弾、うんこの方が最悪ですよ。それにあの強盗、震えてるわ、お客様の意見を受け入れるわ、押せばいけるかなってのもあったんですよぉ」


 うんこの話題、やめてもらってもいいかな。その爆弾、落とそうとしていたのおれだし。

 しかし、夜子さんは強盗のことをそんなにも観察していたのか。肝が据わっているというか何というか。


「はぁ。まぁ、全員無事で何よりだよ」


「万事オーケーですよぉ」


 大団円ってことでいいのかな。この二人、このお店は。


「お客様」


 店長がおれに何か言おうとする。何だろう?


「いろいろとありましたが、今日は本当にありがとうございます。あなたがいなければ、もしかしたら私たちに死傷の被害があったかもしれません」


 社交辞令かな? むしろかき乱してしまっただけの気がするから。


「アタシたちの連携プレーで撃退ってやつだね。ありがとね」


 何だろう? 心が温かくなる。


「お客様には敬語を使いなさい」


「今、営業してないしぃ。あんなことがあったら、これはもう仲間、同志っしょ」


 どうして、涙が出てくるのだろう。


「お、お客様」


「ど、どしたの? どっか痛い?」


 ああ、これが人の優しさで、人との繋がりだった。疲れ過ぎて、忘れてしまっていた。


「いえ、おれの方こそ、ありがとうございました」


 泣きながら頭を下げる。夜子さんも店長さんも、どうしておれがそうしたかをよく分かっていないようだったが、それを受け入れてくれる。

 店長さんは肩をぽんぽんと優しく叩いてくれて。夜子さんは。


「元気出していこうよ」


 笑顔でそう言ってくれた。


 もう少し、生きていってみようと思った。この世界で——。



 後日、おれはあのコンビニの採用試験を受けた。もちろん、最初は非正規の従業員だ。

 おれに何ができるかは分からない。でも、夜子さんや店長さんと一緒に働いてみたいと思ったのだ。仲間、同志として。




 不採用だった。


 やっぱり、死のうかな。

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